第二十三話:不穏
アクスラインの報告は緊急を要するものではなかったが、確かに一度視察するべき性格のものだった。
今、馬で駆けているのは女王陛下から拝領した土地、その南端だ。
一度地図の整理のために、ミッドランド王国が広がる大陸中央部を一つの時計に見立ててみよう。針の中心軸がウォルケノ山脈の頂点(中心軸は九時の方向にかなり偏って配置されている)。六時から反時計回りにぐるっと十時までミッドランド従来の領地。
九時~十時が俺たちの拝領した土地。九時あたりは溶岩が流れ込んで出来た新しい土地だ。さらに八時、七時とくると、ここからは他国、それも敵国バルトリンデの領土となるのでうかつには近づけない。
さて、改めて言うと俺たちは馬で駆けている。溶岩が流れ込んで新しく出来た土地。ゴツゴツとした火山岩が広がっているはずの土地を、馬で駆け抜けている。
驚くべきことに地面にはすでに草が生えつつあるのだ。湿度を含んだ土が豊富にあるし、ギャロップで駆けるのに事欠かない。
「……ミッドランド軍の土木技術が、嗚呼あっぱれ非常に優れているということは……?」
「残念ながら、違います。一晩でこの草原は出来上がりつつあり、そして今も緑化は進行しております」
「むむ」
超常現象と言っていいだろう。凄まじい速さで火山性の土地が風化し、”非火山性”の地面との境界からバクテリアが繁殖し、植物がちらほら育つまで土壌が改善している。
間違いなく魔法によるものだ。が、一体どうやっているのか検討もつかん。
「アクスライン大尉」
「はっ」
「この現象、何か理由はわかりますか?」
「恐れながら情報が乏しく……ただ、軍で抱えている魔法使いの意見によると、風化や腐敗、時間経過の加速は水系の魔術系統のようです」
「水か……」
「さらに根拠のない噂ですが、ミシャクジと呼ばれる強大な魔物が関係しているとか。過去の文献との類似から、推測です」
アクスラインも魔法の専門家からの受け売りである、と前置きして、その魔物について詳しく教えてくれた。
彼いわく、ミシャクジは水を好む巨大な白蛇であるとのこと。水や木、岩を自在に操り、時に天気すら操るその蛇は、往々にして山に棲むのを好むとのこと。ウォルケノ山脈が今、火葬竜という主不在であることが……他の魔物の入り込む絶好の機会であるということ。
「しかも、ミシャクジは南西のバルトリンデ国で信仰を受ける御神体であるとのことで」
「状況証拠だけで言うなら」
「これは侵略の前準備と考えます」
上総介め。居たら周りを燃やし尽くすが、居なくなったら居なくなったで困ったちゃんだ。
強大な魔物がぽっかり抜けた穴を、他の魔物が埋めて周囲を支配下に置く。食物連鎖に似たその現象はよくあることらしい。問題は、後継者が敵国の息がかかった魔物かもしれないということ。
「三津谷殿、我々は国境守備の為に派遣されてきた部隊です。侵略には最後の一兵まで戦いましょう。ですが守備という方針が攻撃に変わる場合は、ご判断を仰がざるを得ません」
「うーむ……」
「草原のミッドランドは騎兵の国です。国境線の先まで草原で覆われた今、打撃の絶好の機会と言えます。後詰めの申請をなさいますか?」
「いや、まだ早いと思います」
アクスラインの血気はやった提案は、彼の本意ではないようだった。あえて攻に振り切った提案をしてみせ、次に守に重きをおいた案も示すことで広い選択肢を挙げてくれようとしたのだろう。目端が利く。副官として近づけるべき人材だ。
「一晩でこうも草花が生い茂ってしまうなら、明日には森や沼になっているかも」
「なるほど。そうなれば騎兵は完全に強みを失いますな」
「ああ、退路も断たれる」
攻めるにはまだ早い。まだ早いが、やることは多くなってきた。
「王都に兵力増強の申請は出します」
「はっ」
「女王陛下の裁可も仰がなければならないでしょう。しかしまずはその、ミシャクジとやらを索敵し、対処しましょう」
「了解しました。索敵の編成をいたします」
ばしんと敬礼をしたアクスラインは馬を翻す。俺も彼の後に続いた。
なるほど、言われてみれば背後の草原が「うぞうぞ」と蠢き生長しているような気がする。綾子と佳苗の激闘から逃げ出すためだったが、意外と視察はきな臭いものだった。
――
テントに戻ると、想定外の声色が聞こえてきた。
はっきりとは内容がわからないけれど、どうやらなんと綾子と佳苗は仲直りしているようだ。というよりもむしろ、旧来の友人のように楽しそうに会話を弾ませている。どういうこった女子ども。
「信じられる? それなのにぜんっぜん手を出さなくて、あの根性なし」
「――って昔から唐変木――せっかくこっちが――」
「そのくせ大勢のエルフとはイチャイチャするし、一晩開けたらエルフの男に嫉妬――」
「うわ、身勝手で最低で――」
「――女の敵ね」
「厳重に管理しましょう」
ヒエ~ッ。なんだいこれは。テントの入り口をあける気になれない。それならワニの口に手を差し込むほうがなんぼかマシだ。
厚手のテントでは俺が到着した影に気づかないのだろう。中では華やかな女子会(笑)が繰り広げられている。隣で声を抑えながら腹抱えて笑っているアクスラインに、俺は助けを求める視線を投げかけた。
「あの……大尉……」
「はっ、では小官はこれで。部隊の再編をしてまいります」
「……お願い」
「は」
「アクスラインが先に入って」
「駄目です。ご自分でお入りなさい」
「はい」
いつもは部下として礼儀正しいのに、今だけは兄のように厳しい男だ。均整の取れた堂々とした敬礼の後、つむじ風のような速さで退出したアクスラインを見送る。
ため息一つ。肩を落とす。そして俺は、ワニの口に手を差し込んだ。
「三津谷です! ただいま戻りました!」
「あら」
「おかえりなさい」
「遅かったね」
「もしかして道中で」
「金髪の美女の群れでも居たのかな」
すっかり盛り上がった空気の二人は、息のあった出迎えの言葉をした後愉快そうに笑った。
楽しそうでよかったなあ。入り口をくぐってなんとなく起立気をつけの姿勢、座るのがはばかられる。直立不動で待機していると、ご主人さまもとい綾子が視察の顛末を尋ねてきた。首から下は微動だにせずお答えする。
「で? 三津谷くん、大尉とはどんなお話だったの」
「あ、ああ、ええっと……どうやら南の国境線が脅かされているらしい。バルトリンデの奴らがミシャクジっていう魔物を寄越して、山の麓ごと生態系を変えている」
「ふむ、思ったより困った事態ね。ね、佳苗」
「ええ……もっと穏当な視察かと思いました」
「ああ、そうそう。今日から佳苗もこの町づくりに参加するから」
「新加入のパーティーメンバーです……よろしく……」
「そ、そうなんだ……」
ダウナーな雰囲気とは裏腹にVサインを作る佳苗。胸元でピースピースと繰り返すのを見るに、アクスラインとのアイコンタクトはバレバレだったのか……。
大人しくてお淑やかという第一印象の割に、実は結構お茶目なところがあると知っている男子は俺だけだろう(無論、こう思っているクラスの男子が、全体の八割をゆうに超えるのは想像に難くない)。
ヤバい超かわいい。初恋の人の参戦は本当に嬉しかったが、その一方で隣にいる綾子と目移りしてしまう自分に嫌悪感を覚えた。
綾子の他にも、エルフの美しい人々、王都におわす女王陛下、さらに佳苗と多岐に渡れば、自分の忠誠が薄っぺらいものになってしまうのでは。という嫌悪感だ。でもまあいいか。全員に一生懸命尽くすとしようそうしよう。
「それじゃあ現地に行こうか、三津谷くん」
「えっ? これから?」
「とんぼ返りさせて悪いけれど、三人で詳しく現地調査。まだ軽く視察しただけでしょう?」
「ああ、そうだね。なにはともあれ情報収集か」
「そういうこと。早速佳苗が活躍しそうだよ」
「……? 佳苗さんが?」
「……あ、申し遅れました。私の転移特典は錬金術師。そういう土壌の調査とか、結構得意です……」
佳苗がコートの前を広げると、中にはおびただしい数の試験管が備えられていた。彼女の非常に豊かな胸元から目をそらすのに、俺は必死だった。




