第二十二話:龍虎相打つ
人はなぜ争うのだろう。
人はなぜ星を汚すのだろう。人はなぜ生まれ、そしてどこに向かっていくのだろう。
俺が熱心に惑星規模の哲学的思考に従事している傍らで、綾子と佳苗の二人の女子が向かい合っている。お茶を入れて、会話が弾み、実に和やかな様子だ。よかったよかった。
綾子の美しさは今更言わずもがな。佳苗の可愛らしさも、実はすっぽり顔を隠す前髪を上げれば大半の男が認めるところだ。くりくりとしたフクロウのような瞳は、彼女を頻繁に見ている者にだけ拝見を許される珠玉といえよう。
クラスで目立つ綾子に対し、佳苗はいわゆる”俺だけが知っている可愛い子”ってやつだ。(ちなみに、こういう子は全男子が同じように狙っているのが常である。のは言うまでもない)
うーん、華やかで目の保養になる。ちなみにさっきから俺は一切視線をあげられない。目の保養になるのにおかしいね。代わりに丸テーブルの模様と、勝つ見込みのないにらめっこしている。この木目、猫っぽいなあと思いました。
「……そうですか。三津谷くんと一緒に暮らしていて、今は力を合わせて町づくり……」
「ええ、困ったことに成り行きでそうなってしまったの」
「……困ったことなら、放り出してもいいのでは?」
「そういう訳にも行かないんだよね。詳しくは言えないけれど、私達の戦力は二人で一つ。ちょうどいい具合に噛み合っているから。全然離れられないの。部外者には詳しくは言えないけれど」
「……部、外者」
綾子は丸テーブルに肘をついて高飛車に。お行儀悪いですよ。
佳苗はじっとうつむいているように見えるが、長い前髪の奥からは綾子のことを凝視しているように思えた。なんか俺の知っている佳苗と、少し雰囲気が違うなあ。普段はもっと平和でほんわかした子なんだがなあ。
ずずっと二人ともお茶をすする。
閑話休題だね。よし、今だ! 話題変われ、話題変われ、話題変われ、話題変われ、話題変われ。
「ああ、一緒に暮らしていると言ってもそんなに長くないんだよ。まだ同棲して半月くらいかなー」
話題変わらない(苦笑)。
綾子が普段の彼女らしくない、語尾を伸ばして煽るような口調で続ける。
「……そうですか……」
「葉介って結構子供っぽい舌でさー。ハンバーグとかオムライスとか好きなんだよー。もう、作るこっちの身にもなって欲しいよね。どうせ一緒に食べるんだから」
「……」
「あ、佳苗ちゃんは知ってたかな? 葉介の好物」
「ええ……オムライス一緒に作ったことありましたよね……? 三津谷くん」
「はぁ? なにそれ聞いてない」
「か、家庭科で同じ班のときにね!」
「うん。……あれ? あの時は綾子さんも一緒の班だったような……?」
「……っ」
そうだっけ?
「ああ、思い出しました。他の班で仲良く話していましたっけ」
「……そうだったかな。覚えてない」
「確かサッカー部の、ほら、結構かっこいい人達と集まって楽しそうにしていました、ね。彼氏さんでしょうか」
「覚えてないなー、全然彼氏でもなんでもないから」
「今思えば、綾子さんの周りはいつも男子が多かったですね。よりどりみどりで羨ましい。男性から見ると、競争率も高いんでしょう」
「えー、そんなことないかなー」
あ、こっちはキリン! えへへ、よーし動物さんを見つけるのが上手くなってきたゾ! ぶいっ!
「葉介は玉ねぎが嫌いなんだよねー、ガキだから。あっ、もしかして佳苗ちゃん、その時玉ねぎ入れたりした?」
「ええ」
「ぷっ、ふふ、駄目だよ。それは葉介も嫌な思い出だろうなー。ね、葉介ってさぁー」
「先に甘く炒めて――」
「……あ?」
「溶けるくらい甘く炒めてから、ちょっとだけ入れると彼の好みなんです。美味しかったですよね? 三津谷くん」
「はっ、はい」
「……綾子さんが他の男性と仲良く話している間、三津谷くんは美味しそうに私の手料理を食べていましたよ」
「……ふーん」
「よかったら綾子さんも試してみてください。私が考えて、私が教えたレシピで。……ふ、お下がりでごめんなさい」
「……」
かちゃん
と綾子がカップをソーサーに置いた。ソーサーは粉々になった。可哀想に。だがコラテラル・ダメージというものだろう。そこに居たお前が悪い。
おっといけない。二人ともカップが空ではないか。気が利く男を自負する俺は、テントの中にある茶具なんて放っておいて、歩いて少し行ったところにあるアクスラインのところにお茶を貰いに向かうことにする。
二時間くらいそこで時間を潰そう。二時間くらいとは、つまり嵐が過ぎ去るくらいの意味だ。
「おかわり淹れてくるね――」
「「座っていなさい」」
「ふぁい……」
「ふー……」
「こほん」
俺は上げた腰をそのまま下ろす。おかわり要らないの? そうですか。
髪をかき上げ、顎を上げて、同じ高さに座っているはずの相手を威圧しながら見下ろす綾子。咳払いを一つはさみ、その視線を真っ向から受け止める佳苗。
まさにラグナロックって感じだ。神々は死んだ。
アクスライン大尉、早く何とかしたまえ。良先鋒だとか、ストライテンの秘蔵っ子だとか、将来の将軍候補だとかなんだかしらないが、とにかく今まさにこの時、君の司令官が重大な危機にひんしているのだぞ。ええい、アクスラインの役立たず――。
天を呪ったそのとき、テントの入り口が上げられた。天の差配であった。なるほど呪ったばかりなのに天は度量が広い。
レモネード色の爽やかな長髪を翻し、ジグムント・アクスラインがテントに入ってくる。
「失礼します! 三津谷殿」
「おおっおぉぉ、アクスライン大尉! よく来てくれました! 何事ですか!」
「はっ……? いえ、国境線の定時連絡でして、特に何か火急の事態というわけでは」
「ぬわああにぃ!? そいつぁいかん! これは司令官直々に視察せねばなりますまぁい!」
「はぁ」
青年大尉はかくんと首を横にかしげる。ただ、それだけでは終わらなかった。
アクスラインは軍人として優秀であるが、私人としても目端が利く。尊敬すべき人物である。繰り返す、尊敬すべき人物である。この時の彼はまさに当意即妙を体現した存在であっただろう。
泣き出す一歩手前の司令官を訝しみ、続いて視線を滑らせて、縄張り争いを繰り広げる二匹の猛禽類を認める。そして、
「はっ、火急ではありませんが、ことは政治的な判断を必要とするもの。小官にはその権限は与えられておらず、恐れながら司令官のご指示を賜りたく」
おいおい偉人か。
「お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「ああ、そういうことなら仕方ない。その用事、どれくらいかかりますか」
横から言葉を差し込まれる前に俺は立ち上がる。二人の女性から見て死角。自分の胸元で、俺は必死にピースを繰り返した。二本の指を立てて念ずる。お願い助けてアクスくん。
「そうですね……えー……二、三時間くらいは必要かと」
「ふうむ。ちょっと遅くなるかもなァ。では参りましょうか」
「はっ! 失礼します、城ヶ辻殿」
こうして俺は、戦場に出てすら居ないのに配下の大尉に命を救われたのだった。後日、彼を重用すること限りない理由は、この日のことが大きな原因であったことはいうまでもなかろう。
テント出入り口の垂れ幕を上げると、晴れ晴れとした天気が広がっていた。草原を爽やかな風は吹き抜ける。呼吸が実に心地いい。
テントを出てしばらく歩いた頃。ようやく煉獄から脱した心地の俺は、アクスラインに謝意を述べた。
「ありがとう、大尉。助かりました」
「いえ、構いません。男同士、仔細は伺わずにおきましょうが……羨ましい限りです」
くっくっと笑うアクスラインに嫌味な様子はない。
彼としては、年下で異邦人の上官が間抜けな様子を見て、純粋に面白かったのだろう。色々とあった立場・出身の違いによる壁が取り払われたと言い換えても良い。
「ううぐ、ああいう状況は生まれてはじめてでして何が何やら……。巨竜を相手取ったほうが幾らかマシです」
「まぁ、お若いのですから場数を踏むのがよろしいでしょう」
「そういうもんですか」
「そういうもんです」
「その……大尉は女性経験が豊富で? 女の子の機嫌を損ねず、気に入られるにはどうすればいいんでしょうか……」
「小官はできた家内がおりますが、人数は一人ですので三津谷殿のご参考にはならないかと」
「うう」
呻く俺。宿題は一人で解かねばならないらしい。アクスラインはからかうように笑ってから、視察先へと案内を開始した。




