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第二十九話:ジグムント・アクスライン

 ジグムント・アクスラインは軍人である。


 ミッドランド王国に生まれ、平民でありながらその才覚を見出されて登用された。若くして大尉に任ぜられ、この度の功績で少佐への昇級も内定している。


 攻守、知勇の実力を兼ね備え、特に最前線での独立部隊運用に長ける。その自負に満ちた堂々たる歩みは今日もかげることなく、レモネード色の長髪をたなびかせながらアクスラインは上官の居室を訪れた。


「アクスラインです。三津谷殿にご相談があってまいりました」

「どうぞ。お入りください、大尉」

「失礼します」


 爵位にある者の居室とは言い難い、仮初のみすぼらしいテントの入り口を開く。


 迎え入れるのは上官の声色とは違う、上品な女性の声。そこに三津谷洋介はおらず、代わりに留守を守っていたのは城ヶ辻綾子だった。


 うら若い女性にしては長身。三津谷葉介よりも握りこぶし二つ、三つ背が高く、髪や服が黒い彼女が彼の後ろに立つと、本体より大きい威圧的な影というちぐはぐな印象をうける。二人並んで歩いているところを、アクスラインの部下たちは面白がって見ているものだ。


 美しい、確かに美しい女性だ。だが……。


「三津谷殿はご不在ですか」

「ええ、国境線の視察に行っています。先日のミシャクジで荒れたところを補修するとかで、もう少しすれば帰ってくると思いますが」

「そうでしたか。間が悪かったようで」


 しまったな。と後頭部をかく仕草を見せながら、退出はせずに丸テーブルに備えた椅子を引く。腰を下ろすと、丁度城ヶ辻と正対する位置になる。


 アクスラインは、実直な彼らしからぬ嘘を使った。自分の上官のスケジュールを把握していないほど、彼は怠惰な給料泥棒ではない。


 そのことを目の前の女性も見抜いているようだ。黒一色の瞳に霞をかけ、その真意は読めない。逆にこちらの真意を測ろうとしているようにも思える。


「何か、ご用件があれば承っておきましょう」

「こほん……近頃、司令官殿のご活躍は目覚ましく、王都でもちらほらと人気が出ているようです」

「まぁ、そうですか」

「三津谷殿はお若いですから、先物買いの感覚で特に女性人気が広がっているそうで。いくつか見合いの話も来ている、と担当の者から報告があったのでご連絡に伺った次第」

「……見合い……」


 そのフレーズを聞いた途端、テントの中の空気が変わった。


 ずぅっ、と万物の重みが変わったかのような気配。城ヶ辻が纏う、漆黒の魔力がゆっくり、ゆっくりと渦を巻きながら広がっていく。その瞳もますます黒の純度が高まり、ここが戦場であればアクスラインは剣を抜き放っていたに違いない。


(毒婦め……、尻尾を出したか)


 気配に押され、つい剣の柄の位置を確認する。


 城ヶ辻の、純度の高い黒瞳には見覚えがある。平民の出のアクスラインには馴染みが薄いが、王城内でかつてみかけた、女王陛下を追い落とそうとする根の腐った貴婦人。それに酷似している。


 城ヶ辻が三津谷を害そうとか、何か得体のしれない野心を持っているとか、それに対して確証などない。しかしこの女は間違いなく、正義や人道とは縁を切った存在であることをアクスラインは直感していた。


 薄々持っていた警戒心を確信に変えたのは先日のこと。もう一人の女性、霧八佳苗と三人で何か話し合っていたところを訪ね、三津谷だけを引き連れてテントを離れようとしたところでのことだ。三津谷を連れだすことの何が気に入らなかったのかは不明だが、


(あの形相は……きっと司令官殿にとって禍根となる。証拠など要るまい。忠誠を誓い、しかもお命まで救われた以上、刺し違えてでも……)


 霧八の方も人を殺せそうな目線をこちらに向けたが、この城ヶ辻の形相と言ったらまさに夜叉の如し。お気楽な司令官は気付いていなかったようだが、アクスラインは確かに全身を串刺しにされる幻痛に見舞われた。


 このときの恐怖心が、アクスラインの忠誠を過度に刺激し、暴挙とも言えるアレルギー反応をしめした原因と言えよう。彼は女性経験が乏しくはなかったが、おしどり夫婦で妻以外に興味が無かったので、必然的に女性の嫉妬と言う感情にはあまり慣れていなかった。


「お見合い、そうですか。そんな話が」

「ええ、まあ半分冷やかしと申しましょうか。異邦人で、しかも対外戦線で活躍している者が珍しいのでしょう」

「……」


 繰り返すことになるが、アクスラインは優秀な用兵家である。その技術は戦場のみならず、プライベートな物事でも活用されることは珍しくない。


「そういえば、機会がなくて聞きそびれていたのですが。失礼ながら――」

「はい?」

「三津谷殿と城ヶ辻殿は、恋人同士の関係でいらっしゃいますか?」

「……!」


 用兵家の優劣を決める条件とは、「いざ開戦」の前に万事を準備しているか否かである。


 この時の会話の詰め筋を、アクスラインは既に読み切っていた。


 恋人ではない、というならまずは良し。この度の功績を王都で喧伝し、三津谷を任地から王都へ栄転させる。この半島を賜った第一号は城ヶ辻であるので、恋人でもない彼女がついてくる理由はない。王都と辺境で二人を遠ざけられれば差し迫った危機は無くなる。


 恋人である、と言うならば、いつからかと問いただすことにしよう。それが異世界からの来訪がきっかけだとするならばタイミングが不自然だ。それは世界が変わって価値基準が変化したからで、彼の人柄以外を狙った偽りの愛情である、何か野心があるのではないか。と強引に中傷も出来る。


 そこで二人のリアクションを確認し、三津谷が遠ざかるならそれでよい。自分も三津谷の不興を買うことになるだろうが、それで守れるものがあるならばそれもよかろう。

 

 城ヶ辻の方が抵抗するならば、刺し違えてでも……。そう決意してきたはずだが、アクスラインの右手は震えた。


 先ほどの圧倒的な魔力の滞留。自分には御し切れないかもしれない。


 間合いを測るように、アクスラインは返答を促した。


「失礼なこととは思いましたが、見合いと言う案件な以上確認しておきたく」

「……そ」

「そ?」

「そ、そう見えますか……?」

「は……?」


 読み筋に無い返答だった。


 しかも仮想敵と定めた相手は、目線を背け頬を赤らめ、普段の底の知れない雰囲気とはかけ離れている様子。さきほど感じた凄まじいプレッシャーは毛の先半分ほども残っていない。アクスラインは悩んだ。どうも話が違う。


「えー……それはつまり、恋人同士と勘違いされると良いのでしょうか、悪いのでしょうか」

「……私はいいですが、彼はどう思うか……」

「……」

「大尉から見てどう思いますか。彼はやはり嫌がるでしょうか」

「……は。それは、そうとも……」


 やはりどうも話が違う。


 おかしいな、自分は忠誠を誓った上官のために、将来の障害を取り除きに参上した次第。年端もいかぬ少女の、甘酸っぱい人生相談を受けに来たのではない。


 妙な勇み足をしてしまったと深く反省したアクスラインは、礼儀正しく退出の準備を整えながら思った。性根を言えば毒は毒、だが随分と薄まっているようではないか。医者やそれに類する魔術師たち曰く、薬も濃ければ毒となり、逆に毒も薄まれば薬となると聞く。少なくとも服毒されるのがあの方である限り、自分が危惧している事態は起きないのかもしれない。


 無礼で穿った見方をしてしまった穴埋めに、アクスラインは少しだけ少女の背を押すことにした。


「そうともいえないでしょう。小官が思うに、三津谷殿は城ヶ辻殿をとても頼りにしていると考えます」

「や、やっぱり? そうですよね」

「はい」

「全く、あいつは私が居ないとしゃんとしませんから。大尉もそう思いますね?」

「はっ、おっしゃる通り。つきましては、配下どもに命じて恋人同士である旨、噂を流しておきましょうか? 余分な見合いの申し込みも減りましょう」

「そ、れは………………もちょっと、外堀を埋めてからで……」

「おや」


 自分の提案以上に外堀があるとは思わなかった。


 本丸までまだまだかかりそうだな、と内心で苦笑し、深々と頭を下げてアクスラインは退出した。実直な彼でも、低い身分から出世する程度には処世術を心得ている。上官の将来のお相手に、媚を売る程度はしてもよかろう。

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