第三十九話:太陽の巫女
ここまで完全な敵対ばかりで、政治体制がよく分からなかったヤァマタ帝国について。
至高の冠を頂くのはジルド・ヤァマタ皇帝。
で、実は正統な皇帝などとっくに傀儡にされていて、信仰対象を中心とする宗教国家とも言うべき体制ということが分かった。
総人口約三百万人。内騎馬民族は三十万人程度と一割に届くか届かないか。総軍勢五万人。その全員が(傀儡の)皇帝の元に統べられ、実際に権力を握るのは皇妃たる――
「日出ずる国のヒメミコ様、ね」
俺はこの時点で嫌な予感がしていた。ヤァマタ。ヒメミコ。ちょっと訛ればとてもとても聞き覚えがある単語になりそうだ。先日の巨人族との対面の後、彼らの言い伝えのことをよく聞いた。
曰く、巨人族は大昔に日出ずる国の女王に大変助けられた。その恩に報いるため、彼女の子孫の指示にはよく従うこ
と。
「だが言い伝えとヒメミコの姿が違うそうじゃないか、ウトガルド。んー、我ながらいい手だ。レイズ」
「ウンム、気になる。そしてブラフだな。コール。はい、また俺の勝ち」
「あぎゃー!」
巨人族の里に入ることは許されていないけれど、毎日毎日訪ねたから門番のウトガルドとは仲良くなった。
それにしても…….緻密な定石が相当蓄えられているはずの、つまり異世界人超有利のポーカーで何連敗してんだ? 今日もウトガルドに銅貨を巻き上げられてしまった。チップ代わりに選んだのが、銅貨で本当に良かった。金貨だったら目も当てられない。
「ヒメミコ様、言い伝えでは白い髪。小柄。褐色の肌。碧い瞳。でもぜんぜん違う。子孫でも、違いすぎるのはおかしい」
「ふーん。今のやつってどんな見た目?」
「狐みたいな耳。狐みたいな尻尾が九本。髪は黒で、ンン……ところどころ赤。ところどころ白。瞳も黒で、眼の色は葉介に似ている。言い伝えとぜんぜん違う」
「んー」
そりゃ別人じゃないのか。
聡明な巨人族を騙すからには何か根拠があるのかもしれんが……それが例の伝承の一節だ。
「でも、言い伝え通り。ヒメミコ様が現れると、日出ずる」
「ふん。後光が差すってことね」
「そう。眩しい。魔力も溶ける」
「『焦がし』か」
「だからあの人がヒメミコ様で、間違いないと思うのだが……。フォルドか。俺は役無し。はいまた俺の勝ち」
「う“う”う“くやじい”!」
ウトガルドのおかげで『焦がし』は自然現象ではなく、敵の総大将に付随してくる現象だと分かった。
そのヒメミコ様とやらのスキルなのだろう。大陸の半分くらいを覆うとは、なんて迷惑で強大なスキルだ。相当の実力者と見て取れる。……とその時、今日も元気に昼寝していた白蛇・次郎三郎が声を出した。
「三津谷。それに巨人よ」
「お、お、ジロ・ザブ・ロ」
「次郎三郎である。その女狐はどのように笑う」
「笑い方か? うーむ、そうさな。『にたり』と笑う」
「……声を上げるならどのように笑う」
「『ほほ、ほーっほっほ』と笑う」
「……むう」
「どうしたのさ」
突然発言したと思ったら、要領の得ない質問ばかり。
次郎三郎は蛇にしては珍しく、表情を苦々しく変えた。
「あやつか」
「へ」
「あの女が首魁か。ふん、九尾の化け狐女。それもかなりの魔力範囲とくれば一匹しか思い当たらぬ」
「し、知り合いかよ」
次郎三郎は平和でのんびり呑兵衛な暮らしをしている蛇だが、これで世界最強災厄クラスの魔物である。
寿命もかなり長い。生まれてから数千年は間違いなく過ごしている。数万年生きているのかは、本人がよく覚えていないので定かではない。
つまり言い換えると、生きた魔物図鑑でもあるわけだ。雑魚には興味を示さないやつだが、強力無比な突然変異種なら覚えがあるのだろう。
「向こうも余のことを覚えておるかもの。東の大陸の白蛇『ミシャクジ』と、西の大陸の化け狐『カヨウ』とくれば、獣共を率いて縄張りを争ったものだ。今の両大陸の間の海は、余が激怒して全部洗い流したから出来た」
余は魔獣大戦とかそういうのもう卒業したが。と、高校時代は無茶していたが、大人になって地元で自動車工として独立したヤンキーみたいなことをいいやがる。
こいつの昔エピソードって、マジで神話のスケールなのに脚色が一切ないんだよなあ……。勝手に海を作るな。
ちなみに次郎三郎が激怒した理由は、とっておきの酒をカヨウにくすねられたから。で、正確にはくすねられたと思ったら自分の巣に隠していたのを忘れていたから。迷惑! 全世界に謝りなさい!
「カヨウだっけ。そいつ強いの?」
「強い。カカ、久々に腕が鳴る」
蛇のくせに。これ、最近次郎三郎がハマっている蛇ジョークである。
「三津谷よ。此度は卿と余の総力戦になるであろう。神出鬼没にして熟達の魔よ。あやつの『焦がし』は卿の魔縛りでも手こずるやもしれん。覚悟せよ」
「ふん。俺とお前でやれないことなんてないさ」
「カカカ! 聞いたか巨人の若造よ。よいか、余と三津谷でやれんことはなにもないのだ!」
「はいはい。で、だ。ウトガルド」
「お」
「そうなるとさらに矛盾が増える。ヒメミコ様は魔物ではなく、間違いなく人間という言い伝えではないのかね」
「……うぐぐ。うーむ。確かに。ヒメミコ様の伝承、途中から変わっている。そして……おかしいことに、一度変わってから容姿に変化はまったくない。もしかして、今のヒメミコ様は人間なのに数千年も生きている? 代替わりしないの、おかしい」
「偽物さ」
巨人族という強力な戦闘ユニットを、味方に組み込む策術があったと考えるのが自然だ。
「一人、心当たりがあるよ。本物」
「オ?! なんと、本当か三津谷」
白い髪。褐色肌。碧眼。それに、日出ずる国。つまり東の端の姫。俺には一人だけ心当たりがあった。
――
一旦麓まで戻って用事を済ませ、またしても岩山登り。
ウトガルドと遊べるのは楽しいが、この行程だけは勘弁して欲しい。息が続かないぞ。
「もうつかれた」
「もう。葉介さん、しっかりしてください。あとちょっと、あとちょっと頑張りましょうね?」
「ぴえん。あるきたくない」
「はい、よしよし。葉介さんがかっこよく登るところ、マヤに見せてくださいね。えいえいおー!」
「ばぶみ」
マヤ・ミシュラ王女。
元々はミッドランドとミシュラの関係向上のための政略結婚相手。内気で儚げだった少女マヤは、今では女帝の貫禄備わる。ついでに俺の母親役もこなす多才ぶりだ。
おお、母上。元の世界でお元気だろうか。俺は異世界で貴女の庇護なく苦労していましたが、ついに独り立ちし年下のママを見つけました。どうかご健勝で。こりゃ両親には見せられんな。
本日三度目の休憩でマヤの太ももに頭を載せて休む。線は細めだけれど、とてもハリがあって艶やかで一生枕にしたい。ここで寝ているだけで乳を飲ませてくれる日常を送りたい人生だった。
そんな過酷な登山を終え、俺は門番巨人のウトガルドに再会した。数日ぶり。さっそく嫁さんを紹介しよう。
「や、ウト」
「三津谷。また来てくれたのか」
「ああ、今日は俺のお嫁さんを君に会わせたくてね。こちらが――」
「ま、マヤ・ミシュラです。わあ、大きな方ですね」
「俺の妻のマヤだ。よろしくしてやって――」
「オォ!?」
一通り紹介を済ませてから、マヤの見た目の特徴をよく示そうと思ったのだが……その手間は省けた。
ひと目見たウトガルドが大いに困惑している。
「ミシュラ!? ミシュラ……文献にある、ヒメミコ様の出自の地。俺、知らない。ミシュラ、どこ?」
「東の果てから来ました。この大陸の最東端です」
「東……。それに、それに文献の見た目にそっくり。ヒメミコ様、白い髪、褐色の肌、碧い瞳。小さい人間の中でも小さい」
「わ、わ……? 歓迎されているのでしょうか」
「君が彼らの種族の恩人の、その子孫だと言っているのさ」
「ええ!? そ、そういう理由だったんですか。ご友人に会うだけじゃ……」
「ないんだなこれが」
ジロジロと観察されて恐縮するマヤ。はいはい、俺の嫁だからお触りは禁止だぞ。
「三津谷、どうしよう。ヒメミコ様が二人」
「まぁ、どっちを信じるかは君たち次第だがね。個人的な意見を言わせてもらうなら、『日出ずる国』ってのは太陽が上る東のことじゃないのかい」
「……おお……おお、『焦がし』の後光ではなく……」
「我が国にも、古の大戦で巨人の協力を得たとありますが……。神話の話です。本当のことだったんですね」
ウトガルドは一つ思いついて、懐から不思議な種子のようなものを取り出した。
巨人サイズにデカイ。スイカみたいな大きさの、黄土色の種だ。
「ヒメミコ様。今のヒメミコ様は出来なかったが……。焦がし枯らすことしか出来なかったが……。伝承では日の巫女は、この萌芽に失敗した千年豆も起こしてみせたという。魔力を流してみて欲しい」
「わ、わ、私にできるでしょうか。確かにミシュラ王家は伝統的に、太陽属性の魔力です……」
「大丈夫さ。君もだいぶ魔法に慣れただろう?」
マヤは俺と出会うまで魔法に触れることがほとんどなかった。
が、最近はミッドランド大陸の女性陣とも交流深く、めきめきと魔法使いとしての実力を高めている。甲斐甲斐しい年下ママ系魔法少女マヤ・ミシュラ。ニチアサ新番組やね。録画必須。録画しつつリアルタイムでも応援視聴だわ。
おっかなびっくりという様子で、マヤは水見式もとい魔力の開放を始めた。変化が起きるまで十秒かそこらであった。
「わ、わあ! キレイな芽ですね。あ、わ、早く埋めないと……?」
「……」
「あの、ウトガルドさん」
「……オォ! オォ、ヒメミコ様が降臨された! 皆の衆!」
友情と職務を厳密に分けるウトガルド。仲良くなっても開かれることがなかった門が、彼の誓力で一気に開き放たれた。
なんて分厚い門だ。普通の扉の幅くらいの厚みがあるぞオイ。その門の先からぞろぞろと巨人たちが近寄ってくる。力強く芽を出した種子を抱え、困惑するマヤに巨人たちがひれ伏した。