第二十八話:白蛇ミシャクジ改め
岩盤が突き破られていく。
復活した巨竜の膂力は凄まじく、分かれ道とか登りとか下りとか、ごちゃごちゃしたことを一切意に介さず洞窟を突破した。俺とアクスラインを背に乗せ、竜は再び空に戻る。
久しぶりの地上は相変わらず天気が悪い様子。眼下には大量の沼地が広がり、いよいよ海との境界が怪しくなってきた。このままだと俺の領地が海の底に。急がねば、と相棒に託す。
「凄い! 凄いぞ、上総介! このままあの蛇ぶっとばすぞ!」
「――――――――!」
「くっ、やはりミシャクジは健在の様子」
「うわあ、前よりも元気そうだな」
アクスラインが指摘した通り、例の大白蛇はばっちり元気だった。相変わらずウォルケノ山脈の頂に陣取り、そこからふもとまですっぽりとぐろを巻いて覆ってしまっている。山一つ覆うとはやはり桁違いの化け物だ。この悪天候で、その水量は先刻よりも増えてすらいる。
「アクスライン、打ち合わせ通りに本体を叩く! 速やかに索敵を済ませよ! 上総介、それまで手出し無用。バルトリンデ側を飛んで、ついでにあいつら沈めちまおう」
「承知!」
任せろ、と上総介が吠えた。
加速して旋回を開始、眼下のミシャクジが吐き出してくる水流を次々に躱していく。先ほどは不意を突かれたが、来ると分かっているならば躱せないこいつではない。
凄まじい速度で上下左右、ついでにその場で宙返りを繰り返す。とてもじゃないけれど俺には本体の蛇なんて見つけられない。というか、視界の流れが速すぎて溶ける、景色が溶ける。
しかし視力自慢のアクスラインは確かに捉えていた。
「あそこだ! 首の付け根あたりに泳いでいます!」
「どこー! 首の付け根ってどこー!」
「竜殿、あっちだ。河の中心! 八合目ほど!」
「――――――!」
上総介が飛び方を変えた。無秩序な旋回の繰り返しではなく、狙いを定めて真っすぐ突っ込む。おかげで視界が固定され、俺にもちょっとだけ見える。
ドラゴンクローが濁流を弾けさせた。
突っ込んだ竜の爪を辛くも逃れたのは、やはり白蛇。本体の方はツヤツヤとした真っ白な、どちらかというと小さな蛇だった。
空中に放り出されて慌てた様子のミシャクジは本気を出した。どんなに小さかろうがこれほどの大河を生み出した存在だ。むしろ剥きだしにになった分、凄まじい魔力の波動が大気を震わせる。ぺろりと赤い舌で舐めたミシャクジは、突如大量の水を発生させ、俺達に滝のように大量の水を流し込んだ。
上総介の大雑把な爪では捕らえ切れない。アクスラインの身体能力は人間どまり、彼もまたあれを切り落とすことは出来ないだろう。俺の貧弱な体術では言わずもがな。
しかし今の俺にはこいつがある。
強く念じるだけで意のままに空を駆け、革命スキルの弱点である間合いを完全に埋める装備。この状況を解決する、まさに解答。短剣アンサラー。
『対象:白蛇ミシャクジ』
『強者上位:0.00001% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……アンサラー』
「いけっ、アンサラー!」
ぱしゅん
と放たれた十二本の短剣が宙を舞い、しゃらんと切っ先を蛇に。
一拍間を置いて白銀の閃光が突撃した。ミシャクジが四方八方に放つ激流を躱し、瞬く間に距離を詰めた短剣群。回転しながらミシャクジの水製防御を次々に掻き出し、再び相手をむき出しにした。
あと一撃。
短剣の柄。その後ろに備えた輪っかを握り、空中を突き進む。
こんな緊迫した場面に似合わず、ガキの頃遊んだアスレチックの遊具を思い出した。滑車に乗って握っているだけで目的地にたどり着くのに似た感覚だ。
念じただけでオートマチックに、寸分たがわずたどり着いたミシャクジの腹向けて、テイムの拳を叩きこんだ。
――
水が引いていく。
この世の終わりかと思われた水が、綺麗さっぱり引いていく。残ったのは草原と、あとは山頂から西に流れる一本の大河だけ。この大河が無ければ、今の戦いは白昼の夢であったかのように。
「ミシャクジの支配力はやはり凄まじかったのだなあ」
「お見事です三津谷殿。かの化け物を、あれほど華麗に調伏せしめるとは」
「うむ。人間にしては中々に見事。今のは魔縛りの技か。それに肝も座っておる」
「……?」
「…………?」
「どうしたの、アクスライン。変な声出して」
「い、いえ、今のは小官では……」
なんか変に低い声が聞こえる。
困惑しているアクスラインが、そろりと視線を落とした。そこにいるのは蛇。白蛇だ。生きている。するすると俺の足に巻き付き、這い上がり、そして肩に乗って軽くとぐろを巻いた。
「どうした。素っ頓狂な顔をして。余を酔いから呼び覚ましたのは卿であろう。そういえば、名を聞いていなかったな」
「……しゃ、喋った……!」
「喋るぞ」
ミシャクジ。
その本体を確かに俺はテイムした。その後、急激に収まる濁流と天気に巻き込まれないように着地するのに精いっぱいで忘れていた。
その白蛇が、なんと喋った……! え、何こいつ喋るの? 発声器官とかどうなっているの?
グゥルグルと後ろの巨竜が羨ましそうに唸る傍ら、白蛇は話し続ける。
「ほれ、どうした。名を言わんか」
「あ、ああ、俺は三津谷葉介。こっちが戦友のジグムント・アクスライン。どちらもミッドランド王国の軍人だ」
「ふん、面白くもない肩書だが、やったことは面白い。まさか余を殺さず、手加減する人間が居るとは思わなんだ。よかろう。短い人間の生、少しくらい仕えてやってもいい」
「仲間になってくれるって事?」
「そうだ」
「よっしゃ! じゃあ君は~……ちょっとじめじめして陰湿そうだから次郎三郎だ! 二人目!」
「なんだそれは」
「ニックネーム。もっと陰湿な奴が来たら三人目の名をくれてやるのさ」
「ふん、悪くはないな。名を変えて、しかも名付け親になることでその存在を縛る。調伏術としては使い古された手だが、それだけに効果は間違いない」
「そ、そんな理由ではないけどね……」
いや、本当に綾子の真似をしただけなんだが。もしかしてあの子はそこまで考えているのかもしれないけれど、俺の方は特に考えていませんでした。
とにかく、次郎三郎は命名をうねうねと承諾した。火を自在に操る竜に続き、水や森を自在に操る蛇。中々うちのパーティーも強力になってきたようだ。気難しそうな奴が多いのが難点だが。
基本的に、テイム先の格が高ければ高いほど気難しいと考えていい。今回はライバル心で上総介も全面協力してくれたみたいだが、もっとつまらないことに従事させたら一分も経たずに帰ってしまったかもしれない。
それに呼び出す間隔にもある程度制約がある。この次郎三郎も上総介同様、そうポンポン頼れる相手ではないだろうな。もうちょっと従順な奴が欲しいですねえ……。
忠実さではそんなテイム勢を引き離してぶっちぎり一位のアクスラインが、帰還を提案した。
「さ、それではそろそろ戻りましょう、三津谷殿。皆心配している筈です。復旧作業やバルトリンデへの対策も考えねば」
「うん、めでたしめでたしだな。あ、もう一つ大事なことがあった」
「……?」
「次郎三郎、テイムしたら対象の特技を一個貰えるんだ。何かくれよ」
「ほう。よかろう、では早速――……」
ぴちょん
と雫が一滴垂れる音がする気配。それからテイムのリンクの活性化。来た来た来た。
「何をくれたんだい?」
「これで卿は、ありとあらゆる”泡”を自在に扱えるようになった」
えー……泡って、またしてもしょぼい……。
「泡ァ!? そんなけちけちしないでドロポン寄越せよぉ!」
「余はイドンプ派でな」
なんだと。こいつとは根本的に相容れんな。
ぺちぺちと次郎三郎の頭を叩きながら、俺は帰路についた。
※なぜ異世界の魔物がドロンプのことを知っているのかというと、
転移時の翻訳がなんやかんやで上手くアレしたためです。伏線ではありません。




