第三話:大蛇シャムール
大蛇の大きく開いた牙から、禍々しい液体がしたたり落ちる。
毒だ。強そう。勝てなそう。
意気揚々と綾子と大蛇の間に立ち塞がったものの、恐怖でやや血の気も引いてきた俺は冷静になった。
そうだ、俺よりも綾子の方が強いじゃん。
この危機だというのに、なんだかショックを受けてふさぎ込んでいる綾子を頼る。おい、しっかりせえ。
「あのー……綾子さん」
「……なに」
「綾子さんならこいつ倒せる? テイム能力あるし。優秀な君なら、多分転移特典でステータスとか増し増しにして貰っているんでしょ」
「……無理だよ。さっきも言ったように、この谷は魔力をかき乱すの。……平地なら、多分勝てるけれど……」
「そうだった」
そうだった。他力本願失敗だ。
今の俺達(――正確には、俺は魔力なんてほとんどないので綾子一人)は完全な生身。テイム魔法での搦め手や、単純な身体強化も出来ない。ごく一般的な高校生レベルの戦闘力だ。……それでも体格的に綾子の方が強い気もするが、今は置いておこう。女の子に腕力ですら負けるなんて、考えても悲しくなるだけだ。
とにかくこの谷底の霧のせいで超不利なことに違いはない。
「なんでこんな所に連れてくるのさ!」
「し、仕方ないでしょう……三津谷くんが、その……ゆ、油断してたから……」
「だからって突き落とすことないだろ! ……げほっ、ぐぅ……」
「………………ごめん」
まずいな、二回分の落下ダメージが大きい。口から変な色の血が出て来た。こぼし過ぎるといけないような気がして受け皿にした右手が、黒く染まっていく。
せめて綾子を逃がすにしても、谷底一杯に広がるほど大きな大蛇を躱せるだろうか。
そんな算段を大蛇はさせてくれなかった。
「シィ――――――――!」
「くぅっ……!」
蛇の頭が弾けるように走り、隣にいる綾子の顔面に牙を突き立てるまでほんの数瞬。
割り込んで牙の前に腕を差し込めたのは、我ながら奇跡としか言いようがない。
代償に右腕にはたっぷりと奴の毒が振る舞われていく。
「三津谷!」
「ぐっ、ああアアア痛ぁぁぁああああああぁあぁ――……? 痛ぁ……、痛くない」
「えっ」
「ん?」
「シィ?」
あれ、痛くないぞ。
毒も全く回ってこない。奴の巨大な牙二本、俺の前腕に深々と突き刺さったように見えたが、服に穴が開いただけで皮膚は傷ついていない。何故だ。
そんな疑問は他の者も共有しているらしい。
眼前で牙が止まったことに、綾子がぽかんと口を開いて硬直している。
冷徹で機械的な捕食者に見えた大蛇もまた、明らかに戸惑っている。俺達を一飲みするのを中断し、警戒状態に移行している。
その隣に、またしても不思議な文字が浮かび上がる。
『対象:大蛇シャムール』
『強者上位:1% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……必中テイム』
「必中……テイム? えいっ!」
「ちょ、ちょっと三津谷、近づいたら危ない……!」
何となく俺は自分のスキルを理解しつつあった。
この大蛇、シャムールは非常に強力な魔物だ。多分人間が一人で倒すには、綾子レベルの逸材が万全の状態でなければ難しいだろう。
だがそれほどに強力な魔物、だからこそ、この『革命』スキルというやつは発動してくれるらしい。
そういう、強者にだけ必勝出来るあまのじゃくスキルというわけだ。
だから恐れる必要もない。四歩、五歩と大股で前進。
そのまま勢いに任せて突き出した、俺のへなちょこの拳が大蛇の腹に命中する。首部だけでも見上げるほどに大きな大蛇が、一瞬呆れ気味に身を捩った所で、
その全身に俺の魔力がまとわりついた。
「これは……テイム?! しかも倒していないのにたった一撃で……。三津谷くん、あなた一体……?」
「よし、テイム成功! 聞けシャムール、俺達に攻撃するな。どっかいっちまえ!」
「ちょっと……!」
俺がカッコ良くぐっと拳をかざすと、大蛇シャムールはとぐろ全体がコイルばねになったかのように跳ねあがり、そしてすごすごと退散してしまった。物凄い勢いで谷を駆けあがり、木々をかき分ける音もすぐに響かなくなった。
ふっ、カッコ良すぎる。これで綾子も俺を認めてくれるだろう。
もしかしたら……これを機に恋人、はちょっと気が早いか。だが命の恩人なわけだし友人くらいには……。
「あの、三津谷」
「ふぅ、まぁまぁかな。もうちょっと手際よくやれたかもってところかな~」
「三津谷」
「ん? ああ、毒のことなら大丈夫。どうやら牙の一撃含めて全く効かなかった。ん、自分のことだけれどちょっと無敵すぎるかな」
「三津谷、聞いて」
「はい」
「テイムしたなら、蛇に谷から引っ張り上げて貰えばよかったんじゃないの? あの巨体なら人間を持ち上げるくらい簡単でしょう」
「ふむ」
ふむ……確かに。
ふむ……。
――
必死に念じても大蛇シャムールとの接続が付かない。
「駄目だ……全然応答しない……」
「遠すぎるんだね。さっきくらい近ければ、この霧の魔力消散も無視できたのに」
「……どっかいけって言っちゃった」
「……どっかいけって言っちゃったね」
言っちゃったなあ。
やっちまったなあ。
「う、ぐ……げほっ、げぼ……」
「しっかりして、三津谷……く、血が止まらない」
シャムールとの戦いを切り抜けたものの、戦闘終了したからと俺の落下ダメージが回復するわけがない。四階相当から墜落したのだ。
しかも自分の分に加えて綾子の落下も肩代わり。文字通り肩周りで受け止めた結果、左半身はピクリともせず激痛しか寄越さない。
先ほどから綾子が回復魔術を施してくれているが、その薄緑色の光は全快まではしてくれないようだ。
「ごめん、ごめん……わ、私……クラスはテイマーだから複雑な治療魔法はあんまり……」
「ん、でも綾子さんのおかげでだいぶ楽になった。少し歩けそう」
「……こうなったら……谷を進むしかない。どこか登れるところを探して、急いで街で治療を……」
「オッケー、どっちに行こう」
「こっちは今急いで見て来たけれど行き止まり。あっちに向かおう」
「……来た道と反対向きだ」
やや歪曲している谷底は、明らかに森の奥へと続いている。
こいつは死んだかもな。
皮膚等の見た目はかなり回復しているが、恐らく内蔵のダメージが甚だしい。その証拠に吐血がさっきから止まらない。
恨み言を一つどころか十個は言いたいところだが、先ほどから泣き顔で取り乱している綾子を見るとそういう気も失せて来た。
こいつ、こうやってしおらしくしていれば完璧なのに。なぜ性悪に育ってしまったんだ勿体無い。
「あ、あ、歩ける?」
「ああ、行こう」
「大丈夫、きっと大丈夫……」
自分に言い聞かせるように綾子は呟いているが、大丈夫ではない。
歩みは遅い。
この分なら街にはたどり着けないな。
「急ごう」
「大丈夫、無理しないペースで大丈夫……」
「ああ」
遅すぎると綾子を餓死させてしまうことになる。恐らく万全の彼女の身のこなしならば、どこか一か所くらい谷を登れる場所が見つかるだろう。
だから早めに俺を切り離さなければならない。
しかし、早すぎても良くない。
どうやらこの森は初心者には難所過ぎるようだ。初会敵があの大蛇。優秀な綾子でも、一人で魔力なしはこの先の敵を捌き切れないかも。でも、この革命スキルがあれば、難敵を問答無用で倒せる。
だから俺を切り離すのは遅ければ遅い方が良い。
これは決断タイミングが難しいぞ。綾子の空腹具合と、俺の消耗具合と、谷の構造の先読み。
全てを慎重に把握しなければならない。
そのことを綾子に伝えると、何故か手ひどく叱られてしまった。
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プロットは結構先まで書けているので、しばらくは毎日投稿で頑張ります




