第三十五話:築城
夢を見た。
愛しの綾子や佳苗が一糸まとわぬ姿で出てくる、素晴らしい夢だったような気がするが、詳細はよく覚えていない。
「よいしょっ……? あれ、これどうするんだっけ。ぐにぐにして全然入っていかない」
「……た、確か、文献によるともう少し固くなるはずですが……」
「佳苗ってこういうの詳しいの?」
「え、いえ、本で読んだことはありますけれど、綾子さんみたいにモテないので……」
「いや、私もそんな知らないし……うーん、これが固くなる催眠!」
ぼかん
と鼻先で煙が起きる。綾子が何らかの呪文を発動した。金縛りで全身は動けず、しかも急速な貧血で視界がさらにあやふやになる。
「え”、ちょっと待って、サイズこんなに変わるの」
「……これは、へそ付近までえぐられるのでは……? 内臓へのダメージが深刻すぎます」
「あれ、何かミスった? サイズそのままで固さだけ上げられないのかな」
「原理的に無理でしょう」
「いやー……これはちょっと……長さもそうだけれど太さが無理。絶対無理。佳苗さんお先にどうぞ」
「で、では失礼して……ん”、あー……あとちょっ――あ、痛い! 痛い…………全然無理ですね」
「でしょ」
「恐らくですが、男性側の協力が必須なのでは」
「じゃあ、三津谷が眠っている間にちゃちゃっと既成事実作戦は」
「失敗、ですね……」
「あれー? エルフたちどうやっていたんだろう。よく分かんない……」
「叩き起こして協力させますか」
「無理やり起こすと頭がパーになるかもって」
「では今日のところは……」
ぶつぶつと二人の美女が密談を続ける。ますます暗くなる視界、そして指先一つ動かせない体。それはそれで恐ろしかったが、何か他のことの方がもっと恐ろしいことのような気がした。
――
目が覚める。
いつもよりもなんだか頭がぼんやりする。ぼりぼりと寝癖を撫でる俺のそばで、綾子が書類の整理をしていた。起き抜けから目の保養になる。
「おはよう、三津谷」
「……おあよ。あれ、綾子さんいま何時?」
「もう昼すぎだよ。昼の一時ちょっと前」
「ねすごしたー……」
「き、昨日の戦いで疲れたんでしょう。よく寝ていたから」
「うごご、なんか頭が重たい」
「……そ、そう」
爆睡である。十四時間くらい寝てしまった。テントに敷かれた寝具から体を起こし、身支度を整える。
「しまったな。一時からアクスラインと打ち合わせだ」
「少佐と? ああ、お城がそろそろ出来るんだっけ。お昼ご飯はどうするの?」
「ごめん! 時間ギリギリだから今日は無しで。本当にごめん」
「夜は?」
「夜は早く帰ってくるよ。作って欲しい」
「ん。いってらっしゃい」
「いってきます!」
今の新婚夫婦みたいだった。今、新婚の夫婦みたいだった! 綾子の方は気にしていないだろうが、俺の方は今のやり取りだけで一日の活力がみなぎる。
テントを出る時こっそりと横目で綾子を見る。切れ長な目元、睫毛が長い。横顔が実に綺麗だ。相変わらずクールに書類仕事をこなしており、ちょうど悩みどころなのか手は止まっている。じっと書類に目を落とし、今の会話を意識している様子はなし。残念。
一日の活力をさらに補充するため、その後姿を目に焼き付けてテントの外へ。それから馬を走らせてアクスラインとの待ち合わせへと向かう。
道順を迷うことはなかった。俺がこのあたりの地理を頭に入れているということあるが、そもそも目標地点が目立っているからだ。
どでかい建造物が完成している。
「おまたせ。遅れてごめん、アクスライン」
「いえ、ご予定の時間きっかりです。三津谷殿」
「そうか。いやうっかり寝過ごしてさ~、おお……これが……」
灰色の城。
というよりも、城壁という印象の方が大きかった。高さ十メートル程度の塔が手前に二つ、奥に二つの合計四つ。塔は円柱状で櫓の役割を担っている。四つの塔は正方形状に配置され、その間を塔と同じ石製の城壁がっないでいる。
元の世界の日本式とは少し趣が違うようだ。まず天守がない。城壁の内側にはほとんど構造物が見られない、簡素で実務的な城。
そういう意味では、ドラマや映画に出てくるような西洋式の華麗な城塞とも少し違う。とにかく無骨で飾り気がない。
「うーむ、ガシッとしていて頼りがいがあるね」
「はっ、ありがとうございます」
「でもちょっと小さくない? 一万人からの収容には面積が足りないような……」
「ああそれは、未完成だからです」
「ほほう」
「いくら王都の肝いりの築城事業とはいえ、一月やそこらでは規模に限界がありますから」
アクスラインが説明するところによると、これは一先ず後詰めの兵を滞在させるためのもの。
塔を適宜増やし、そして塔と塔の間を城壁でつないで行く、そういう拡張の余地を残しているというわけだ。
俺たちが手掛けるトリバレイの町。その東西南北に作った大きな十字路の北東側にこれを作った。あとは東への侵攻に備えたければ南側に、海との連絡を強化したければ西側に。碁石を置くように塔を立てれば、そのまま城壁で守れる範囲も増えるというわけだ。トリバレイの町が半島に位置するということもあって、城壁を伸ばせば伸ばすだけ効率的に守る範囲を広げられる。
よろしい。特に拡張性があるというのが気に入った。
「超気に入りました、少佐」
「ありがとうございます。城の名称ですが町の名をそのまま使わせて頂き、トリバレイ城でよろしいでしょうか」
「わかりやすい方がいいね。そうしよう」
城を作る、というのは様々な効果がある。まず単純に安全が買える。今までテント暮らしだった俺や綾子、佳苗、そして佑香たちが住まいを確保できる。
ちなみに後日談になるが、女性陣によって広い部屋から順に専有されてしまった。なぜか代表である俺の部屋がずいぶん小さいような気がするが、気にしないでおこう。アクスラインの配下たちも安心して駐屯できるようになったし、まずはよろしい。
しかしそういう直接的な効果よりも、間接的な効果のほうがずっと大きかった。
「城下に商人がずいぶん増えたね」
「ええ、五千の駐屯部隊を食わせるには彼らの存在が不可欠です。王都からの食料供給、それにバルトリンデから奪った町での現地調達にも限界があります」
「商人、か……」
間接的な効果とは、経済圏の活性化だ。城が出来た=安全だし、ミッドランド王国はここを重視している、と商人たちが反応したのだ。今までは新しく出来た最前線ということもあって、様子を見ていたものも多いのだろう。
トリバレイ城の完成をきっかけに、商機ありと見た者たちが続々と集まってきている。その商人たちの家族。それを手伝う使用人。その家族。と、人口は右肩上がりだ。
「ここで上手く品物を捌いて、しっかり兵士たちを食わせたら武勲になるかな」
「なります。女王陛下は兵站を重視されるお方です」
「うわ、いい女。仕えがいがあるね~」
「おっしゃる通りに」
「よし、城の次に作るものを決めたぞ、アクスライン。商館を建てよう」
「む、なるほど……よいお考えかと」
今、俺の手元にはいくつかの交易品候補が揃ってきている。対エルフには人間の市場から塩と魚介類、ウォルケノ山脈から炎の魔法石。対人間の市場にはエルフ製の香木、乳液、香水。対駐屯兵にはこれも人間の市場から食料品。
しかもどれもこれも、需要が供給を上回っている品ばかり。これを一手に管理すれば、独占で莫大な利ざやが稼げる。稼いだ金を町に投資してさらに稼いで……と続ければ、このトリバレイの町を一大貿易都市に出来るかもしれない。
そのためにはこのあたりの経済圏を代表する、規模の大きい商館がいる。ただ、
「アクスライン、商売の経験は?」
「いえ、すみません。軍務以外は経験がなく……」
「だよねー。俺もあんまり接客とかしたことないんだよなあ」
アクスラインは根っからの軍人だ。経済や財務の管理をやらせるのは適材適所の原則から外れている。エルフとのやり取りは俺がやればいいのだが、その他の商人たちまで対応していると目が回ってしまう。
綾子には任せられない。現状の執務で十分働いてもらっているので明らかにオーバーワークだ。それにこれ以上彼女に執務を与えて、お話するチャンスが減るのは嫌だ。
佳苗もあまり適任とは言えないだろう。どちらかというとインドア派の彼女は、商売の前面に立つというのがあまり似合わない。
うーむ……どうしたものか……
「そうだ。丁度いい人材がいるじゃん」
コミュニケーション能力に長け、見目麗しいのが評判になりそうで、頭脳優秀で腕も立つ。しかもゴロゴロしているしか今の所仕事がないお嬢さんたち。
とりあえずあの子達を叩き起こすことから始めよう。




