第三十八話:一騎打ち
革命スキルは限られた上位者に絶対勝利できる。
細かくスキルの内容を分析すると、上位者からの攻撃は完全にシャットアウトする。ある程度近づけばそいつのステータスのようなものを把握できるし、さらに近づけば撃破方法を提示してくれて、その通りに動けば確実に撃破できる。
で、今回問題なのがその”ある程度近づけば”という制約だ。
(言い換えれば、倒せるかどうかは近づかないとわからない……)
次郎三郎の時は山の麓から頂上の距離で、遠すぎ。上総介の時は山の頂上同士で、十分近い。多分こいつら災厄クラスの存在ならば三十メートルくらいまで近づけば、スキルの対象か判別できる。
だが、対象が上位者と言ってもそこそこの強さの場合は、経験的に五、六メートルくらいまで近づかないといけない。意外と融通がきかん。だから今回は困っているってわけだ。
「ギラン、変なこと聞きます」
「はっ、なんなりと」
「あの敵将に五メートルくらいまで近づいて、やっぱ逃げよ~って逃げ切れるだろうか」
「無理ですね……」
「だよねー……」
「向こうが馬上なので徒歩は論外。馬同士としても、急旋回している間に二メートルも詰められたらあの長槍の射程です」
「うむむ」
あんな敵を切ることだけが特技、戦場だけなら百般みたいな武将から、馬を急いで引き返して二メートル以上は追いつかれないようにする。……ちょっとイメージはつかないなあ。
つまり、遺憾ながら、非常に好ましくないことに、
「ぶっつけ本番。革命スキルが発動するか分からないけれど、発動したら勝ち。しなかったら死ぬ」
「は、スキル?」
「あ、いや。そう、この長剣は精霊の加護を受けたありがたい一振りなのだ。運がいいと割と勝つ!」
「はあ……それは、結構なことかと」
ごまかしが下手すぎる。ギランからの信頼度がちょっと下がったことは置いておいて、勝算はある。
今までエルフの森やその他もろもろの戦闘経験を積んできて、なんとなく革命スキルが通じるかは肌感覚で分かる。スキルに基づいた判定じゃない。経験で後天的に獲得した、人を見る目と言い換えても良い。
この敵将は”可”だ。火葬竜・上総介のような優ほど抜群に強いわけではないが、多分スキルが効く。でもミスって過大評価していたら即死。スキル抜きに俺と奴のどっちが強いか? 検討の時間がもったいない。
ああ、怖いなあもう。
でも決めた。これ以上は城壁内の味方が持たない。負担が大きすぎる。
盤面をひっくり返すには敵将の首が要る。
「ギラン大尉」
「はっ!」
「君があの大兜の奴にぶつかるっていう献策は却下だ。君は部下千五百を率いて、敵の取り巻きを抑え込め。二倍の敵だが、アクスラインなら呼応してくれるだろう」
「取り巻き、だけでよろしいのですか」
「ああ、一騎打ちだ。奴の相手は私がやる」
言ってしまった。ギランが何を勘違いしたのか、悲痛な面持ちで敬礼している。
馬鹿なことを言うな。流石に無策で命を投げ出すほどお人好しではない。勝算は高い。ただ、こんなことなら綾子に来てもらうべきだったかな。彼女が苦戦するなら確実にスキルが通る。ま、もはやその時間はないが。
それに、その、なんというか、あの子が魔物を狩る姿は絵になって好きだが、戦場に居るのはなんか違う。なんか嫌だし困る。
それよりも居てほしいのは上総介や次郎三郎だ! ええいあいつらめ、ちょっと回復をとか言って平気で一月眠りやがる。時間スケールが人間と違いすぎる。戻ったら絶対、優秀で忠義深い魔物をテイムしようそうしよう。
あれ、なんだかさっきから妙に思考が回るな。これじゃまるで走馬燈――
じゃりん!
と槍の穂先が地面を撫でる。
お見事、敵将の警戒感度は万全に研ぎ澄まされている様子。
アオタニの町に向けていた馬を返し、草むらを抜けて背後に現れた俺に狙い合わせる。同時に、頬当ての奥の眼光が俺を突き刺す。
雰囲気ありすぎ。
社会の資料集で見た戦国時代の兜や頬当てを思い出した。本で見るとなんだか間抜けでかっこ悪いと思っていたが、戦場で向き合うとこんなに怖いんか。本能でわかったが、もう逃げられない。一発勝負だ。スキル発動してくれ。お願い、お願いお願いお願いお願い。
一拍遅れて敵の取り巻きが俺の方を向いたところで、ギラン大尉たちも前に出た。
「突撃! 雑魚どもを蹴散らせ。閣下をお守りしろ!」
ギランの号令とタイミングは抜群であったが、ある意味その必要はなかったと言えるし、一部の味方兵にとっては不幸だった。
バルトリンデの兵は俺たちの一騎打ちの意向を見て、邪魔する気配はない。敵将の実力を信じ切っている。逆にこちらの勇気のある、悪く言えば功に焦った一部の兵が奴に殺到し、長槍の塗装液に甘んじた。
味方首が三つ、続いて四つ跳ね上がる。関羽かよ。
敵将は功績の首に目もくれず、槍を軽く振るって血しぶきを落として名乗りを上げた。
「バルトリンデ北軍、七本槍。ユナダ・ケイシュローだ」
「う……む、ミッドランド国軍、第七軍団所属。少将、三津谷葉介である」
「勝負!」
ばちん!
と弾けるように加速した。奴につられて、俺も加速していた。
引き立てられるように強く、馬の胴を脚で挟む。周りを確認する余裕などない。視界が狭窄し、兵士たちは溶けて消え、しかし奴の一挙一動逃さず見て取れる。
ぐわあっと槍を引き、明らかに左から横薙ぐのが丸わかり。なのに敵将それを意に介さない。防御ごと粉微塵にするつもりだろう。八メートル。
覚悟を決めておいてよかった。何だこの迫力。こいつ相手に逃げられるわけ無いじゃん。
「はぁっ!」
「くうっ……!」
長槍が迫る。
横薙ぎ、加速を見越して交錯と同時の着弾。完璧な先制攻撃。見事な武勇だ。たゆまない鍛錬がにじみ出ている。
しかし、槍がいよいよ迫るということはつまり、距離五メートル。
『対象:ユナダ・ケイシュロー』
『強者上位:1% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……首狩り一文字』
「がふっ……!」
長剣が兜の下を通り抜けた。
バランスを乱した乗り手を愛馬は支えきれず、敵将は横に崩れ落ちる。
地べたに倒れ伏した衝撃に、彼の首の皮は耐えきれなかった。
転がった兜を掴み、面あてを取って誰からもよく見えるように掲げる。
「敵将ユナダ、討ち取った!」
怒号と悲鳴が敵から、そして歓声が味方から上がる。
勝った。敵の指揮官 兼 最大戦力を潰し、しかも士気は逆転している。
でも駄目だアカン。臨死を体験した後で膝が笑う。思わず腰が抜けてへたり込んだ俺を、ギランが弓矢から庇いながら下知を飛ばす。
「ミッドランド軍、全体突撃! すでに包囲しているぞ。一人も生かして返すな!」
よく響くバリトンは両翼まで届き、そして壁内で耐えていた味方にまで吉報を告げる。
アクスライン直属の騎兵が鋭く駆け、淡く残った敵の戦意を粉々にした。
――
それから戦闘は二時間ほど続き、最後まで強靭に抗戦していた敵部隊も引き上げた。
町の中で仮設の司令部を構え、アクスラインとギランの報告を受ける。両名とも疲れ切っているはずだが、がつんと堂々たる敬礼を一つ。そして戦勝を報告した。
「二人ともお疲れ様。いい指揮で助かりました。中間管理職が優秀だと上は楽でたまらないね」
「いえ、最後の最後に、まずい戦いをしてしまいました。敵の親衛隊と思しき部隊の抵抗凄まじく、結局敵主将の首を返してようやく引き上げました」
「ご指示とはいえ、閣下の御戦功をみすみす譲り渡し、面目次第もありません」
「いいって。首から下も、礼節をもって返すことは出来ますか?」
「はっ、抜かり無く!」
うむ、と頷いて休ませる。見張りのためにギランが退出すると、アクスラインが微笑ましげにこちらを見た。
「お助けいただきありがとうございます。ですが、あまり無茶をなさいますな」
「ああ大変だったよ。ギランが居て助かったマジで。今更になって震えが止まんない」
「……小官にも覚えがあります」
「そうなの?」
「小官の場合は、上司の指示をこなすので精一杯でした。敵と切りあった後、どうやって帰ったかも覚えていないほどで。情けない初陣です」
「初陣、ああ……そうか」
「それに比べればお見事な戦いぶり。今日のところはごゆっくりお休みください」
人を斬ったのは初めてか。そりゃあ震えもするし、くたびれもする。
アクスラインの言葉に甘えて横になると、すぐに視界は暗くなった。




