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第二十六話:敗北、そして

 大雨に変わった空模様に向けて右手をかざす。


 こいつはまずい。このミシャクジとやらは、はっきり言って人の手に負えない。


 綾子や佳苗がどんなに優秀な人物でも太刀打ちできまい。アクスラインの用兵術の妙でも、千人単位で地表ごと洗い流す化け物相手は荷が勝ちすぎる。だから化け物には化け物だ。天に手を広げながら俺は呼んだ。


「来い! 上総介!」


 全身に熱いくらいの魔力が駆け巡り、手の先から放たれたテイムのリンクは分厚い雲を突き破った。


 ぽっかりと一箇所だけ晴れた空から、巨竜が飛び込んでくる。


「あ、あれは……! 災厄の火葬竜では!」

「調伏し手駒としました。かの悪竜も、今はミッドランドの盾となる守護獣です。ここはお任せください、大尉」

「なんと……! お見事」


 驚愕するアクスラインやその配下たち。ようやく司令官らしいところを見せられてちょっと嬉しいぜ。


 気のせいだとよかったけれど、事実、アクスラインやその配下は俺のことを上司ではなく知人の息子みたいな扱いをしてくるからな。これでばっちり名誉挽回である。と気分を良くした俺は、芝居がかったしぐさで手を振り下ろす。


「いけっ、上総!」


 咆哮一つ。いいだろうという返事をして、上総介は突撃した。


 実を言うと上総介は好き勝手に操れる奴隷ではない。あれ程の規格外の存在、テイムの絶対性でも縛るのは一苦労。


 普段から好物の果物を分けて一緒に食べたり、機嫌悪いときはぐちを聞く話し相手になったり、背に乗って楽しく飛んだり、新しい住処を提供したりしてようやく仲良くなれる。巨竜が俺の言うことを聞いてくれるのは、その努力の成果である。リザードンか。


 とにもかくにも上総介は突入した。山頂陣取るミシャクジの頭部めがけ、アフターバーナーよろしく自身の翼を燃え盛らせて突っ込む。


 ばづん!


 と着弾音。


 ミシャクジのサイズスケールがデカすぎて、頭部の水が飛び散るのは実にスローモーションに見えた。聞こえてくる攻撃音も一拍遅い。人智をはるかに超えた二雄の激突を、俺達はただ見守ることしかできない。


 空気ごと白蛇ミシャクジの頭部を四散・蒸発させた巨竜は、勢いそのままに胴体も寸断していく。


「すごい……!」

「うわあ、すげえ」


 ばつばつばつッ!


 と大河をすべて細切れにした上総介。アクスラインも俺も、ただただ感嘆するしかない。霧散したミシャクジを背景に、上総介が戻ってくる。


 わーい! 僕の上総介は最強なんだ。楽勝楽勝。


 役目を終えて威風堂々と翼をはためかせた我が従僕は――しかし俺の目の前に着陸することはなかった。


 自慢気に降り立とうとした寸前、一筋の激流が彼を貫く。


 山頂から吹き下ろされた水製ダイヤモンドカッターは、巨竜の腹部を貫通し横薙ぎにした。


「上――」

「ゴァ――――――!」


 とっさに振り返り火線を叩き込む上総介。


 その火線の先に、俺は確かに見た。頭部が復活している。いや、頭部どころではない。赤い瞳も、ちろちろと垂れ流される蛇舌も、大河で出来た体躯も。巨大な白蛇のすべてが元通り復活している。


 たった今着弾した上総介のブレスを受けて爆ぜた頭部が、二度目の再生をたやすく成し遂げた。なぜだ。


「くそっ……!」


 とっさに相棒の前面に立ち、激流の中に割って入る。ただでさえ火山のようなこいつを、相性の悪そうな水の化身に突っ込ませたのだ。これ以上消耗させたら、いくら回復力が桁外れの竜種でも危険だ。


 受け止めた濁流は、やはり俺を傷つけることはなかった。手の平には軽い衝撃、それだけだ。水流はこれ以上上総介を害すことなく、足元に溜まっていく。


「革命スキルは問題なく発動している。……が、やっぱり遠すぎて殴れないな。上総、もう一度飛べる?」

「――――……」


 ダメか。腹部をずたずたにされて、立ち上がることも難しそうだ。とにかくこの巨体を連れて離脱しなければ……。


 綾子たちや他の兵士たちは十分離れたようだ。あとはさっさと逃げればいいのに、律儀に近くで待っているアクスラインと俺と竜だけ。このままミシャクジから放たれる激流をいなしながら後退すれば、なんとか逃げられるか……。


 その判断はあまりにも甘すぎた。


 ゴゥゴゥゴゥ……


 と響く地鳴り。


 続いて次々にあたりの地面がひび割れていく。


 革命スキルでどんなに防いでも、守れるのは俺とその背後だけである。大量の水を飲み下した大地は、その胃の容量をついに満たされ尽くした。


「三津谷殿! ここは危険です、お早く――くっ……!」

「アクスライン!」


 割れた地面に流れ込んでいく濁流に、まずアクスラインが足を取られた。大きく割れた地面に吸い込まれていく。


 とっさに手を差し出して掴まえる。新しく出来た崖っぷちで何とかこらえたのも束の間、第二波の大波は、俺もアクスラインも、なんと巨大な竜までもまとめて地割れの中に流し込んだ。


――


 視界がぼやける。


 それにひどく寒い。


 天井は残念ながら我が家ではなく、そして人工物ですらなかった。洞窟だ。


 げぼっ


 と吐き出した水が首と胸に広がっていく。ぶっ倒れたのか俺は。うーむ、まだ喉奥に水が残っている感じがする。げほげほと喉を鳴らしながら仰向けに横たわった体勢を起こし、あたりを確認する。


 あの後、前後左右もわからないくらいの渦に飲み込まれて、俺たちはウォルケノ山脈の地下どこかに流された。までは覚えている。それが一体全体どこなのかなんてわからんけれど。


 まてよ、俺たち。そう流されたのは俺たち、俺だけじゃない。


「アクスライン! 上総介!」


 慌てて立ち上がると、直ぐ側にアクスラインが横たわっているのが見えた。おっ、あっちには相棒の竜も。竜の方は気がついたのか、ぼんやりと鱗の隙間を赤く脈動させている。そうか。洞窟の中なのにちょっとだけ明るいのはこいつのおかげか。


 あっちも元気がないが、今はアクスラインの方も心配だ。駆け寄って、うつ伏せのアクスラインをひっくり返す。


 質実剛健、軍人らしく鍛え上げられた重厚な胸板だ。背丈はそれほど高くないのになんと重たい。俺なんかよりもずっと実力があり、前途有望で、人懐っこくて、こんな良い奴が目の前で死ぬのは嫌だ。


 レモネード色の長髪をかきあげ、それでも開かないまぶたがもどかしく、その頬を叩く。


「アクスライン、しっかりしろ! アクスライン!」

「――……み、つたに殿……」

「アクスライン!」

「ご無事でしたか……」

「ああ、ああ。お前のおかげだ。流された時に、俺の頭をかばってくれただろう」

「ふ、貴殿が、流される小官の腕を掴まなければ……ありはしなかった功績ですな。……っ!」

「ど、どこか痛むのか」


 幸い、アクスラインの方も命に別条はなさそうだ。だがわき腹と右足の骨を痛めてしまっている。これではこの洞窟を抜け出すのもままならない。ぼやぼやしていると増える水かさでここも沈んでしまう。


「そうだ。エルフにもらった軟膏がある。彼らの秘術で作った至上の品だ。詰まった魔力であっという間に治る」

「それは大変貴重な品です。その小瓶で、城の一つや二つ買えるでしょう」

「良いから、傷を出せ」


 ごちゃごちゃうるさいアクスラインの小言を無視して軟膏を塗りたくる。うむ、俺の命の危機すら救ってくれた品だ。骨折・脱臼程度ならば即座に効いてくれるはず。


「おお、痛みが引いていきます。お、歩けそうです」

「よし。さて……これからどうするか」

「ありがとうございます、三津谷殿。まずは地上に脱出しましょう。迂闊にもよく覚えておりませんが、かなり地下まで流されてしまったようです」

「うん、俺もどんなルートで来たのか全然覚えてない」


 上総介の状態を確認しても、残念ながら今の体力では地盤ごと突き破るのは難しそうだ。全力全開のこいつならいけそうだが。今のところ、アクスラインの方を先に介抱して拗ねただけの大トカゲだ。


「わかったわかった。お前のことも心配だったって」

「――――ぐぁふ、ぐぁふ」

「あ”ー! 今こっそり髪の毛燃やしたべ! おいい、ちょっと大尉変な感じになってない? うわっ、後ろ髪全然なぁい!」

「……前途は、多難そうですな……」


 アクスラインが力なく首を振る。上総介は忠義深いことにドライヤーの役を自ら買って出て、俺はその熱風から逃げ続けなければならなかった。

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