第三十四話:エンゲージ
後頭部のダメージは少ない。
一瞬気絶してしまったが、なんとか立ち上がれた。
しかし他のメンバーはまずい。軽装だった魔法使い二人は、棍棒がしたたかに直撃して起き上がる様子はない。弓使いは弓を砕かれ反撃不能。ユカたち前衛役の剣士はかろうじて抵抗できているが、しかし、いやその分却って、集中的に狙われている。
剣を払いのけられ、鎧を剥ぎ取られ、手足を押さえつけられては抗いきれない。数が多すぎる。
小鬼。別の言い回しではゴブリンとかインプか。
ユカたちに取り付いているのは醜悪な、人の腰くらいの背しかない小さな鬼たちだった。はっきりいって雑魚。スライムレベルの低級魔物だが、いくらなんでも数が多い。軽く数えても三十匹はいる。しかも――
「やっ、ぎゃっ、やだ、なんで小鬼がこんなに……強――あぐっ、やだ! やだ!」
「強すぎる! 明らかに何か強化されているぞ……!」
ユカの潤沢な魔力でも振り払えない。彼女ならこの程度の雑魚、普通ならば五匹集まろうが十匹取り付こうが、蹴散らせるはずなのに。
驚き固まってしまう俺に向けて、肩に乗った白蛇が行動を促した。
「細かいことを気にしている場合か? 三津谷よ」
「次郎三郎……!」
「連れの危機だ。このまま呆けているつもりかね」
「でも、でもさ……」
「怖気づいたか。いかにも人間らしい。ふむ、卿はもう少し面白い男だと思ったのだが」
だって――革命スキルが発動しない。
小鬼どもが弱すぎるのだ。奴らの長所は集団での一斉攻撃。全体での強さ。それに対し、一対一の強さ判定をする革命スキルは効きにくい。
しかもどんなに弱くても、”俺では絶対に勝てない”。
何者にも勝てないからこそ与えられた、最上位への抵抗手段。これを呑気に使うということはすなわち、最上位以外には逆立ちしても勝てないのだ。
利点しかないはずの革命スキル。その意外な欠点、勝てないことが分かること。そこまで自分自身を貴重に思っていなかった俺でも、こうして勝敗を明確にされると二の足を踏んでしまう。
「くっ……そ」
膝が震える。次々に女性陣の衣服が剥ぎ取られていくのを、黙ってみていることしか出来ない。だって勝てないから。ここで騒いで抵抗しても、俺が殺される順番が早まるだけだから。
嗤う小鬼が、ユカの上にのしかかる。腰を落としながら勝ち誇る小鬼。その下で首を振り、叫び、涙を流したユカと目があった。ああ、愚かな。今のうちに一人で逃げ出せばよかった。
「殺せ、アンサラー!」
白銀の刃が走る。ひとりでに飛んだ短剣は、最短距離で小鬼の股間を削ぎ落とした。
血と白子にまみれて戻ってくる短剣を掴み、魔法使いのローブを剥ぎ取っている一匹に向けて投げる。二匹目。
武器だけ。俺が際限なく弱くても、優秀な武器だけで切り開ける活路もあろう。他力本願で情けない勝算だがまだ諦めるのは早い。ここで諦めたら女の子たちが傷つく。男子としてそうはさせん。
「そうでなくてはな。力を貸そう」
「次郎三郎、本体は山頂にいるんだろう。ここのふもとまで来られるか」
「無理だな。わかっていると思うが、あの火竜の坊やも難しかろう。先日の損耗が大きすぎる」
「チ、サボらずにもう少しテイム先を増やしておくんだったぜ」
「問題あるまい。分社とはいえ、余がここにいるのだ。魔力を回すぞ」
するすると肩に乗った蛇がちろりと舌を出すと、なるほど力がみなぎってくる。明らかに自分の分を超えたエネルギーが体を駆け巡る。
それに警戒するように、女子たちに取り付いていた小鬼がこちらを振り向く。警戒の目を引けた。あとは俺が死なない限り、彼女たちは守られる。
「通常のテイムとは供給が逆流しているがな。卿は器が空だから却って満たしやすい。存分に使え」
「よし、いくぞ。いくぞ。うぅ、いくぞ。……つ、次いくぞ、っていったらいくぞ」
「はよせい」
「うっ、うあぁぁあああああああぁぁぁぁっ!」
念じて、腰から十本の短剣を放ち自動追尾させる。放っておくだけで敵を倒してくれるが、それだけでは目を慣らされたら終わりだ。ユカたちのことを考えると悠長に時間もかけられない。
白兵戦だ。間合いを詰めて、この手で殺すのが一番早い。
「はあああっ!」
気合と根性で突撃。短剣アンサラーを握った右は、案の定小鬼の棍棒に防がれてしまった。次郎三郎にもらった魔力でギリギリとその棍棒を押さえつけ、そのまま左手に握ったもう一本で脇腹を刺す。
何度も何度も刺す。五、六回刺して、ようやく小鬼はよろよろと後ずさって倒れた。
「こ、こいつ……! 死なない、全然死なない、やっぱりなにかおかしいぞ!」
「強化されているな。余を酔わせて岩山に登らせたように、何か魔術的な施しと洗脳をされている。最近の若いのは器用だな」
「バルトリンデの呪術か!」
次郎三郎がいうには、小鬼は本来ここまで集団的な行動をするものではないし、効果的な奇襲する知能もない。ユカたちのような優秀な人間が手こずる相手ではないとのこと。この山に住んでいるのも珍しい。
バルトリンデの奴らに何か指向性のある命令を与えられ、国境線を越えてこちらの兵站を潰そうという魂胆か。俺たちはそれに運悪く遭遇したのだ。
「畜生、だったら死ぬまで刺して――」
ズバン、ズバン
と視界の端で、アンサラーが小鬼たちの首を落とす。だがやはり強化個体だからか、少しずつ飛ぶ刃に慣れてきているようだ。上手く躱す奴や、とっさに短剣を払い落とす奴もいる。
なんとかユカの手足を抑えていた奴らは追い払った。他の子を犯そうとしている奴らに、無我夢中で刃を突き立てていく。
「うわああぁああっ! ああっ! あああぁぁああああ!」
我ながらかっこ悪い助け方だ。思いっきり刺したのにとどめは刺しきれず、短剣でがむしゃらに空を切りながら距離をとらせる。結局全然倒せていない。時折危機を的確に知らせてくる、次郎三郎の指示に盲目的に従っただけだ。
が、それでも何とか引きずりあげて、ユカたちを全員集めることが出来た。全員無事だ。いや、殴られて怪我はしているけれど、死んではいないし嬲られてもいない。
「ふーっ……! ふーっ……げほっ、はっ、はー……」
「み、三津谷くん」
「ユカさん、他の子を連れて下まで駆け下りてください。とにかくミッドランド軍の駐屯地へ。着いたらアクスライン少佐を呼んでください。保護してもらえます」
あの優秀な男なら万事うまく処理するだろう。ユカたちはまず安全。もしかしたら俺の命も救ってくれるかも――は期待し過ぎか。いくらなんでも駐屯地と距離がありすぎる。
しょうがないな。若くて優秀な女性五人と取り柄のない男、秤にかけたら傾きすぎて壊れてしまう。綾子の悲しむ顔が浮かんだが、あの子は果たして悲しんでくれるだろうか。せめてそれを確信できるくらいまで、もう少し仲良くなりたかった。
しゃらん
とアンサラーが俺の左右横一列に並び、小鬼とユカたちの間を遮る。十本とも、そして両手に握った二本もまた、血と脂でべとべとになっている。刺すのはなんとかなるが切るのは難しいかもしれない。
あまり時間は稼げそうにないな。ショックを受けて泣き崩れているユカたちに、俺は焦燥感を覚えた。ああもう……魔法や剣術が超うまいくせに、なんで女の子ってこんなか弱いんだ。あとで泣けばいいじゃん。今泣いてもしょうがないだろう。
「急いで!」
「で、も……」
「まぁ待て。そう急かすな。あと少しだ」
「ん?」
肩の居候が何か言っている。俺は別に君を急かしたわけではないんだが。じりじりと寄せてくる小鬼たちをアンサラーで牽制しながら、肩の白蛇に聞く。
「次郎三郎。あと少しって」
「まぁ、まぁ、あともう少し。そのまま支えていろ」
「何、どういうこと?」
「卿が悪いのだぞ。せっかく眠りについて少しずつ貯めた魔力、これで余の戦線復帰もさらに遅れよう。だがまぁ、主人の危機となれば仕方あるまいて」
「……え?」
ぴょろろっと舌を出す白蛇。前半身を俺の肩から大きく乗り出し、そしてくねくねと踊り始めた。
地響きが聞こえる。山頂方向から。
どぽん
と、天と地を震わせ、木々をなぎ倒し、押し寄せてくる濁流。その流れの岸はまさに俺たちと小鬼たちの間に形成され、あっという間に忌々しい小鬼たちを洗い流した。濁流を前にして思う。
なんだよ。やるならやるって、やれるならやれるって言ってくれよ……。覚悟して損した。次郎三郎が愉快そうに「カカ」と笑う。こいつ、わざと手助けを黙っていたな。
俺は意地悪い白蛇の首根っこをつまんで放り投げようか迷ったが、信賞必罰の原則にのっとり、よしよしと頭を撫でてやった。
――
体のいたるところが痛い。
必死に短剣を振るっている間、小鬼たちの棍棒に何度か叩かれてしまったからだ。アドレナリンがどばどば出て気づかなかったけれど、一息ついて見てみるとあざだらけではないか。またシグネたちに薬を貰いに行かなくては。
まあ、なにはともあれ、
「みんな無事で良かったです」
「……ん」
「あの、一旦トリバレイのテントのあたりに戻りましょう」
「……ん」
ピーキー……。
テンションのアップダウンが強すぎる。
出発前はジャングルの奥地と聞き間違うくらいに騒いでいたくせに。先頭のユカを含めて一人残らず、そっぽを向いて全然目を合わせてくれない。
ドヤ顔晒して小鬼に負けた気分は察するが、ありがとうございますの一言くらいあってもいいでしょ。まったく、女子は話が噛み合わないと言うかなんというか。
「……三津谷くんは……」
「はい?」
「い、一緒にトリバレイに戻る?」
「ああ、うん。戻ります」
「……じゃ、私もそーする」
「……私も」
「じゃ、みんなで戻りましょう」
了解の返事はなく、全員頷いただけ。行きは五人とも俺を置いてきぼりにしそうなくらいズンズン進んでいたくせに、帰りは何度も振り返ってついてきているのを確認しなければならなかった。
あんまりにも落ち込んでいるのがいたたまれなくなって、熱心にフォローを繰り返す。
「今回のはたまたま、強化された小鬼だったのが悪かったと思います。明らかに通常より一桁、二桁違う強さでした」
「……」
「バルトリンデっていう国がこの山の南西にあって、そいつらが悪巧みしているみたいで。どうも魔物を使役する術に長けるとか」
「……」
「だから山のふもとに近づかなければ大丈夫。ミッドランドの昔からの領土なら、今まで通り魔物を狩っても安心です」
「うん」
こんなに喋って返ってきた文字数二文字て。五人居て俺一人にどんだけ喋らせるんだ。もともとあまり喋りが得意ではない俺が話題に詰まると、即座に沈黙の一行と相成った。
気まずい。励ますためにユカの剣技でも褒めようかと思案を巡らせていると、ようやくユカが向こうから話を振ってくれた。
「……三津谷くんは」
「はい」
「……どう思う?」
「……?」
……? ……?? 目的語がない。
陽キャ特有の舌の回転速度はどうした。
「ええと、何がどう思うって?」
「あの……魔物狩りでお金稼ぐの。危ない?」
「ああ、危ないと思うよ。今回は運が悪かったし、良かったとも言える。次はもっと気をつけないと危ないよ」
「……あの、町づくりに協力したほうがいいかな。三津谷くんどう思う?」
「え、協力してくれるの?」
「どっちがいい? 協力したほうが良いかな」
「してくれると嬉しいです」
「じゃ、じゃあ、そーする」
なんと。無残に失敗したと思った協力者の確保に成功。しかも、ユカだけではなく他の子も全員協力してくれるとのこと。
やったぜ。ミッションコンプリート。今日こそ綾子に頭をなでてもらおう。あの白狼ばっかりいつもいつもズルいのである。
「よかったあ……!」
「んん、嬉しい?」
「ああ、これで綾子さんに叱られずに済むよ。実は人手が足りなすぎて困っていたんだ」
「……」
「……」
「……あ、あれ? なにか変なこと言ったかな。ええっと、どうしても人手が――」
「三津谷くんはさぁ」
「はい」
「綾子に褒められるのが嬉しいの? 私に手伝ってもらえるのが嬉しいの?」
「え、と」
あれれれれれ、怖い。
ユカの猛獣のような覇気がいつの間にか戻っている。これは一言でも間違うと喉元を噛み殺される。
「あの、手伝ってもらえるのが嬉しいです」
「じゃあさ、今綾子のこと関係なくない?」
「か、関係ないです」
「でしょ」
年頃の女の子はわからん。基本的に話が通じない上に、喜怒哀楽のシフトレバーがぶっ壊れていると思われる。よって、何から何まで話を合わせさせていただく次第。
それからホームポイントに戻るまで、とにかく彼女らの機嫌を損ねないように気を使った。ユカの本名が姫野佑香だとこの時ようやく知った。遅すぎ。
――
テントを入り口開けて綾子たちへの報告。
なんと、一気に全員が町づくりに協力をしてくれる、と報告した。全員、文武両道で処理能力も期待できる子ばかり。人手不足もガツンと解消である。きっと綾子も佳苗も喜んでくれるはずだ。
はずなのだが、その旨を伝えたら二人とも無言だった。今日はたまたま機嫌が悪いのかな。
佑香たちと実に華やかな女子会が開かれ、俺は晩飯と飲み物の配膳に奔走し、未来永劫続くと思われた談笑は佑香たちの眠気でようやく幕が下りた。
流石にあれだけの修羅場に遭って疲れたのだろう。むしろ三時間喋り続ける時点で頭おかしい。結局全然食べられなかった皿を片付けていると、綾子が話しかけてきた。佳苗も同調するように頷いている。
「まさかとは思っていたんだよね」
「まぁまぁ、こういうこともありますよ。むしろ私は妥当な結果だと思います」
「……あの、お二人さん」
「ん?」
「なんでしょうか」
「”まさか”ってどういうこと? もしかして佑香さんたちを町づくりに誘わないほうが良かった? 俺、余計なことしたかな」
「佑香さん」
「ふ、ふふ……」
質問に答えること無く、綾子は俺の呼び方を真似た。
「仲良くなったねー。半日で」
「あ、そ、それは……一緒に死線をくぐった仲と言いますか」
「たった半日で」
「……はい」
「まさか五人中五人とは。いや、一人くらいパーティーに引き抜けるかなって思ったんだけれど、流石だね三津谷くん。五人総取りですか」
なんか言い方に棘があるような。取り急ぎ食器を音が立たないように置いて、その場に正座する。ちょうど仮設テントの地べたがむき出しのところで、ごつごつして痛い。
恭順と反省(何に反省するかは皆目検討もつかないが)の意を示していると、麗しいお二人がご歓談あそばす。
「今になって思えば当然かなって感じだけどさ、ちょっと不思議なんだよね」
「不思議……? なにがですか……?」
「こうも三津谷のアレがアレなのに、どうして元の世界で気付かなかったのかなーって。二年間同じクラスだったんだよ? 気付けていれば、今頃もっと……」
「……私は気付いていましたが」
「えー、ホントにー?」
「ただ、少し遠回りにことを進めすぎましたね。おかげで独占し損ねました」
二人だけで通じるニュアンスがあるのか、妙に会話が弾んでいる。じろじろと値踏みされるような目線で居心地悪い。新しい拷問か。
いや、でも正座している目線の先に綾子たちが組んだ脚があると、割と一生このままでも問題ない気がする。この視界を名前をつけて保存したい。脳内の壁紙にしよう。
「顔は二十点ってところじゃない?」
「うーん……個人的には、五十あると思いますが……」
「まぁ、それくらい安売りしていたら、手早く買っておけばよかったなー……なんて」
「同感です」
「それなのにもう、あっという間に需要過多になっちゃったな。吊り橋効果ってやつ?」
「それもあるでしょう。が、多分この人は平和な世界よりも、こういう乱世の方がフィットするのでは……」
「なるほど。そういう理由はありそう」
値踏みを続けながら、なぜだろうか二人共魔法行使用の携行杖を取り出す。薄暗いテントの中、地べたから見上げる二人の顔は陰になってよく見えない。
いつの間にか香がたかれている。エルフ謹製の、この前シグネを訪ねた時に綾子が譲ってもらっていた香だ。いい香りだが、かいでいるだけでクラクラしてくる。
「あの、お二人さん……?」
「ごめんなさい、三津谷くん」
「ある程度放し飼いにするつもりだったけれど、思ったよりも女の子を連れてくるペースが早すぎ」
「すみません。すみません。悪気があったわけでは――」
「三津谷の甲斐性の広さはよくわかってはいるよ。でもやっぱり一口目は自分で食べたいし」
「……三津谷くんが、そうやって薄着で無防備に夜に訪ねてくるのも悪いですし……」
「と、言うわけでいただきます」
「……お覚悟を……」
「えっ、えっ?」
じりじりとよってくる二人の顔が上気している。眉だけは困っているような、怒っているような形に寄せられている。
が、それとはアンバランスに口角が少し上がり、延すら垂れかけている。だめだ、後ずさった先はテントの幕だった。隅に俺を追い詰めた佳苗と綾子が、杖の先端を俺に向けながら唱える。
「……急に眠くなる魔法……!」
「全部思い通りに都合のいい催眠!」
ぽかん
と鼻先で二つの煙が鳴る。不敵に笑う二人の足元に倒れ込み、俺の意識は水底へと引きずり込まれた。
こいついっつも気絶してんな
――
感想・ブックマーク・評価いただきありがとうございます。とてもやる気が出ます。
また、誤字報告して頂いた方にもこの場でお礼させていただきます。ありがとうございました!




