第十八話:竜の背に乗って
灼熱を帯びた巨竜が頭を垂れる。
ついに火葬竜の調伏に成功した。そのまま首を伝ってゴツゴツした鱗に覆われた背に乗り、綾子たちが待つ山頂へと降り立つ。
降り立って、綾子がガウスばっかり褒めるのは少し不満であった。が、黒竜が満足して飛び立った後、感心したように微笑んでくれたので報酬としては十分であろう。
「お見事だね、三津谷くん」
「ああ、綾子さんこそお疲れ様。怪我はしていない?」
「怪我はないけれど。んー、ちょっと魔力を使いすぎたかな。ガウスったら遠慮なく吸うんだから、すぐに下山は無理かも」
「帰りはこっちの竜に乗せてもらおう」
「暑そうだね。加減できるのかな」
火葬竜の近くに行くと、俺はそうでもないけれど綾子は汗ばんでいる。うーむ、色っぽい。透けろ! と、もう少し見ていたいのは正直なところではあるが、これで熱中症などで倒れられたら一大事だ。火力を落とそう。
「へい相棒。ちょろ火で」
パチンと指を鳴らして、そう命ずると火葬竜は素直に火を落とす。煌々としていた鱗は冷えた溶岩のように黒ずみ、あたりは高い山の頂上らしく冷気でいっぱいになった。麓に差し掛かっていた溶岩もあっという間に固まっていく。
「……便利かも。いつでもどこでも火を使い放題」
「ふむ。桁違いの戦闘力はもちろんだし、戦闘以外でもとても優秀そうね」
「マッチ要らず!」
「他にも色々あるんじゃ……この世界で動力とか発電に応用できれば……」
「うーむ、どこでも火炎とともにあるこの感じ……よし、お前の名前は今日から上総介だ!」
納得したのかは分からないが、上総介は命名を受けて大きく咆哮した。
びりびりとした空気が頬を叩くと同時に、竜との魔力がリンクしていく。いつでもどこでも呼び寄せられるような感覚。そして手元にはテイムのおまけ効果である、対象の特技習得が編み込まれていく。
「おっ、テイムのリンクが来た……今なら極太ブレスぶっ放せそう」
「ふーん、試してみたら? ここなら周りになにもないし」
「よーし」
両手首を合わせ、さらに見えない何かを包むように開き、腰だめして漫画みたいな構えを取る。そして、
「波ァ――――――!」
勢いよく突き出す。
ぽんっ
と軽快な音が響き、手のひらからこぶし大程度の火球が吐き出された。ふわふわと屋根まで飛んで壊れて消えた。どゆこと。
「オリジナルに比べて、全然威力が足りない」
「ま。そうでしょうね」
詳しくは後で綾子に聞いた話だけれど、テイムに成功しても相手の特技すべてを習得できるわけではないらしい。鷲をテイムしても大空を飛べるようにはならないし、ブレスのような上級魔法級のものは、分相応にデチューンされて発現するのだとか。残念。
「……マッチ要らず!」
「そうね」
「……もしかしてこれで終わり?」
「一応、実力が高まればテイムで得た特技とかも強化されるはず。頑張ってね」
「うーむ、修行が足りないのか。お? どうした上総くん」
不満だった俺に気を使ってくれたのだろうか。巨竜が大きな大きな口元をこちらに寄せ、そしてゆっくりと舌を吐き出す。
その舌先には一本の長剣が備えられていた。まるで竜の体内で鍛えられた、いや鍛えられ続けているかのように脈打つ長剣。凄まじい存在感を放つ剣を、どうやら俺たちにくれるらしい。忠誠の証というわけか。またの名をドロップアイテム。
「すごくつよそう」
「待って。鑑定の魔法を使ってみる」
「……なにそれ知らない」
「初歩的な魔法の一つだよ。こういう魔獣由来の品がどんな効力を発揮するのか、品物を使わずに確認できる便利なもの」
「ふーん」
魔力の少ない俺にも出来るはず、と今度教えてくれることを約束しながら、綾子は長剣の鑑定を行う。
「ふむ、どうやら……一振りで魔力を全放出出来る剣みたいだね。しかも威力を一気に増幅して。それこそ、この子のブレスみたいに。使い手によっては何千人も一気に打ち倒せる武器になると思う」
「うーむ……じゃあ俺が持っていても意味ないな。綾子さん持っていてよ」
「いいの?」
「どうせ俺だと放出できる魔力が少なすぎるし」
「……三津谷くんはもう少し交渉っ気を持つべきだと思うな。これを私に譲る代わりに、何か引き出せるとか考えないのかな」
「いいのいいの」
「そ」
そう言って剣を渡したのは正解だった。最近気づいたのだが、綾子は贈り物をよく喜んでくれる。
女性へのプレゼントとしては少々無骨だが、山頂から嬉しそうに四方八方へと、薙ぎ払いブレスを飛ばす彼女を見ていると贈ってよかったと思える。あと普通に怖いので逆らわないようにしよう。
放出量が凄すぎる。マジで千人くらい消し飛ばせそうだ。ガウスを使役して消耗していたのにこれでは、体調万全ならどうなってしまうのだろう。
格の違いにビビって引いていると、隅っこに隠れていたストライテン将軍が姿を表した。よかった。上総介がぶっ放した火線は、幸い彼らを消し炭にはしなかったらしい。焦げ付きはしているようだが。ストライテンは礼儀正しく頭を下げ、協力への謝意を示した。
「三津谷殿、城ヶ辻殿。この度のご協力、ミッドランド軍を代表してお礼申し上げます」
恐縮しっぱなしの様子。まあ、あのまま放っておいたら首都が丸焼けポンペイだったからね。気持ちはわかるが、一回り以上年上のおじさんにへりくだられるとむずかゆい。
「いえいえ、あんまり気にしないでくだ――」
「閣下、ご相談があります」
適当に笑って〆ようとしたところで、綾子が目ざとく相談を持ちかけた。
「何でしょうか、城ヶ辻殿。正規の報酬は王国から支払われるはずですが、私に出来ることがあれば何なりと」
「では遠慮なく。支払われる報酬について、我々は国政レベルに影響があるものを要求するつもりです」
「えぇ……そんな大それた事するつもりなのん。強欲」
「いいから。……よろしければ文章等ではなく、首脳部の方と直接お会いしてお話したく」
「いいでしょう。と、言うよりも当然でしょうな。あなた方の功績について、女王陛下は大変興味を持たれることでしょう。貴族待遇で迎え入れられるやもしれません。首都に帰り次第、謁見を調整いたします。どうぞ今後とも、我が国とは宜しくお願いします」
「ありがとうございます、閣下」
ストライテンという将軍だけでなく、女王陛下とかも出てくるのか。トカゲを倒しただけなのに、なんだかややこしいことになってきたなあ。ま、綾子に全部任せておけば全部問題ないだろう。全部やってもらおう。
――
首都への旅路。
俺と綾子は空高くにいた。上総介の背に乗ってひとっ飛び。山頂よりも高く、いくつもの雲を追い抜いて。
眼下に広がるのはミッドランド王国の領地。はっきりと世界地図を見たことはないが、かなり広いはずだ。大陸の北部大半に広がる草原地帯を、このミッドランドは治めている。大陸有数の強国である。
「見て、三津谷くん」
「ん」
「山がえぐれている。山頂の向こう側半分は無くなっちゃったね」
「お前暴れ過ぎだよ……」
ぽすぽすと竜の鱗を叩いても、我が下僕に反省の色は見られない。まあ、はっきりいって人間とは格というか規模が違う生命体だ。慎重に歩いても蟻を踏んでしまうように、こいつにとって見れば特に悪気が合ってしたことではないのだろう。
「でも良かった。ブレスの向きが西の海側で」
「ん? ああ、北のエルフの森は無傷みたいだ。確かに危なかったね」
「ふん、そっちはある程度燃えても良かったけれどね」
仲良くならんね、君たちも。
「それよりちょっと南。半島の草原地帯も無傷で良かった」
「そこも交易の道中だからなあ」
「ええ……それに、今からあそこに国を作るんだから、燃えたらまずいでしょ」
国。
国を作ると言ったのか、この子は。
さらりと今後の方針を口にした綾子の表情は、ギラギラと、まさに権力者のようなあくどいものだった。せっかく美人なのになあ。もうちょっと性格良くなれないものかね。
という俺の願いが通じたのか。ふと、綾子の顔色が変わる。しおらしい、そして少し不安そうな顔色。
「綾子さん……?」
「国を作る。作って、それを三津谷にあげるね」
「へ?」
「王様にしてあげる。それもこの世界で一番偉い。私が何もかもかき集めてあげる。そうしたら、そうしたら……」
許してくれる? と口の動きは告げていた気がする。竜が首都目がけて急降下を始めたので、本当の発音はよく分からなかった。