第二十四話:カナエのアトリエ
綾子と佳苗を連れて、再び南の国境線へ。
アクスラインと一緒に行ったときのように馬を使ったが、佳苗は乗馬の経験がないとのことで俺の後ろに乗ってもらう。ミッドランド王国の広大な草原地帯で育った、足が速くスタミナも十分な品種だ。力強いので二人がけでも何とかなる。
「三津谷くん、馬に乗るの結構お上手ですね」
「あ、ああ、最近教えてもらって練習したんだ。ちょっと移動手段が必要になってきて」
「……綾子さんが言っていた交易のため、でしょうか」
「なんだ、もうそれも聞いていたのかい」
ガールズトークの情報共有の速さたるや恐るべし。綾子と佳苗は、この世界に来てからのことをすっかり話してしまったらしい。三人パーティーで俺だけ会話に混ざれないのはなんだか残念。
ただ、残念ではあるが良いことのほうが多量だ。
「綾子さんと佳苗さんが仲良くなれたみたいで、良かったよ」
「ええ、しばしば言われるでしょう。共通の敵は団結を強める」
「……共通の敵って誰?」
「……」
「……」
「今回の場合は共通の目標と言い換えてもいいでしょう」
「は、はい」
背中から聞こえてくる内容はなんか恐ろしげだ。聞かなかったことにしておこう。
ただ会話が続かないと、先程から背中に押し付けられる佳苗の感触から意識を遠ざけられない。教室でいつも目で追っていた時からスタイルが良いなとは思っていたけれど、これほど凶悪なものをお持ちだったとは。何か話題、話題、話題……。
そうだ、アクスラインのことを話そう。めっちゃ良い奴だって。いやでも、あいつ爽やか金髪イケメン騎士だから佳苗が夢中になったら困るな……。でもあいつ妻帯者だし……。いやでもいくらアクスラインでも佳苗の魅力に抗えるとは……。
うんうん、と唸って悩んでいると、佳苗の方から話しかけてきた。
「こうやって――」
「ん?」
「こうやってお話するのは、久しぶりですね」
「そ、そうかな。あぁ、こっちの世界に飛んでもう二ヶ月近くだしね」
「元の世界でもしばらく疎遠でした……三津谷くんが、一緒に図書委員だったときは……よくお話していましたが……」
「ん……」
そう、俺も一介の男子高校生として、自分の初恋を実らせようと努力したことがある。
霧八佳苗の趣味嗜好をこっそり調べ、読書が好きだということを万難を排して突き止めた。しかし同じ文芸部に入部までは勇気が出なくて、なけなしの勇気を振り絞って同じ委員会で妥協したことがある。
隔日の昼休み、図書室の受付で彼女と並んで本を読んだことは、俺の希薄で空っぽな人生の中で最も幸福な時間だった。(正確には緊張して一文字も読めなかった。佳苗に薦められた本は自宅で頑張って読んだ)
「……三津谷くん」
「ん」
「その……ずっと聞きたかったのですが。どうして、図書委員辞めちゃったんですか? 本が嫌いになりましたか?」
「い、いや……その……」
ある日、噂を耳にした。
佳苗に好きな人がいるらしい。
いやいや、もう付き合っているらしい。誰だかわからないが一年先輩のあいつが怪しい。いや、どうにも同じクラスにいるらしい。噂は噂を呼び、佳苗と仲がいい女子グループが色めきだっているのを偶然聞いた。
偶然ではないか。焦って否定する佳苗や、それを囃し立てる取り巻きの声を一文字も聞き逃すまい、と寝たふりをして鼓膜に集中しているのを、偶然とは言わない。
「その、心境の変化ってやつかな」
「そうですか……」
俺はあと十歩、いや百歩勇気が足りなかったのだ。
佳苗の隣で読書するのに満足し、告白なんて恐れ多くて出来なかった。うだうだやっている間に、どこかの顔も知らない男に想い人を掻っ攫われた。失恋なんて思うのはおこがましい。ただの敗北感と嫉妬感に耐えきれずに、後期は所属委員会を変えた。
「でも本は嫌いになっていないよ」
「……! そ、そうですか……」
火山岩の名残が多く、鞍の揺れが激しくなってきた。振り落とされないようにしたのだろう。ぎゅうっと抱きしめられるのは幸せだったが、これを恋人の男は好きに楽しめるのかと思うと、やはり胸焼けは収まらなかった。
――
綾子が鷲を操り、周囲を警戒させている。
このあたりは敵国バルトリンデとの新国境が近い。警戒しておくのは必須だ。
他にも白狼のナビエも遠巻きから警戒中。黒竜のガウスは本日お休み。あんなのを呼び寄せたら味方が恐れ逃げ出すし。そもそも大型の魔物は、お手伝いさんみたいに何度も呼び寄せても来てくれない。それ相応の魔力と敬意を要する。
さて、綾子たちが六つの瞳で周囲を見張る中、佳苗の方は調査を開始していた。採取した泥や植物をつぎつぎに試験管に放り込んでいく。
「錬金術師と言うよりも、そうしてみると科学者みたいだね」
「ええ。この転移特典は厳密な意味での錬金術師、つまり金を作り出すこととは少し違いますね」
「ふーん?」
「材料を採取したり、分析したり、調合したり。フィールドワークの科学者と魔法使いをかけ合わせたイメージです」
「……もしかして佳苗さんも、結構優遇されている方?」
「あ、え、はい……一応、珍しいクラスみたいです」
いいなー。そういや佳苗も勉学面で優等生か。優遇されるわけだ。
テイマーの綾子もレアだったし、佳苗の方も単なる魔法使いとは一線を画す特技をもらっている。こういう二つのクラスを組み合わせた、わかりやすく言えば上級職を貰えるのは珍しい。
「じゃあ、情報分析とかがメインの特技になるんだね」
「はい。あ、他にも……はいっ!」
ぽむん
と音とともに少量の煙が広がる。煙が晴れた中心には、可愛らしいサイズの軟体生物スライムが弾んでいる。
「こうやって調合した材料で、使い魔を呼ぶことも出来ます」
「は、はえ~」
え? ひょいっと生命を生み出すとかこの子ヤバない?
何、錬金術ってそんな万能な感じなのん? あっれ、おかしいな。漫画で読んだのと違うぞ。生命を生み出すと真理に怒られたりしないのかな。
「材料さえあればもっと大きいのも呼べるんですが……」
「……待った。自信を失いそうだから今日のところは勘弁して」
「は、はぁ……」
スライムといえば俺の生涯のライバルだ。こいつと殴り合って今のところ一敗一分。まあまあの戦績だな。そのライバルを片手間でぽんぽん生み出されると自信を無くす。
革命スキルにまかせて鍛錬とかサボっていたけれど、真面目に筋トレとか始めようかなあ……。
さて、佳苗いわく、環境の魔力状態を調査するならスライムが適任とのこと。ニュートラルな属性のスライムを放ち、しばらくして帰ってきた個体を調査、体内に含んだ魔力を分析することで定量化出来る。本当に科学技術だな。
そういう知識をわかりやすく説明し、手早くスライムの群れを放った佳苗に俺はすっかり感心した。すごいすごいと手放しに褒めた。のが良くなかった。
ものの数分で周囲一帯がスライムの群れで埋め尽くされている。佳苗はといえば大量のスライムを回収する途中で、
「へぶぼ」
とか
「あわわ……っあぷ」
とか奇声を上げながらスライムにけつまずいていたが、可愛いのでOK。繰り返す。可愛い子がどんくさいのはOK。
たわたわとスライムと同じように弾む、魔法使い風コートの中身に目が吸い寄せられる。大きい。ニュートン力学の真髄がある気がしたので、正座して拝見した。
「あぶ、ちょっと三津谷くんが褒めすぎるので、必要以上に呼んでしまいました……」
「ははあ、勉強になります」
「あの……正座していないで少し手伝って……」
「勉強になります」
そうやって拝見していたところで、後ろの方から素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。
振り返ると綾子がスライムにつまずいてすっ転んでいる。正確には……スライムを蹴っ飛ばして自分から倒れた(ネイマール)ような気がするのだが……。
「いったーい! ちょっと、三津谷くーん助けてよー」
「なんで君が転ぶんだ……」
「もー、全然立ち上がれないー。三津谷が助けてくれないと無理。佳苗ばっかり構うの無理」
「はいはい」
「……思ったよりこのパーティー、ダメな気がしますね……」
自分の失策が状況を招いたことは棚に上げて、佳苗がため息をついた。




