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第三十一話:トリバレイ

 ストライテン将軍との面会は充実したものだった。


 公の面で言えば、彼のアドバイスは全て傾聴に値するものだった。


 差し当たって、城を建てるならばどういう規模にするべきか、配下五千の兵を使った大まかなスケジュールを教えてもらったし、それ以外の軍事的なことは全て彼のアドバイスで何とかなりそうだった。アクスラインも熱心に聞いていて、勉強になったことだろう。


 私の面で言えば、ミシャクジ撃破の武勇伝をよく驚いて聞いてくれた。良い聞きっぷりだ。なんだか孫の相手をするみたいに、微笑ましい表情だったのは置いておくとして。


 しかし、別に彼はただいい人であるわけではない。軍人だ。ミッドランド王国と女王陛下を守護し奉る軍人である。


 次の話題に移った時、俺はストライテンが俺と仲良くならなければならない、そういう義務感を持って対峙していたことに気付く。


「それで、三津谷殿」

「はい? ああ、もう一度次郎三郎の腹を叩くところの再現ですか。いいでしょう」

「あれは余も痛かったぞ」

「いいからちょっとだけ、もう一回だけ再現するから……」

「いや、そうではないのです。軍事のことを確認しておきたく」


 軍事のこと? なんだろう。


「今、この地には五千七百の戦力が滞在しております。これを、私と貴公でどのように振り分けるべきか。ご意見を伺っておきたく」


 ああ、そうか。そうなのだな。


 ストライテンは不安を抱えている。辺境伯にして少将待遇、しかし若い、若すぎる上に異世界人の、信用するにはまだ早い俺。かといってそれを理由に優先権を主張するには、俺の武勲が目覚ましすぎる。


 彼はなんとかここで、戦力の振り分けを優位にしておきたいのだ。そのために俺との話をうまくつないだ。彼は使命を帯びて俺と仲良くなろうとしているのだ。しかも、全くそのことを顔に出さずに。


 俺はそれが嫌ではなかった。むしろ好ましかった。目の前にいるのは、ただの猪突猛進する軍人ではない。時に王城にあって政治的な案件の処理も行える、ミッドランドの重鎮。ジェイコブ・ストライテン将軍。


(女王陛下が羨ましいな)


 これ程の男が仕えていると、統治をするのも楽しくて仕方がないだろう。まだ短い間だがアクスラインを側に置いていたので分かる。万事を抜かりなくこなす目端の利く人材とは、それだけで尊ぶべきものなのだ。


 ただ、今回はストライテンの考え過ぎかな。


「決まりきったことでしょう」

「と、言いますと?」

「私は軍事のことを良く知りません。いままでの武勲も、局所的な勝利によるものです。だから何百人とか何千人とかを扱うことは、全て閣下にお任せします」

「……は? なんとおっしゃった。全て?」

「そもそも中将の下に少将が付くのは当然のこと。建設以外の軍事全権は、ストライテン中将がお持ちください」

「……? ……?」


 灰色の太眉を寄せて、ストライテンがアクスラインの方を振り向いている。礼儀正しい彼らしくもない、「こいつ何言っているんだ」と言わんばかりの指差しをこちらに向けて。不躾に気付いたのか、慌てて手の平を向けるように変えても、困惑と指差しは変わらない。


 そういう方です、とアクスラインが委細説明する。そもそもストライテンが来るまでは、アクスラインが全権だったからね。それがちょっと偉い人に変わるだけ。うん、これで仕事がだいぶ減ったぞ。


 可哀想に。思考が付いていけないストライテンは、ついに頭を抱えて唸ってしまった。


「い、異邦人が変わっているとは理解していたつもりでしたが、これほどとは……辺境伯が、軍権を手放す……?」

「ああ、もちろん人口が増えてきて私の兵が出来るようになったら、それは指揮したいと思います。差し当たって中央からの兵力はお任せします」

「はぁ……」


 こいつ頭おかしいんとちゃうか、という意味を婉曲に婉曲を重ねてストライテンはアクスラインに確認したが、よくよく考えたら、そういうことなら自分も全く不満はないとようやく自覚した。


 握手を交わす。


 こうして俺は、実に優秀な同僚を労せず得ることになった。


――


 テントに戻り、綾子と佳苗のその顛末を話す。


 佳苗の方は気にしていないようだったけれど、綾子の方は不満げだった。


「危険だね」

「危険? ストライテン将軍は悪い人じゃないよ」

「将軍本人の気質じゃない。これは中央からの干渉と見るべきだね。ストライテン将軍をここに配置すれば、この地に中央が影響力を発揮できる。あの人は既に家督を譲っているから、地方勢力ではなく純中央の人材よ」

「は、はえ~」


 中央から地方への干渉か。女王陛下もお可愛い顔をして強かなことだ。が、そういう政治的なことはよく分からんな……。よし、綾子に任せよう。


 あと測量とかを佳苗に任せる。そうすれば大分俺の仕事が減る! と正直な所、俺は自分の業務を減らすことにしか興味が無かった。主導権争いまでやる気はない。


「でも大丈夫。所詮は根拠地のおぼつかない軍勢力。この半島を開発して、経済力を確保したら勝手になびいてくるよ」

「お、町づくりだね」

「そういうこと」

「アクスラインもそろそろ城作れって言ってたっけ」

「城か……。ふむ、周囲の測量も大体済んでいるし、それに今の情勢なら作っておいた方が良いかな。佳苗、材料の火山灰、分析できる?」

「大丈夫だと思う……。火山の分析データあるから、あとは同じの探すだけです」


 うわ、綾子が中将や大尉と同じこと言っている。もしかして城、マジで必要だった?


「それに、他にも必要なことも多いよ。道路、防壁、兵站、治水……」

「そ、それももう聞いた」

「そう? じゃあきびきび働くように。計画は私と佳苗で考えておくから、部隊を連れて工事に行ってらっしゃい。取りあえず道路づくり。進捗は?」

「進捗駄目です」

「急いで」

「いってらっしゃい、三津谷くん」


 おかしいな。


 町づくりってもっとこう、シンボルを建てた! うぇーい! 畑を作った、収穫! 美味ーい! お、祭の時期だな。楽しーい! とかそういう感じじゃないのか。シミュゲーだとそうなのに。


 しかも綾子と佳苗との三人での事業。楽しくならない筈がないのに。


 最近の俺、隙あらば土掘りと土いじりしかしていないぞ。


 何か楽しい事、楽しい事……。


「そうだ。そろそろここの名前決めようよ。前からこの地、この地って分かりにくいと思ったんだよね」

「ふむ。一理あるね」

「……名前ですか……隣の街はなんて言いましたっけ」

「オッカズム。確か古い言葉で北西端のって意味だね。ちなみに半島はコンピータルス半島」

「それよりも更に北西ですか。うーん、そうですね……」

「はい。アイデアあります」

「はい、三津谷くん」


 ピンポーンとアクションを挟んで提案する。


「ジョーガツジ町」

「却下。いや、普通に恥ずかしいし……」

「じゃ、キリハチ町」

「お、お断りします……」

「むしろ私はミツタニ町が良いと思うけれど。代表は三津谷くんなんだし」

「うーん、それはちょっと華やかさが足りないな」


 町の名前は美女に基づいてこそ発展させがいがある。俺の名前では、俺本人のモチベーションも上がらないというものだ。


「あの、じゃあ、その、三津谷くんと私から文字をとって、…………ミツガツジとか」

「ダメです。それならミツバチにしましょう。言いやすい……ですね?」

「そうするくらいならキリガツジかジョーガハチの方がいいかなあ」

「「それだと意味ないでしょう」」


 なんでだ。美女二人の名前からとった町名。これは間違いなく千年後も語り継がれることになると思うのだが。


 やんややんやとまとまりそうもない話がまとまり、結局は代表者の名前からとった方が良いという結論に至った。ストライテンやアクスラインの下に赴き、今の所は町の名前が定まっていないことを確認。


 これを機に命名してしまおうと連絡する。


「トリバレイ町、ですか。聞きなれない語感ですが、それもまた異邦人の御方らしくてよろしいかと」

「そう言っていただけると嬉しいです。大尉」


 三つの谷をちょっとだけ英語風にもじってトリバレイ。


 アクスラインやストライテンと談笑して町の名前が公式に決まる。しかし俺はこの時気付いていた。結局町づくり全然進めていないじゃん。進捗駄目だなあ、綾子さんに叱られるなあ、と。


 また土木作業の日々だ。

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