第三十話:一国一城
お、アクスラインだ。
俺の仮設テントから幕を上げ、恭しく一礼して出て来たのは部下のジグムント・アクスライン大尉だった。
遠目で見かけたので走り寄って声をかける。
「やー、アックスくん」
「これは三津谷殿。お邪魔しておりました」
「……? 綾子さんとお話?」
「いえ、世間話のようなもので。王都の内情をお伝えしておきました」
ふーん。
そういうことまで気を回してくれるのはありがたい。よく分かんないけれどあとで俺も確認しておこう。自分の陣に戻るアクスラインに、俺も並ぶ。どうも聞いた話だと、今日はストライテン将軍が見えているとのこと。挨拶をしておこう。
「そういえば三津谷殿、ご存知ですか?」
「え、何のことだろう」
「昇進の内定です」
「あ、聞いたぜ。アクスライン、少佐になるんだってね。おめでとう」
このアクスラインという男はとんでもない男だったのだ。あのミシャクジを打倒した後、怪物の不在を知るのが自分たちだけと、つまり敵国バルトリンデはまだ知らないという急所を突いた。部位や陣形としての急所ではない。情報の急所を突いたのだ。
氾濫する川が収まるのを待ってからの彼の行動は、まさに神速。
無事に逃がした二百に後詰に来ていた五百を加えて、国境線先のバルトリンデ所属の町を強襲した。多くの兵をミシャクジに流された奴らに対抗の余地はなく、なんと侵略されるどころか侵略し返してしまったのだ。凄すぎ。
「はっ! ありがとうございます。ですが小官の些事よりも三津谷殿はこの度、辺境伯に叙されるとか。ご祝着に」
「……? そうなの? 辺境伯?」
あれ? 俺は今、三津谷よ伯爵を任せるぞーってアリシア陛下に言われてなかったっけ。
それを辺境に限定されたって事? 降格してないかな。きっと異世界だとその辺、考え方が違うんだろう。変な世界。
「辺境伯ということは、より一層領地の運営に独自性を認められたことになります。軍政、税収、都市計画、様々なことが一任されます。また、ミッドランド王国の軍事では将軍相当の扱いに。今後は閣下とお呼びせねばなりますまい」
「堅苦しいからやめてよ。それに都市計画とか大変そうだな。アクスライン全部やっといて」
「閣下に一任されます。しっかりと頑張りなさい」
「はい」
結局誰が誰の上なんだよ。異世界分かんねーよ。
俺が頷いたことに納得したアクスラインは、本題だと言わんばかりに言葉を続ける。
「一つだけ助言させていただくならば」
「お、何々?」
「いい加減居城をお作り下さい」
「城? えー……ちょっと大げさじゃない?」
「えー、ではありません! 何ですかあのテントは! ……こほん、失礼。興奮しました。ですがこの地はもはや、一辺境に非ず。ミッドランドにとって対バルトリンデ最前線に物資を供給する要地なのです」
「綾子さんは、町の測量が終わるまで拠点は仮で良いって言っていたんだが……」
「測量はおおむね終わっております。それに、城ヶ辻殿のおっしゃることにも一理ありますが、先日有効だった案が本日も有効であるとは限りません」
確かに。アクスラインの言う通りだ。
城かあ。アリシア・ミッドランド女王陛下の御居城のような荘厳なものは絶対に無理だが、それでもある程度の規模を建てるには兵士たちが大変だなあ。
「俺としては、小ぢんまりとした屋敷でいいのだが……」
「はぁ」
「それでな。ちょっと一人で暮らすには広すぎる感じで、二人で暮らすのにはピッタリなイメージで。ただ、もちろん寝室は別々で、うん。で、シェアハウス用みたいな感じ。でも、一応リビングと言うか食事の場所は一つで、実は一つ屋根の下であることに気付かせないようにしつついつの間にか――」
「ダメです。城をお作り下さい」
ダメか。
夢を断たれてがっくりと肩を落とした俺は、その築城の労力に現実的にならざるを得なかった。
「何とか楽に建てる方法はないかね」
「そうですな。まずは、火山灰をお使いください」
「火山灰」
「ええ、ミシャクジ戦で一部緑化したものの、この地にはまだ先日の噴火の影響が色濃く残っております。その中でも火山灰は小分けにして運びやすく、また固めれば堅牢な城壁になります。何よりも捨てるほどあります」
おぉ。コンクリートみたいなものか。いいね。
「だがさ、兵の数が足りんぜよ。常設の二百人はともかく、臨時の五百人の方は帰っちゃうんだろう?」
「はっ?」
「え?」
「……こ、ここまで認識にズレがおありとは……いいですか。ここはミッドランドの要地、しかも城ヶ辻殿の手腕で急速に開拓が進み、敵の町を一つ奪うまで至りました」
「その先鋒は君だ。凄いぜアクスライン!」
「あ、ありがとうございます……。ではなく、それほどの要地に二百とか五百とかで済ますことはありません。先日の部隊はあくまで”先遣隊”。五百が帰るどころか、これから本隊が来ます」
「どれくらい?」
「五千」
「ごせん!?」
多過ぎない? 桁違いじゃん。
「これでも少ないくらいです。ミッドランドの軍制では、一個軍団は一万ですから。半個軍団ですね」
「それが全員アクスラインの部下になるのか。凄いな」
「それが全員あなたの部下になるのです。凄いですね」
「そうですか……」
責任ばかり増えている気がする。ようやく部下の顔を覚えてきた所だったのに。アリシア女王陛下は俺に対して、特にお給料をくれるわけでもないのに、部下だけ増やしても困るよ。まあ、その辺は自分で領地経営して稼げってことか。
「ちなみに、一個軍団じゃないのはどうして?」
「ストライテン将軍麾下の第七軍団だからです。将軍はご子息に家督を譲ったことを機に、後背地の鎮守を担当されておりましたから。それに先日の火葬竜の被害で、第七軍団はダメージを負っております」
「厳しく躾けておきます……うむむ、今まで放り出していたが、竜にやられた兵本人や家族にも保証が必要だな」
「その辺りはストライテン将軍とつめておきましょう」
ジェイコブ・ストライテン将軍は現在中将待遇。かつては大将を務めていたこともあったが、自身の周囲に自然発生した権威を嫌って、敢えて大将位返上を申し出た。それをきっかけにミッドランド軍の血は若返りを成し遂げ、今もその屋台骨はゆるぎない。
軍事的な実績・実力は勿論、政治的なセンスも光る功臣中の功臣。アクスラインの元所属なだけあって、筋の通った気持ちのいい人物である。
その本人と対面するのは、女王陛下との謁見以来か。お、見えて来た。
前方の待ち合わせ場所に、ストライテンが起立待機してくれている。
ロマンスグレーのオールバック。それと同じ色の鼻髭をたくわえている。五十代だというのに、まだまだ年を感じさせない。堂々とした敬礼は忠誠や思想、所属の如何に関わらず、身を正される感じがした。
渋カッコイイ。そうカッコイイのだ。歳をとるときはこういう風になりたいと憧れる。
ミッドランドの騎兵は各々の衣装で戦場に出ることが多いのだが、ストライテンの近衛は本人含め黒で統一された鎧、黒に銀を装飾した制服とマント。これまたカッコイイ。カッコイイに決まっていてズルいくらいである。
「お久しぶりです。ストライテン将軍」
「お元気そうで何よりです、三津谷殿。アクスラインはよくやっておりますでしょうか」
「それが……聞いてください中将! アクスラインくんはたくさん仕事を押し付けてくるんです! 不当です! 私は抗議します!」
「なんと。本当かね」
「道路の敷設、この辺りでの築城、国境付近の砦・防壁の建設、訓練、新たに出来た河川の治水、兵站の管理、王都への定時報告。それらをやって頂くよう、お願い申し上げた次第」
「ほら! ね、将軍、この兄ちゃんめっちゃ仕事振る!」
「うむ。頑張りなさい、三津谷殿」
「あれ?!」
こっそりとアクスラインに耳打ちをする。もしかして、今のはストライテンなりのジョークか。それともマジで俺はその仕事をやるのが普通なのか。
マジです、とアクスラインが神妙な顔で返答し、俺は環境を呪わずにはいられなかった。ブラック過ぎる。異世界に労働基準監督署はあるのだろうか。




