第三十七話:包囲と救出
ジグムント・アクスラインが危機、その知らせを聞いて俺は外に飛び出た。
戦友の危機だ。万事素早くこなさなければ。馬に乗り上がりながら状況を頭で整理する。
アクスラインが駐留しているのは、俺が今いるトリバレイの町からさらに南。バルトリンデ国の国境を侵した先にあるアオタニ町だ。経済的には中程度だが、戦略的にはバルトリンデ国土への橋頭堡。重要度は高い。助けなければ。
必要最低限の守備隊を残し、余剰戦力を招集する。即応できるのは千五百ってところか。集兵を待つ間、俺は佑香たちの申し出を受けた。
「三津谷くん……!」
「はい」
「わ、私も、私達も手伝ってあげる」
「手伝い?」
「戦闘なら三津谷くんの百倍強いし。仕方ないからついて行ってあげる。嬉しいでしょう?」
「駄目です。危険なので女の子は残りなさい」
「は、はい……」
むむ。意外と聞き分けが良いじゃないか。五人とももじもじとスカートを前でいじって可愛らしい。普段からその態度でいれば良いのに。
五人の同郷人を手で制し、せめて役に立ててと佑香に渡された長剣を受け取る。中々の業物だ。使い手の実力がスライム並み、ということを考慮しなければ役に立ちそうだ。
刃の確認のために抜いた剣を「ガチン」と鞘に納める。佑香たちを商館に置いて、兵たちが集結している町の端へ。やはりかき集めて千五百か。点呼もそこそこに、俺は近くの尉官に状況を聞いた。
岩みたいにガタイが良くて頼りになりそうな奴だ。いざというときはこいつの後ろに隠れよう。
「攻撃を受けたのはいつ頃か」
「狼煙が上がったのが十五分前。すでに敵方三千に取り囲まれております!」
さっすがストライテン将軍とアクスラインの部隊。十五分で集結して巡航速度は並じゃない。兵の質は上々。あとは指揮官か。
「アクスラインの直属は千、いま連れているのが千五百。ちょっと足りないかな」
「アオタニの要衝はこちらで抑えておりますので、合流できれば勝機はあるでしょう」
お、良いこと言うね君。そういうポジティブシンキングは大切だ。ただ、楽天的に突っ込めば何とかなるとは向こうも思わなかったらしい。迎撃作戦について、馬を走らせながら聞いてきた。
「兵数拮抗といえど、無策ではいけません。どのような作戦で行きましょうか……?」
「うむ。その辺はよくわからん。委細はアクスライン少佐とすり合わせてよきに計らってくれ」
「……しょ、少佐はすでにアオタニで交戦中に」
「あ」
そうだった。
そうじゃん。アクスラインが今ピンチなんじゃん。こりゃまいったな。
「あ、そうだ。そう、ストライテン中将閣下の御裁可を仰ぎ、万事抜かり無く執り行い給え」
「中将閣下は現在、王都から急行中です。ただ、我々第一陣の交戦には間に合いません」
「え、そうですか……」
うん? アクスラインもストライテンも居ないの? あれ、なんか嫌な予感がしてきたな。
「あー……それでは、あー……中将の次に偉い奴が取り仕切るべきだろう! そいつを呼べ。平時で偉そうにしているからには、こういう非常時に働いてもらわんとなァ」
「恐れながら、階級の順に沿いますと……三津谷殿が最上級に」
「……」
「……」
「そうなの」
「そうです。少将相当待遇ですから。ご指示をお願いします」
なんだよミッドランドは強国のくせに、将軍とかもっと居ないのかよ。厄介なことに、このあたりに駐屯している第七軍団は再編途中。尉官も佐官も大きく不足している。
平和ボケした国出身の俺がマジで最上位で、指揮権を握るらしい。世も末だ。
しかし、ここで一つの天啓。俺の隣を馬で駆ける、筋肉隆々の中尉に目を向ける。アクスラインも腕っぷしは強かったけれど、それを二周りほど肥大化させた巨大な肉体。鉄色の短髪を含めて身だしなみはきちっと整えられ、太眉の下にはこの非常時でも冷静な瞳。
うん、明らかに俺よりは指揮をとるにふさわしいな。
「あ!」
「はっ!」
「君! 君、中尉だな。名前を教えてくれ。俺は三津谷葉介です」
「は、無論存じ上げております。自分はギディオン・ギラン中尉であります」
「うん、まさにミッドランド軍にふさわしい巨躯。ピンと来た。君を臨時の大尉に昇進させます。そしてこの分隊を勝利に導くのです!」
「はっ? いや、いやいや、そんな」
「信じているぞ大尉! 精進したまえ!」
「……はっ! お任せあれ……!」
ギラン大尉はあまり細かいことに執着しない性格であるらしい。そして上意下達も仕込まれている様子。ぴしっと指を指して命ずると、条件反射的に敬礼をした。
ギランが百人程度しか率いたことがなかったのは後で知った。
――
南下を続けて戦場へ。
ウォルケノ山脈のふもと西側、馬を飛ばしてだいぶ進んだ。ミッドランド北部特有の針葉樹はまばらになり、代わりにカエデのような広葉樹が増えてくる。
アオタニの町は陥落していなかった。
さすが、戦巧者のアクスライン。町の城壁をたよりに千対三千を互角に持ち込んでいる。町の至るところで煙を焚いて視界を妨げ、徹底抗戦の構えだ。私生活ではお人好しのアクスラインも戦場では表情を変える。もともとはバルトリンデ国民の物である家屋を盛大に燃やし、敵の攻め手を切って捨てている。
そう、よく見れば互角。とはいえ、戦場に慣れていない俺は恥ずかしながらすっかり慌ててしまった。
「押されている……! 押されているぞ、これ。負けているんじゃないか?」
「落ち着いてください。まだ負けてはいません。全体、このまま左右に広がって町を包囲。情報収集を優先する」
「むむむむ、大丈夫?」
「大丈夫です。そう長くは無理ですが……まだ保ちます」
ギランの方に慌てる様子はない。ド素人の少将に代わって、岩のような体躯にふさわしい野太い声で指示を飛ばしている。うん、なんだかこの声で「落ち着け」と言われると安心感が出る。俺以外も同感だろう。
ギランの采配は特筆すべきところこそなかったが、少なくとも兵士たちを安心させるには適任だった。策略鋭敏な指揮官よりも、場合によってはこういう奴のほうが兵には人気かもしれない。なにせ命を預けるのだから、はったりでもどっしりと自信を帯びている上官のほうが良い。
そんな頼りがいのあるギランだが、事態をすべて解決するほどの冴えたアイデアは持っていなかった。
「ちと、まずいですな」
「な、何がまずい大尉」
「敵方の三千、恐らく精鋭です」
「何、なんで分かるの」
「主将が歴戦です」
ギランが指し示した先にいるのは一人の騎兵。湿地が多く歩兵の練度が高いバルトリンデにしては珍しい。
朱と黒で豪奢に彩った鎧、機能性よりも畏怖を狙った兜、全長三メートルはありそうな槍。槍の血痕を見るに何度か城壁へ突入したらしいが、今は引き上げて部隊の指揮に専念している。
堂々たる指揮ぶりだ。元いた世界で言うところの西洋風なミッドランド鎧と対照的に、色調や作りが和風の武士を思わせる。当然異世界なので細部はぜんぜん違うけど。
まあ、見た目は重要ではない。今ここで何よりも重要なのは……その敵主将が「つたかっ」と駆け寄った一瞬で、城壁付近の味方首を三人切飛ばしたこと。呂布みたいなことをしやがる。
「やべーぞギラン、あいつ超強い……!」
「ええ、間違いなく一級の武人でしょう。アクスライン少佐も、決して敵本陣には兵を近づけません」
「あの少佐が……苦戦しているのか……」
後にわかったことだが、アクスラインも最初から本陣強襲を諦めていたわけではなかった。彼の視力強化魔法に基づいた剣術は王国随一。手っ取り早い包囲への解決策として、本陣を突いて何合か打ち合ったが断念したらしい。
彼が首をはねられた時点で、配下の千人は全滅させられただろうから賢明な判断と言える。が、要は圧迫してくる敵本陣を抑えきれず、苦戦していることには変わりない。
「まじかよ、アクスラインは凄く戦が上手いんだぞ」
「これも戦です。少佐が全て抜かりなくこなしたとしても、敵が上回ることもあります」
「この前はこいつら、川に流されるだけだったのに……」
「敵はポカもするし、逆に今回のように目覚ましい包囲戦を決めることもあります。甲が乙に毎回勝てるとは限りません」
「う……むむむ」
「ここは私が、あの騎兵と打ち合います。その隙に少将は城壁内の味方と合流し、離脱ください」
「駄目だ!」
駄目だ。それではギランは十中八九死ぬ。俺の拙い指揮を補佐しながら、あれとぶつかって生き残れる奴はそういまい。
別にセンチメンタルなことを考えているのではない。俺があの敵騎兵とぶつかれば、ギランもアクスラインもほかの大勢の兵も助かる。それなのにわざわざ彼を死なせるほど、俺は利己的な人間になりきれない。
だが――だが、少し待ってくれ。
覚悟の時間がほしい。今回はこの革命スキル、発動してくれるかわからないのだから。




