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第二話:還らずの森

 綾子が盆踊りをしている。


 無音で。一人で。面白い。新世代の伝統芸能だ。


 なるほど、本当にテイムすれば意のままに操れるのか。怖すぎるだろこのスキル。


「くっ……」

「はっはっは、分かったか綾子。もうこれで俺を攻撃なんて出来ないぞ」

「生意気……! 三津谷のくせに……っ」


 あのいつもクールな綾子が、顔真っ赤で可愛らしい。


 盆踊り三十分ですっかり俺に逆らえないことが身に染みた綾子を、一先ず踊りから解放する。


 これ以上もたもたしていると日が暮れるし、そろそろ街に戻ろう。スライムは倒せなかったが、もしやこれで綾子に飯を奢ってもらえるのでは……? そんな悪だくみをしていると、綾子が観念したように話しかけて来た。


「もういいから、いい加減に済ませて頂戴」

「……? うん、今から街に帰るつもり」

「はぁ……だから、さっさとやること済ませて」

「……? おう、帰ろう」


 だから帰るって言っているだろう。今日の晩飯はなんにしようかな。ハンバーグにしよう。


 そんなことをぼんやり考えて歩みを進めると、綾子が少しほっとしたような、少し誇りが傷ついたような様子でいる。


「帰る?」

「はい」

「街に? 今からこのまま?」

「うん」

「……あのね、三津谷」

「うん?」

「えーっと、テイムスキルは成功したら永遠に剥がれないの。絶対に逆らえない強制力を持っていて、殴ろうが蹴り飛ばそうが火の海に投げ込もうが、反抗は絶対できないの。そういう調教・調伏スキルだから」

「ふっ、だから今日の晩飯はお前のおごりだ。というかお金貸してください! えいっ、貸すのだ城ヶ辻綾子! ついて来い!」

「…………そ」


 流石に金までたかられると思っていなかっただろう。綾子は意表を突かれた表情で俺の後ろに続く。


 少し罪悪感はあるが、なんていい気分だろう。


 まさかあの完璧美女の城ヶ辻綾子と一緒に歩けるとは思わなかった。クラスでは全然話したことが無かったからなあ。緊張しすぎて目が合わせられない。顔小っさ、握りこぶしくらいしかないのでは。以前ライブで見たアイドルよりも顔が小さいし可愛い。


「童……はちょろくて助かるわ」

「? なんて?」

「いえ、こっちの話。ところで三津谷くん、街に戻るならそっちの森を通る方がずっと近道だよ。二、三時間はショートカットできる」

「お、そうなの? いや、助かるよ。正直地図を買う金も無くてさ……」

「仕方ない、案内してあげる。ついてきて」

「はーい」


 二時間もショートカットできるとは。流石に俺よりもずっと実力がある綾子なだけあって、この辺の地理はすっかり知り尽くしているようだ。


 街から離れすぎると強力な魔物が出て、命の危険がある。スライムとすら死闘を繰り広げる俺は、そもそもの行動可能範囲が狭すぎるのだ。


 それに対して綾子ならちょっと森を掠め抜けるくらいは簡単なのだろう。


 でも……ここから街までいつものルートを歩いても、二時間くらいのような……? そこから綾子の言う通りショートカットしたら、もう街は目の前ではないか。もしかして俺はいつも超非効率なルートを歩いているのか? 地理の科目だけは得意だったのだが、少し自信が無くなってきた。


「何しているの。置いていくよ」

「お、おう……今行くよ」


 サクサクと歩みを進める綾子に続いて、俺は森の中へと進んでいく。


――


 森。鬱蒼とした森。


 軽くこの森の端を掠めて、反対側にあるはずの街にたどり着くつもりが、妙に長く歩いている気がする。


「な、なあ綾子さん、本当にこっちで合っているのか? 迷ったりしていない?」

「ええ、大丈夫。そのまま真っすぐ」


 綾子の表情は相変わらず自信満々。澄み切っている。


 そこまで自信があるならば頼りにしているけれど、それにしてもしんどい。


「ショートカットと言っても、これじゃあ使う体力はどっこいどっこいだなあ……かなり登っているぞ。これでは森と言うよりも山だな」

「もうルート上は登り切ったよ。あとは下るだけ」

「ふむ、綾子も気を付けろよ。慣れた道でも下りで森は危ないから」

「…………え、ええ」


 あと一息で坂を登り切る。


 先行して最後の岩に立った俺は、振り返って綾子を支えるために手を差し出した。


 目の前に大きな谷がある。いくら身体能力優秀な綾子でも、支えが無いと万が一の墜落がある。だから紳士的に手を差し伸べた。ちょっとカッコを付けたかったというのが動機の大半だがな。造りに自信のない顔を男らしくキメて、精一杯のアピールである。


 その手を綾子が掴むことは無かった。数瞬、ためらう様に白くて美しい指を向けて来たが、ひっこめ、そして――


 代わりに俺の胸板を思いっきり押した。


「んげっ! へ……? え、え?」

「ごめんね、三津谷くん」

「う、うぉぁああああああー!」


 浮遊感。


 落ちる。しかもこの体勢では頭から落ちる。


 直感としか言えないが、とっさに腕を後頭部に回した次の瞬間、俺に全身は岩肌に叩きつけられた。後ろに回した腕がしたたかに打たれ、


 ボギン


 と折れる嫌な音がする。


 谷底に着地、というか墜落。


 衝撃で肺から空気が全部抜ける。息を吸おうにも、腹が全部ひっくり返ったみたいだ。息が、でき、ない……。


「……あや……こ……」

「ごめんなさい。でも油断したあなたも悪いと思うんだよね。一生奴隷にした相手から、命を狙われないわけがないでしょ。そこで飢え死んで頂戴」

「て、ていむ、ていむ……おれを助け、ろ」

「それは無理」

「……!?」


 絶対命令のはずのテイム効果が発動しない。何故だ。


 それに、俺のなけなしの魔力がこの谷底では……消沈していく……。この、灰色の霧は……?


「本当にお人よしね、三津谷くん。普通今の道中でテイムに隙が無いか、洗いざらい確認するでしょう」

「え……」

「絶対服従なんだから、情報を全部引き出せばいいのに」

「……あ……!」


 そういうものか。


 道中ではつい綾子のプライベートな小話に夢中になってしまった。好きなスイーツは何々で、でもこっちの世界では食べられないから困っている。良かったら俺が今度材料を探すよ。……とか、申し出ると綾子が愉快そうに笑ってくれた。学校一の美女と、そんな風に仲良く話せて超々嬉しかったのは、俺だけ……?


 谷の上から見下す綾子の瞳が、純度の高い黒に染まっていく。愛想笑いの欠片もない。


「その谷底の灰色の霧は、この森の広い範囲に広がっているの。魔力をかき乱して離散させる霧。そこからはテイムの強制力も飛ばせない」

「……! て、いむ……」

「十メートル以上ある谷を、魔力なしでは登れないでしょう。だから、このまま私一人で街に戻ればテイムから解放される。あなたの死でね。ああ、街と言えば……まるっきり別方向よ。少しも疑わなかったみたいだけれど」

「ま、まって……テイム、解除するから……」

「ふっ、死人に少し話し過ぎたかな。じゃあね、三津谷くん――」

「……! 綾子さん、後ろ!」


 つい発した警告。


 綾子の頭上の枝には音もなく、人の十倍はあろうかという巨大な蛇が忍び寄っていた。


 俺の声に気付いた綾子は咄嗟に防御態勢を取る。反転し、持ち前の身体能力で巨大な牙と顎を辛うじて躱す。それでも、頭突きを受けた衝撃をいなし切れず。宙に放り出された綾子はなすすべなく谷底に落ちてくる。


「あぐ……っ」

「くっ、そ……よいしょー!――あぎゃん!」


 無我夢中で痛む身体を起こし落下地点へ走り、そのまま滑り込みながら綾子を受け止めた。ギリギリ間に合ったが、


 ぼぐん


 と嫌な音がもう一度。衝撃で肩が外れたらしい。左半身はもはや使い物にならない。……この絶体絶命の危機に。


 大蛇が谷の上からスルスルと降りて俺達と同じ高さに立つ。


 くそ、我ながらうっかり過ぎるお人よしだ。綾子を一人で墜落させて、囮にして逃げればよかった。でもしょうがないじゃん。


「み、三津谷……どうして……」

「綾子さん、下がっていて」


 幸い、この子の方は落下のダメージが殆ど無いようだ。俺よりも背が高いくせに、女の子ってなんでこんなに軽いんだろう。


 確かに冷静になれば一人で逃げればよかった。でもしょうがないんだよね。


 男の子なら、女の子一人くらい守らなくては。

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