第四話:美しい人々
視界が霞む。
足が酷く重い。
大蛇シャムールを追い払ってから何時間も歩いた。正確には綾子の肩を借りて引きずられた。日が暮れつつある。だがそれでも谷から上がれる場所はない。
幸か不幸か、シャムールの縄張りだからだろう、魔物や獣にはあまり出会わなかった。
幸いにも、綾子の実力で撃退できる小物ばかり。不幸にも、俺達を引き上げられる程の大物は居なかった。
「……綾子さん」
「なに」
「どうやら、この辺りから霧が薄くなっている」
「そうね」
「魔力万全の綾子さんなら、さっきの蛇みたいなのが出ても何とかなる」
「……」
「それよりも餓死が怖い。……げほっ……ここは一旦二手に分かれて、君が先行して街に――」
「ダメ」
またしても断られてしまった。
先ほどから何回か同じ提案をしているが、綾子は意固地になって拒否してくる。だがこのままだと共倒れになるのは、この娘も分かっている筈だ。
俺の血で汚れてしまった横顔。艶やかなセミロングが汗で頬に張り付いている。綺麗だ。黒い髪と白い肌のコントラストはいつまでも眺めていられる。
奴隷にされかけたから、谷へ突き落されたから。だから何だというのだろう。こんなに綺麗な人が、俺に足を引っ張られて死ぬ? 何一つ特技が無い、異世界に来ても無価値で空っぽな俺が、綾子のような頂点に立つ人材を道連れにする? そんなこと許されるわけがない。
……いかんな、墓に近づきすぎてセンチメンタルになっている。自分を低く見積もり過ぎるのは悪い癖だ。
あまり感傷的に死ぬと後で綾子が痛む。もう少し事務的に、理性的に接するべきだ。
「じゃあ、とにかく一度方針を決めよう。別れるにしても、このまま進むにしても」
「ダメ。回復用の魔力も少なくなってきた。今は一秒でも時間が――えっ?」
「……?」
「……村だ」
「え」
冥途の土産とばかりに、つい夢中で綾子の横顔を見つめていたので、気づくのが遅れた。
灰色の霧が少しずつ晴れる。
奇妙に、今までにない速度で晴れていく。
それから谷を抜けた先には、濃い木々に囲まれた集落があった。
鬱蒼とした森に囲まれているというのに、澄み切った空気。不思議だ。森特有の騒がしさが無い。むしろ静寂に包まれている。聞こえてくるのは微かなせせらぎだけ。白緑色にうっすらと輝く葉、幹、花々が、潤沢な魔力に満ちているのが分かる。なんとも神秘的な土地だ。
「……! 手当てを受けられるかもしれない! もう少し頑張って、三津谷くん」
「マジでか」
生還できる。かもしれない。
半ば生存を諦めていた、そして妙に自己犠牲に陶酔していた俺は、ようやく希望を持った。
ドスン
と、俺の胸元に矢が打ち込まれるまでは。
「三津谷くん!」
「ぐっ、う、なる、ほど、大丈夫。どうやら俺の得意な相手のようだ。下がって、綾子さん」
「でも今、矢が胸に……」
この場合綾子の方が危険な状態にあると言える。
革命スキルによる絶対勝利が発動、俺の胸元の矢は傷一つ付けずに地に落ちた。
どうやら相手は――
「動くな! ……人間? 耳短か?」
「……どうやって森を抜けて来たんだ。魔力乱しの霧は?」
「警戒を。この者、私の矢を受けて物ともしません」
どうやら相手は強者のようだ。
そこには三人の美しい女性が居た。背は高く、腰も高い均整の取れたスタイル。ゆったりとした絹製のようなローブに身を包んでいる。人間離れした金髪や銀髪は、周りの木々のようにうっすらと魔力を帯びている。三人が身に着けている金細工の装飾品は、残念ながら装着者本人の気品に遠く及ばない。肌は白く、鼻は高く、色素の薄い瞳は鋭く俺達を睨みつけている。
まさに神秘的な美女たちだが、最も目を引く身体的特徴が一つ。
「三津谷くん、この人たち……耳が長い」
「おとぎ話のエルフってやつか。げほっ……!」
「く、すみません。私たちは迷い込んだ者です。彼を手当てすることはできませんか?」
「駄目だ。無断で森や村に入った罪、下賤な耳短の血で草を穢した罪、そして花を踏んだ罪。合わせて死罪、合わせずとも死罪である」
しゃらん
と、先頭のリーダーらしきエルフが細剣を抜き放つ。
慌てて足元の花から足をどかした俺達に向け、間髪入れずに剣先が迫る。
「三津谷くん!」
「大丈夫だから下がって、綾子さん」
もうこなれた視界の灯火。
半身で剣先をはたき落とし、革命スキル発動時の文章を読む。
『対象:エルフスカウト』
『強者上位:0.1% 高貴上位:0.01% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 …必中テイム』
「おぉ、上位者0.1%か。凄い。綾子さんと同格だ」
「隙ありッ!」
「てい」
不可解な時間の捻じれが起きた。明らかにエルフの剣術の方が早い。だというのに不思議とその速度は鈍り、俺の拳の方が先に着弾した。
ばしゅん
と拳の魔力がエルフに纏わりつく。
続けて裏拳を右隣のエルフに、掌底を左隣のエルフに叩き込み、三連続テイムは成功。
三人とも忠犬ハチ公みたいな体勢で舌を出してきたが、綾子の冷め切った目線に気付いて撫でまわすのは止めておいた。
――
異変を察した集落の中から、エルフたちが次々と押し寄せてくる。
綾子に弓矢が降りかからないように、細心の注意を払って盾になりながら進む。
どうやらこの戦況は、俺にとって非常にやりやすい場所のようだ。限られた強者にしか効かないはずの革命スキルで、連戦連勝である。
「無礼な耳短め、覚悟しろ!」
「えい」
テイム成功。
「私の矢は女神の祝福を受けし――」
「とぅあ」
テイム成功。
「ふっ、いままでの者はエルフの中でも最弱。このハイエルフにしてエルフの頂点たる私シグネが――」
「たやー!↑」
テイム成功。
エルフは人型種族の中でも最も高位・高貴に位置する存在であり、一人残らず革命スキルの適正対象だった。特に女性は噂に聞く上位精霊のような迸る魔力を蓄えており、ことごとく必中テイムの餌食となった。
集落の奥に進めば進むほど革命スキルのノリが良い。最後の奴とか、普通に戦えば人間一万人分くらいの強さがありそうだ。
「凄い……三津谷くん、一体どうやってこれほどの戦闘力を……ぼろぼろなのに……」
「まあそれは追い追い……あれ? 今更だけれどなんで俺、普通にテイム使えるんだろ?」
「えぇ……意識せずに使っていたんだ。ええっと、テイムの特徴としてテイムした先の相手の特技を獲得できるって言うのがあって」
「ふむふむ」
「テイム返しでテイマーの私をテイムしたから、テイムが使えるようになったってことだね」
「……? 早口言葉かな?」
「違います。それより早く、治療しないと」
「おぉそうだった。すみません、シグネさんお願いがあります」
「はいっ! 万事お任せ下さい!」
いつの間にか、俺の目の前にはハイエルフの女性シグネが正座している。
この数十分で何百人と拳を添えて来たエルフ。誰一人としてこれ以上はないだろうという至高の美貌だったが、その中でもひときわ輝く美しさ。
砂金を編み込んだような輝く豊かな金髪。全身に蓄えられた芳醇な魔力の香り。木製の湾曲した杖から放たれる魔法は絶大な威力を持っていた。恐らくこの世界でも指折りの強力な魔法使い。
他のエルフと異なり、額の小さな宝石を除き装飾品を殆ど身に着けていない。きっと、何を付けても彼女本人と比べられ見劣りしてしまうのだろう。切れ長な金色の瞳。出会った頃は誇り高く、まるで星のような光を宿していた瞳は、今はしっとりと湿った視線を俺に投げてよこす。
「……テイムって相手の好意を弄る効果とかあったっけ?」
「ありません。なにこれ、どういうことなのいやらしい」
シグネに続いて後ろに何百と座るエルフの女性陣を見て、綾子はイライラと髪をかき上げ、地団駄を踏みにじっていた。




