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第十九話:白鳥王との謁見

 ミッドランド王国の首都、その中央に位置する王城。


 白と灰色を基調とした城は、元の世界の西洋風の趣に似ている。まさに荘厳な作りの巨大な城に俺たちは訪れていた。


 ストライテン将軍たちミッドランド軍の帰還を待ち、彼の案内に従って王国の首脳陣との会談というわけだ。門や扉をくぐるたびに、おびただしい数の衛兵の隣を通り過ぎる。彼らの温度を感じない目線を受け、これから謁見する人物が極めて貴い立場であることを実感する。


「あ、あ、綾子さん、緊張するねえ」

「もう、だらしないんだから」


 綾子の方はへいちゃららしい。こいつの家は結構な名家だから、豪奢な雰囲気に圧倒されることもないのだろう。


 俺はと言えば、基本的に庶民で長いものにまかれろ主義なので、こういう偉い人と会うというのがそもそも慣れない。父上、母上、元の世界でお元気だろうか。異世界とかいうわけわからん場所へ、先立つ親不孝をお許しください。ちょっと奮発した外食で、ミネラルウォーターの値段にビビっていた庶民のあなたたちが、今は懐かしい。


 表面積を最大にすることだけに注力したかのような、とにかく細かくて細かくて仕方がない金の調度品。磨きすぎて姿鏡になっている大理石の壁。高貴さを飾る紅の絨毯。それらに囲まれて、俺はすっかり縮こまってしまった。


「せっかくの機会だし、緊張するよりも先にすることがあるでしょう」

「……例えば」

「ここに使われている調度品や設備は、間違いなくこの国随一のもの。異世界人としては、よく観察して技術レベルを確認しないとね」

「へえ」

「ま、だいたい十から七世紀前ってところかな。ただ、魔法の影響でところどころ歪に発展してはいる」

「もう少し跳ねっ返り感を抑えたほうが、身のためだと思うぞ……」


 こっそりと耳打ちをしても、綾子は意に介していない。上総介を撃破してからというもの、いや、撃破する前からだったか。最近の彼女は妙に野心を持ち始めている。なぜそんな心境になったのか、ストライテンとの合流待機中に教えてくれた。


――


「そもそも、私達が交易で生計を立てるのに必要なのは?」

「……取引相手?」

「正解」

「わーい!」

「他には?」

「…………?」

「ま、色々あるけれどね。優先順位から言えば、公認」

「公認」


 はて。誰が認めてくれるというのだろう。


「別に一回や二回、塩を運ぶくらいなら要らないけれどね。将来的に継続して交易するなら、絶対に横槍を入れられる。お前ら誰に断って商売しているんだ、ってね」

「なるほど。儲かれば儲かるだけ、たかられるだろう」

「そういうこと」


 綾子いわく、やるからには細々と儲けるつもりはない。大富豪目指して一大事業を起こす、とのこと。俺としては二人で暮らしていける分稼げるなら、人類史上最高に幸せなのだが。この娘とはバイタリティが違うのだろう。


「公認相手は高い立場であるほどいい。町長より市長、市長より大臣、そして――」

「大臣より王」

「だからこそ、国の危機に対応する必要があったってわけ。竜討伐の報酬金はおまけだよ」


 要するに、綾子の狙いはこの世界で“立場”を確保することというわけだ。どんなにお金を稼いで成金となっても、その金額を他のものに換えるには立場がいる。


 いきなり大金を市場に流しても不審に思われるだけだ。権威と実績が伴って、ようやくお金というのは力を持つ。


 と、人差し指を立てて指南してくれる綾子に見惚れ、提案をそのときは絶対視した俺であったが、あとになって思えばこれが波乱万丈のきっかけだったのかもしれない。


――


 空の玉座。


 大理石で囲まれた広間。


 その一段下に敷かれた絨毯の上に、俺たちは跪いて王の入場を待った。ストライテンに教わったこの王国独自の作法も、概ねよろしいだろう。片膝を立てて、その上に額をすりつけるように畏まっていると、衛兵の一人が王の到来を告げた。


 かすかな衣擦れの音が頭上に響く。玉座を満たす気配が伝わってきたところで、


「異邦人よ、面をあげよ」


 とお声を賜った。恐る恐る顔を上げると、女王陛下と目線が合う。


 アリシア・ミッドランド。


 ミッドランド王家が続くこと確か七百年。その末裔にして、若いながらも良君の名を欲しいままにしている女性。圧倒的な気配に首が縮こまる。手も震える。


 めちゃめちゃ美人だ。絵画から出てきたかのような、天使が翼を隠してそのまま居着いたかのような。とてつもなく美しい女性だった。綺麗すぎて推測しにくいけれど、二十代中盤だろうか。飴細工色の透き通るような金髪。白い肌に、エメラルドグリーンの瞳。


 真っ白な鎧やマントを身にまとう長身は、まるで白鳥のようにしなやかで、どこか人間離れした神聖な力を感じる。エルフのシグネ、隣にいる綾子、アリシア女王陛下、三者で異世界ミス・ユニバースを決めるとしたら。個人的には綾子に一票入れたいところだが相当拮抗するのではないだろうか。


 そんなアリシアに微笑みを投げかけられ、うっかり即座の忠誠を誓おうとしたところで、隣りにいる綾子が俺に肘鉄を見舞いながら言葉を返した。


「お初にお目にかかり光栄です、陛下。城ヶ辻綾子でございます」

「うむ、黒竜使いの城ヶ辻。ストライテン将軍から話は聞いている。ということは隣にいるのが――」

「火葬竜を調伏せしめた、三津谷葉介です」

「三津谷でふ」


 噛んでしまった俺に、しっかりしなさいとまたしても肘打ちが飛んでくる。その様子を見て、アリシアは不思議そうに小首をかしげた。


「城ヶ辻の方は蓄える魔力が伝わってくるが、三津谷の方は……ふむ、不思議なものだ。それでかの災厄を打倒してしまうとは。見事だ」

「お褒め頂き光栄の至り――と、三津谷も申しております」

「お褒め頂き光栄の至り!」


 厳かに頷いたアリシアは本題に入った。


「それで、火葬竜討伐の報酬についてだが、どうやらそちらに希望があると聞いている」

「はい」

「前例に照らせば子爵から伯爵級の爵位と報酬金。この例に大筋は逸れないとストライテンは申していたが」

「はい。賜りたいのは領地と自治権です。王国の北西に位置する半島、今はほぼ無人のこの草原地帯を希望します」

「ふむ……」


 アリシアは少し考えて承諾した。


 そもそも首都から遠い僻地で、開拓もされていない。ミッドランドの爵位を与えて開拓させるなら、メリットはあってもデメリットはない。


「よかろう。あのあたりは森のエルフめに近く、民は恐れて近づかぬ。ミッドランドに縁あるものに、あの草原地帯を治められるのなら願ってもない。あとで公文にする。が、土地はあっても領民が居ないだろう」

「各地に散らばった異世界人、彼らがどこかに永住権を得たという情報は、今の所聞いておりません」

「ふ、そういうことか。無人であるほうがむしろ好都合、か。一から領地を作りたいというわけだ」

「はっ」

「才ある者ほど祖を企図する。……ふむ……」


 先程よりも少し長めに、思案していたアリシアだったが、やはりこちらの申し出に頷いてくれた。


「異邦人は不思議な力を持つと聞く。それを他国に取られるくらいなら、一箇所に集めておこうか。ただし、監査は定期的に入れさせてもらおう」

「ありがとうございます、陛下」

「窓口はストライテンとする。将軍、任せるぞ」

「はっ!」


 謁見の間が広すぎて気づかなかったが、斜め後ろを見ると見知った将軍が居た。礼儀正しいしいい人だ。窓口が彼になったのはいいニュースと言っていい。


「さて、話はそんなところか。ところで……城ヶ辻ばかり話していたが、三津谷は何かないのか?」

「は、はい!」

「ふ、そう緊張するな、坊や。大方、城ヶ辻にくっついて戦功が転がり込んだのだろうが、それでも功績は功績だ。なんでも申してみよ」

「すみません、彼ちょっとこういう席に慣れないみたいで……」

「で、では、申し上げます」


 決意して出た言葉は、我ながら意外と力強いものだった。きっと使命感にかられたのだろう。目の前にいるこの方の、国土を守るのに必要なことだ。


「ん、何だ。土地か? 上の爵位か?」

「女王陛下、城ヶ辻には草原地帯をお与えください。そしてこの三津谷には、溶岩でできた新たな海岸線をお与えいただきたいのです」


 はっと思わず顔を上げた綾子が、こちらを見つめている。優秀な彼女の思惑を補強できた。言い換えるなら一歩上回れたことが、なんだかちょっと誇らしかった。

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