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第三十五話:高等弁務官事務所

 クィトラ地方はやはり間接統治が望ましいだろう。


 戦時は緩衝地帯を置くのが肝心だ。自国や親しい友好国には投資を促進し、戦線に近いところでは投資を控える。直属部隊を温存する。そうすることで戦略的に動きやすくなる。


現状は、


 |西| ヤァマタ帝国 vs クィトラ地方 | ミシュラ地方諸国・フォルクング王国 |海| ミッドランド王国 |東|


 と並んでいることになる。


 味方陣営の奥深くでは経済活動を潤沢にし、最前線からは資源を回収しつつ地元部隊を動かす。


(戦略的には理想的な配置ができているが……さて、ここからどう西へ押し進めたものか……)


 そうやって次の一手を考えていると、声がかかった。


「もう、葉介またサボってるし」


 カタリーナ・トルステンソンが不満そうに腰に両手を据えて、仁王立ちしていた。


 先日仲良くなったマリーナ・トルステンソンの一人娘だ。母親によく似たとても可愛らしい少女。西兀に囚われていたところを見事機転で逃げ出し、母娘は再会を果たした。


 それ依頼俺の執務を手伝ってくれている。俺が執務をするのは、『在クィトラ地方ミッドランド国高等弁務官事務所』。


 大仰な名前である。要は大使館みたいなものだ。


 城をドカンと建てて領主然と振る舞うのは反発が大きい。しかし、執務や防衛・兵站の拠点は必要。


 結果、クィトラ地方の()()領域を()()()()()()()()ことにした。この半径三キロ程度の範囲が、ミッドランドが所有する領土である。


「カタリーナ、俺は別にサボっている訳じゃないんだけど……これはいわゆる広範囲の戦略的な――」

「言い訳はいいから。はいこれ決済」

「おう」


 カタリーナが持ってきた書類にサインを()()()()内容を確認する。


 資源買い上げ、運搬の書類か。いんじゃね。カタリーナが言うことだから。


「もう、その癖やめろし。サインするのは内容確認してから!」

「ああ、また間違った。すまんすまん」

「もー、何回言ったら分かるの」


 カタリーナはプリプリと怒って自分の机に戻ってしまった。


 たしかに悪い癖だ。優秀な秘書のことを信用している上に、自分ではどうせわからんので決済したあと「へぇー」って感心しながら内容を読んでしまう。上長としてあるまじき。気をつけます。


「カタリーナ」

「はーい。なに?」

「あのー、何だっけ、アレのアレ。今日中にやっとくやつ」

「ベスコウ家領地の買い戻し肩代わり案でしょ。昼までにやっておくから、お茶でも飲んで待ってて」

「はい」


 うーむ、優秀!w


 俺がやったら一年経っても終わらんのを、秘書さんたちがどんどん仕上げてくれる。


 そう、秘書だ。なにせ俺はミッドランドを代表する高等弁務官。やることは多い。


 それを補佐、時には重要な事柄への立案までやってくれる(ここ最近は補佐を止めて、適切な政策立案ばっかりやってくれている)のがカタリーナ・トルステンソン、マリーナ・トルステンソンを含む秘書団だ。


 ミッドランドに避難しなさいと言っているのに、十数人の知性あふれる女性たちは残ってくれた。俺のために毎日よくよく手伝いをしてくれる。それにしても……みんなとっても魅力的でいいですね、はい。


 「秘書さんの服装と言えばこういうもんだ!」という俺の頭の悪い立案は、なぜか賛成過半数で了承された。結果、知的で頼りになる妙齢の女性たちは、パッツパツでピッチピチのスーツスタイル(を西方諸国風にアレンジしたもの)を着てくれる。おいおい最高か。


(はぁー……こっちの大陸の子って脚長えー……)


 転移人の綾子、アンナやミッドランド人のアリシア女王陛下も凄まじいスタイルの持ち主。だが、こっちの子たちも負けていない。元の世界でならモデルで通用しそうな腰の高い子ばかりではないか。


 そんな子達が、ファッションを優先して膝の裏から上に二十センチメートルまで惜しみなく披露してくれる。おいおい本当に敵地か。異国の地、万歳!


 高等弁務官用の豪奢な椅子に偉そうに座っているよりも、床に這いつくばった方が幸せ説。立証。


 お茶をすすりながら秘書たちの頑張りを見守る。なんて崇高な仕事なんだろう。将来なりたい仕事、堂々のナンバーワンだ。


 トルステンソン親子の母親の方、マリーナや数人は時折不自然に書類を床に落として、ちらりとこちらに流し目を向けながら拾い上げてくれるのがまた良い。高等弁務官事務所っていうのは大嘘で、なんかそういうイメージ系のお店なんですかね。


 あ、ペン落としちゃった誰か拾って欲しい(百年連続百回目)。


「もう! また、ママの方ばっかりみて! はい、書類できた」

「はやっ。やるね、カタリーナ」

「……」

「……ふっ、サインは……まだしない! どうだ小娘! やばい、もう反省している。俺の伸び代が長すぎて申し訳ない。伸び代ですねぇ!」

「はいはい。いいから内容確認」

「どれどれ。……」

「……まだかなー。さっさと承認なり却下なり判断してもらって、次の業務に移らないとダメなんだけどなー」

「……あー……わ、わ、わかんないから教えてくれる? 教えていただけます?」

「ぷっ、ダサ」


 カタリーナが得意げになって内容を説明してくれる。おのれ、母親に似ず生意気な娘が。


「だーかーらー、ベスコウ家の元領地は魔法関連の宝庫なんだって。全部売っちゃったみたいだけど。ほら、数年前の採掘調査の結果がこの添付資料一ね」

「おお。あれ、でも売っちゃったんだね」

「エドヴァルドさんは葉介に合流するために、お金が沢山必要だったみたいだし」

「ああ、色々悪いことする男なんだ。ああいうのは信用しちゃいかんぞ。もっと誠実なのを夫にしなさいね」

「……」

「……ん? カ、カタリーナ?」

「その、子供扱いムカつくし」


 だってしょうがないだろう。マリーナを嫁に迎えるのが決まった以上、この子は年の近い連れ子である。


 教育は俺の役目だ。こんな賢い子に教えるもなにもないけれどな。まあ、男、酒、薬物への警戒くらいは教えてやらんと。


「悪かったって。子供扱いしません。で、続きは?」

「ん。ベスコウ家の財政状況から彼らが直接買い戻すのは困難。だから葉介の工作費用で買い戻し」

「具体的な旨味は」

「すっごく大きい」

「マジで」

「ミッドランド産並に高品質な魔法石。ここは雪と灰の属性だね。あと純度の高い状態のバナジウム、ラジウム、チタン、ニッケル。あとミッドランドから送ってくれたレアアース判定装置にも反応多数」

「おお……」

「他にも、魔力反応が潤沢なスライム状の液体とか、燃料になるガスとか、吸い込んだら笑い声が出てくる気体とか」


 ざくざくじゃないか。噂で聞いてはいたが、すごいな。


「本当に重要なところはエドヴァルドさんも手放しきれなかったみたいだけどね。正直、フォルクングは寒くて痩せた土地だけどさ、資源は有望。ミッドランドで買い取るチャンスなんじゃない」

「今は『焦がし』の影響で魔法関連の資源が暴落している」


 だが、掘り起こしてミッドランドに運べば問題なし。


 それに、近年の研究では『焦がし』に何らかの生命的な原因があるのではとの見解もある。対抗できるとしたら、このあたりの土地は宝の山だ。


「良い案だ」

「はいはい。じゃ、サイン」

「だが、一部修正」

「へ?」

「ここで君の案の通り全部買い漁ると、どうしてもベスコウ家は反感を持つ。当主が納得していても、取り巻きが反感を持つ。持たざるを得ない。エドヴァルド・ベスコウは性格悪いが優秀だ。対立はしないほうがいい」

「ふ、ふーん」

「買収案自体は問題ない。四半分をミッドランド本国、四半分をトリバレイ、四半分を君たちの名前で買ってくれ」

「え、ええ!? 私もママもそんなお金ないよ」

「優秀なのでボーナス。ただし、いざ戦時や先端研究に必要な場合は資源提供の協力をすること」

「ん、んん。わかった。あと四半分は?」

「ベスコウ家に低金利で貸し付けよう。彼の優秀さと働きへの対価だ」


 こうすればミッドランドが底値で買い漁ったという反感は減るだろう。このへんが調整の落とし所だな。


 実務は部下に任せてばっかりいるせいで、こういう人事のセコいノウハウばかり身についてしまったぞ。


「……ちょ、ちょっとはやれば出来るじゃん。最初からやれし」

「ふっ……ではサインだ!」


 渾身の一筆。「こんなに書体が変わるとサインにならない」とカタリーナは呆れていた。


 そして珍しいことに、いや初めてか。カタリーナが床に書類を落としバラまいてしまい、こちらに高くて大きい腰を向けながら拾い集めていたが……俺は父親代わりとして一切心は動かなかった。一切! ほんとだ。


 美人母娘揃って俺のところに嫁入りすることなんて、天地がひっくり返ってもありえないことだ。ほんとだよ。ぼく嘘つかない。

注:嘘です。

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