第三十九話:初陣終えて
アクスラインとギランを連れて、根拠地へと帰還する。
敵に強襲されたアオタニの町は、救援に来た他の部隊に任せることにした。派手に打撃を受けたので、まずは軍備を復旧するところからだろう。しばらくは臨戦態勢を崩せない。
「ギランはそのまま大尉へ昇進させて貰おう。王都に上申しておくよ」
「ありがとうございます」
「それでも給料より責任のほうが大きくなっちゃうけど……町と町の中継点に千人規模で、アクスラインとギランが交代で詰めて貰おう。いっそ常設の駐屯地を作っちゃうか。どうかな」
「良いご采配です」
「お任せください!」
本当はギランをもう一個昇進させた上で、佐官級がもう二、三人欲しいところだな。そうすれば千人ずつ分けておまかせして、あとはよろしくやって貰えばいいのだが。町づくりという文官面もそうだが、武官も人材を登用しなければいけなそうだ。
「まだまだやることが多いなあ」
しんどいしサボりたいところだが、あんまりサボると部下が死ぬ。今回は五千七百の配下のうち、死亡が百、重軽傷が三百。戦闘規模の割には損害を抑えられたし敵のほうが損害大だが、決して少ない数ではない。
本格的な人間対人間の戦闘を経験して、否が応にも使命感が湧き出てくる。
「まずは防備の強化だな。二人も、傷が癒えたら働いてもらうぞ」
「ふ、三津谷殿もなかなかどうして……」
「ん?」
「ご貫禄が出ておいでですね」
「あむむ?」
妙な持ち上げられ方をして応答に困った。アクスラインの言葉に、ギランもうんうんと頷いている。
「貫禄、出てきちゃったかな?」
「ええ、今までは危なっかしい新米尉官のようでしたが、此度の戦で一皮むけられました。どっしりと構えていらっしゃる」
「ふ、ふふー、そうであるか。……ま、人斬っちゃったからね」
それも傑物を。敵ながらユナダは物凄い武人だった。才能はどうだったか知らないが、少なくとも武芸の練り上げ方は尋常の域を超えていた。
その彼の首に切っ先を通した時の、あの驚いた顔。明らかに自分のほうが早かったのに俺の剣が先に届いた。その理不尽さを非難する、無念そうな顔。
このスキルがなければ死んでいた。それは間違いない。だが、だがこの胸を膿ませる後ろめたさは――
――
「つまり三津谷くんは自分のスキルを”ずるい”って思っているわけだ」
仮設テントの引き払いのために、綾子が荷物をまとめている。
トリバレイ城も出来たことだし、いよいよ本格的に引っ越しだ。上層階には綾子や佳苗、他の女の子たちの個室も確保している。居心地が良さそうな順から埋まって、俺は一番小さい部屋。いいけどね。女子は服とか多そうだし。
「ずるいっていうか、情けないっていうか……とにかく凄いいやつだったんだよ。相手の将軍は」
「さっきは怖い奴だったって言ってたけど」
「うーん、怖くて凄かった」
「ふーん……」
お気に入りの枕を箱にしまい込んで、綾子は見透かしたように告げる。
「凄い凄いって褒めるくらい好意的で、怖いくらいに近寄りがたい」
「ま、そんなとこ」
「そういう感情、何ていうか分かる?」
「ビビリ」
「違います……。尊敬しているんでしょ。そのなんとかっていう武将のこと」
「……」
「それなのに革命スキルの裏技で倒してしまった。本当は実力で倒したかった。せめて互角に打ち合いたかった、ってところかな。三津谷くんがさっきからずーっと唸っている理由は。いーんじゃない? 男の子っぽくて」
男子ってそういうところあるよね、と笑いながら綾子は片付けに戻る。
図星だった。綾子の指摘は俺がもやもやと思い至らなかったことで、しっかりと正鵠を射ていた。
そうか。俺はあいつを尊敬していて、ああなりたいと憧れたのか。我ながらいつの間にか、熱っぽい奴になったもんだ。
「とりあえず鍛錬でもしてみようかな。革命スキル以外の」
「そう? 実は佳苗と相談して、三津谷くんの戦力UPのための魔術訓練は考えていたよ」
「そうなのか」
「一人で倒せる範囲は広いほうがいいからね。魔法もそうだし、最近土木作業ばっかりやらせていたから筋肉もついたでしょ」
「……確かに」
綾子の指示のおかげで、かなり筋力は付いている。転移前の細腕に比べれば、同年代の男性分程度にはまともな筋肉量だ。
底辺の雑魚な俺でも、少しずつ強くなっているのだろう。
いや、でも本当にそれが理由か? 土木作業については、綾子自身がやりたくないから全部こっちに振っただけだろう。でも、魔術訓練についてはありがたく受講させてもらおう。
「ありがとう、綾子さん」
「いいのいいの」
「……綾子さんってさ」
「ん?」
「結構俺のこと考えてくれるよね。今も俺の悩みを言い当ててくれたり」
「……は? そんなことないんですけど」
「あの」
「そんなことないんですけど! そんなことないんですけど!」
枕で叩かれてテントを追い出されてしまった。あれ、おかしいな。今のいい雰囲気に持ち込めそうだったのに。
顔か? 魔術や体力を鍛えても、顔が駄目だと駄目なのか?
――
テントを抜け出して商館の方へ。
出立の挨拶もそこそこに飛び出してしまったので、せめて帰還の挨拶だけはしっかりしておこう。それにしても相変わらず大盛況のようだ。商人たちの喧騒は、むしろここを立つときよりも盛り上がっている。
恐らくアオタニ町強襲、およびバルトリンデ軍撃退の報がとっくに広まっているのだろう。町の再興と軍事勢力の変化。商人たちにとっては絶好のチャンスだ。
「すみません、通して……通して……」
「んガキぃ! 何回言ったら分かんだ、順番守れ!」
「新米は登録からァ!」
「ここの領主は怒らせると怖いぞ。バルトリンデ七本槍全員、首を跳ね飛ばしたんだ。悪いことは言わんから、ここでは秩序は乱さん方が良い」
「俺は素手で兜ごとちぎったと聞いた」
「オーガとの混血らしい」
「肉一トン食うって」
「稼ぎ時じゃねえか。肉! 余ってるのが居たら運ぶの請け負うぞ!」
尾ひれが十本くらい生えてる。悪趣味な遺伝子実験の結果であろう。
「そ、その辺境伯からの書簡を預かっておりまして……」
「怪しい奴」
「姫野様に指一本触れてみろ」
「豚の餌ァ!」
相変わらず話が通じねえなこいつら。商人と言うか佑香たちの親衛隊みたいになってんぞ。最後の奴なんてもはや信者だ。瞳孔開いて顔を真横にするな。
ぐいぐいと人垣をかき分けて執務室へ。そこも相変わらず、女子たちが目まぐるしい書類さばきで金貨の山を稼いでいた。
「あら、おかえりなさい。三津谷く……ん……」
「ああ、どうも。只今戻りました、椿さん」
「……はい……」
迎えてくれたのは弓使い、一個上の美島椿。
このおてんば娘グループ唯一と言っていい常識人で、お淑やかな美女。弓をどうやって引くんだと疑問に思う豊かな胸元をしていて、普段は歳上の余裕たっぷりな女性だ。
が、今日はなぜか、顔を合わせた途端しどろもどろになってしまった。
「あの、なにか顔についてます……?」
「い、いえその……三津谷くん、ほんの二、三日会わないうちにカッコよ、……たくまし……あの、ええと、頼りがいが出ましたね」
「……? そうですか?」
「……男子、三日会わざれば……」
挨拶もそこそこに椿は執務に戻ってしまった。忙しそうだ。
本題の佑香は奥の方か。長剣の返却、出来れば代わりの品を贈るから、これは記念に譲ってほしいと相談したかったのだが。
「佑香さん、ちょっといいですか」
「んー? 何、三津谷。ったく私がいないと何にも分かんないんでしょ。でも今ちょっといそ……がし……な、な、な……」
「すみません。預かっていた剣のことなんですが」
「……い、い、いきなりカッコよく……じゃない、変わって帰ってくんなし!」
「え?」
「反則! こ、こっちも、心の準備が要るから……出てって!」
「んん?」
あまりにも理不尽に叩き出されてしまった。
しかも、佑香たちに狼藉を働いたとして商人どもに吊るしあげられてしまった。ここの領主は一体誰だ。弁護士を呼べ。




