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第二十一話:町づくり

 町づくり、と一言で言っても、やるべきことは多岐にわたる。


 ひとまず俺達が取り掛かったのは、道路の建設。シムシティにもそう書いてある。


 オッカズムの街から西へ、さらにエルフの集落へ向けて北へ。道路を引っ張ってその曲がり角を町役場と定めた。


「これが役場? テントじゃないか」

「最初の内から大きな建物立てても仕方ないでしょう。いいんだよ、少しずつ大きくしていけば」

「寝泊まりも辛いんじゃない?」

「単なる目印だからね。今はまだ元の宿で暮らしましょう。その内、ここが拠点になってくるよ」


 綾子はそう言っていたが、五メートル四方で少々大きめとはいえ吹けば飛ぶテント。不安だ。果たしてそう上手くいくものか……。


 心配になっていたが、上手くいった。続々と人々が集まって来たのである。


 最初に来たのは、むさい軍人たちだったけどね。


 二百人ほどの兵士たちを引き連れて、俺の元に来たのは一人の若いミッドランド軍大尉だった。例のロマンスグレーのストライテン将軍麾下。名前は、


「ジグムント・アクスライン大尉です! よろしくお願いします、三津谷殿」

「よろしくお願いします。アクスライン大尉。基本的に、我々の棟梁はこっちの城ヶ辻さんなので――」

「いえ、棟梁は三津谷くんがやってね」

「え」


 野心家の綾子が、なぜかトップの座をアッサリと俺に寄越したのは疑問であったが、恐らく黒幕的な立ち位置が好みなのだろう。扇子パタパタして内緒話をしているのが実に似合う。


 悪だくみばっかりしていそうだから、藪蛇になるのを避けるために突っ込まないでおこう。このとき脳裏に妲己という歴史上の人物が浮かんだのは、俺が元の世界への郷愁に包まれていたからだろうか。


「えー……その、自分が代表です。三津谷です。よろしくどうぞ」

「はっ!」


 とにかく俺は代表として、やってきたアクスラインたちの迎え入れをしなければならなかった。ガツンと敬礼した大尉は若いと言っても、元高校生の俺よりは年上。二十八歳だ。


 レモネード色の爽やかな金髪。中肉中背の体は良く鍛えられており、髪と同じ色の瞳は実直さを感じさせる所があった。人懐っこく良く笑い、俺は悪い印象を持たなかった。アクスラインは平民の出だが、若くしてストライテンに見いだされた前途ある軍人だ。


 俺と綾子はともに、先日領地を与えられて爵位を賜ったが、当然領民が居ないので戦力なんて一つもない。そこでアリシア女王陛下やストライテン将軍の計らいで送られてきた、このコンピータルス半島の駐留部隊がアクスラインたちというわけだ。


 うむ、横文字が多くて個人的には覚えにくいが、とにかく味方だ。しかも先発隊として選ばれる位だから、実に優秀な味方だ。


 優秀なので当然、扱い方は決まっている。


「基本的に、この半島での軍事行動については大尉にお任せします。ストライテン将軍と連絡を密にして、よろしくやって頂きたいです」

「はっ……、えっ」

「お恥ずかしながら軍事のことはよく分からないので」

「……普通戦場やそれに準ずる場では、どんなにお若くても伯爵家の方は優先権を主張なさいますが……」

「これから勉強します。それまではお任せします」


 一挙一動が爽やかで、明快な会話を好むアクスラインであったが、この時ばかりは歯切れ悪く困惑を隠しきれない様子だった。


 でもしょうがないじゃん。高校生に軍隊のこととか分かるわけないし。ぽつんと異世界に放り出されて、軍隊を率いたらそれはガチのマジで天才、第二のハンニバルだ。俺には無理。軍事のことは追い追い勉強します。


 ……結局しばらくはこのアクスラインにぜーんぶ任せることになるし、軍事の勉強なんて全然しないでサボることになるのだが、仕方ないね。町を作るのに戦のことなんて考えられないしね。


 ただ、アクスラインに軍事の全てを委任したことで良いこともあった。


 任せられた彼が異様にはりきったのか、配下の兵士二百名が狼藉を働くことなく、ひとまずは町の治安や新しくできた国境線を万事抜かりなく守り抜いたのである。


「新しい町を立てるとなると混乱は避けられないと思ったけれど、これで治安維持は問題なさそうだね。……もしかして三津谷、ここまで読んで?」

「も、もちろん」

「読んで無さそう」

「……もちろん」

「ま、いいか。ウチの棟梁は器が大きいってことで」


 軍人の次にやってきたのは、元の世界から一緒にやって来た転移人たちだった。


 綾子が連絡を取り合っていたクラスメイトを中心に、町づくりの噂を聞いた同郷の奴らがちらほらと集まって来た。今のところは綾子の友人である女子ばかりだが、その内他の奴らや、同じ学園の中学の子たちも集まってくるかもしれない。


 元の世界でそれほど仲の良かったわけでもないが、同郷のよしみだ。見捨てるのも忍びないので、集まってくるならば寄り添えるようにしておいた方が良い。


「皆、各々の暮らしがあるから集まってきにくいだろうけれどね」

「どうかな」

「違う? 綾子さんはどうおもうんだい?」

「異世界人は珍しいし、上手く扱えば貴重な戦力になるでしょう。でも結局皆、根無し草には変わりないよ。根拠地を求めているはず」

「まぁ……俺以外にも食料や宿に困ったりしているだろうな……全員が生き残っているとも限らない、か……」


 もちろん俺としては良かれと思ってやったことだ。人助けになると思ったし、町の人口が俺と綾子の二人プラスアクスライン達二百人ではあまりにも味気ない。(注:それならいっそ二人っきりの方がよい)


 はたして、この判断が大きな火種になることになるとは……この時は夢にも思わなかった。


 火種である。非常に危険な火種である。


 発火の時は突然だった。


「あれ、……三津谷、くん?」

「えっ」

「……久しぶり、だね」

「霧八……さん。ひ、ひ、久しぶり」


 町役場のテントを張り直し、中で偉そうにしている綾子様に土煙がおかかりあそばさらないように奮戦していた時のことである。後ろから声を掛けられた。振り返って視界に入ったのは一人の女生徒。


 およそ一月半振りで懐かしい、つい緊張してしまう相手がそこには居た。


 霧八佳苗(きりはちかなえ)


 元の世界で同じクラス。文芸部。図書委員。趣味、読書。真っ黒なおかっぱという地味なヘアスタイルは、常に前髪が長く、両目を覆い隠す。しかも分厚い眼鏡をかけているので目線を合わせるのにも苦労する。俺と同じくらいにしか背が届かない、比較的小柄な女性だ。


 血液型はA型。誕生日は十二月一日。得意教科は国語と世界史。好きな食べ物、オムライス。好きな動物、ペンギン。好きな人のタイプ、騒がしくしない人。最近、彼氏が出来たとか好きな人が出来たとか……。


 なぜ俺がこうまで気持ち悪く、ちょっとわずかに若干ストーカーっぽく思われるほど、この子のことに詳しいのか。


 霧八佳苗は俺、三津谷葉介の初恋の相手だ。


 別に付き合ったり告白したりなんてしたことも、できたことも一度もないが。単に、なんだかいいなあと思っていた女子。すっぽり隠れた前髪の奥にある瞳が実に可愛らしいクラスメイト。同じ委員会だったこともある。


 そんな彼女に話しかけられて、俺は緊張で固まってしまった。乾く喉から、辛うじて声を絞り出す。


「ひ、ひさし、久しぶり……霧八さん」

「……うん、三津谷くん。こんな所に居たんだね。噂で聞いて、来てみたんだ」

「あひっ……そ、そうなのん」

「ちょっとー? 三津谷くん? さっきからテントがバタついてしょうがないんですけど。ちゃんと抑えて――ん? お客さん?」


 佳苗とどうにかコミュニケーションを取ろうと、俺の脳のCPUはフル稼働していた。


 その背後を畳みかけるように、テントの入り口から綾子が顔を出す。


 二人の女子の目線がぶつかり合ったとき、俺は二竜相打つあの山頂に似た雰囲気を感じざるを得なかった。

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