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第三十二話:売り文句

 フォルクング王国と友誼(苦笑)を結び連合国に加えたことで、西方諸国大陸はある程度のバランスを得た。


 大陸の東側から北東にかけてはミッドランド勢力の連合国。西側はヤァマタ帝国。そして中央部では希薄化したクィトラ派。


 クィトラ地方からは人口の流出が相次ぐ。戦乱から逃れた女性や子供はミッドランド勢力圏を目指した。安息の地を求めて、海を渡りトリバレイに移ったものもいる。クィトラとミッドランドの国力差は決定的と言っていいだろう。


 あとは、このクィトラ地方を併呑するだけ……。


「お休みのところ失礼します。閣下、客人です」

「ん。ああ、ありがとう、タルボット准尉。どなたかな」


 肘をつき、地図を眺める。大陸全体について思案していると、コリン・タルボット准尉に声をかけられた。


 衝撃である。


 俺の思案顔って休んでいるように見えるのか……。気をつけよう。部下にサボってばかりだと思われる理由は、そのあたりにもあるのかも。


「フォルクング王国から」

「ゲェ! お、俺は不在と言ってくれ!」

「……ご安心を。カレン第一王女ではありません」

「じゃあ第二か第三か! だ、ダメだもっとダメだ! 追い返せ! というか俺が逃げる!」

「はぁ。ご安心を……」


 窓枠に足を乗せたところで制止された。


 カレン・フォルクング第一王女。女王の器を抱え生まれた才色兼備、と国内で評され、復興事業でそれが身内贔屓ではなかったことを証明しつつある。人気・カリスマ性と実力を高水準で兼ね備える傑物。氷雪魔法の達人。


 俺を肘や拳で小突いて追い回すが趣味。陰湿なやつだ。


 ユーリカ・フォルクング第二王女。一騎当千、民草の守護姫。対西兀戦線においては、文字通り千人の西兀兵士を斬って捨てた。この国が『焦がし』に沈んでも一定期間耐えきったことは、彼女の存在が大きい。


 木刀で俺をしばき倒すのが趣味。陰湿なやつだ。


 ソフィーア・フォルクング第三王女。魔術才気あふれること、フォルクング王家の歴史に比類なし。同国の魔法立国を支える天才魔法使い。彼女が六歳の頃に考案した魔法石採掘技術は、今や海を越えてミッドランド大陸でも主流になっている。


 俺を鼻で笑い、魔法杖で脅かし、顎でこき使うのが趣味。陰湿なやつだ。


 三人揃えば三乗で厄介な王女サマたちだ。おのれ。西兀に全員捕らえられていたところを無傷で助けてやったのに、感謝のかけらもない。


 俺は怒りと恐れが一対九十九でブレンドされた感情で、身震いした。


「第二、第三でもありません。同国の大臣の家。男性です」

「お、男か……よかった。また首吊にされるかと……」

「准尉程度の身で申し上げるのも恐縮ですが、そろそろビシッとやらんと外交上まずいのでは」

「非常にまずいけど怖いもんだから仕方がない」

「はあ」


 准尉が呆れ、そして赤銅色の頭を振ってから客人を招き入れた。


 現れたのは安心できることに男性だった。


「お忙しいところ失礼。お初にお目にかかります、三津谷少将閣下。エドヴァルド・ベスコウと申します」

「や、これはどうもご丁寧に」


 一人の男が部屋に入るなり、深く一礼した。


 聞けばフォルクング王国の貴族家ベスコウ家の一人。それほどの人物が深々と頭を下げ、そして顔をあげて微笑んだところで俺は思った。


(めっちゃ胡散臭いやつだ……)


 タルボット准尉も同感だったらしく、普段はそこそこしか見せてくれない忠誠心を存分に発揮。いつでも俺たちの間に割って入れるポジションを取った。


 現地の土木作業で鍛えた分厚い胸板の准尉と比べ、相手の男はいかにも頼りない枯れ木のようであった。


 エドヴァルド・ベスコウ、三十三歳。


 痩せこけた頬。まさに長身痩躯というべき体躯。新雪を思わせる三王女とは対照的に、骨灰を思わせるくすんだ頭髪。自信ありげに見開かれた目。そして胡散臭い微笑み。


 どこか不吉さを帯びた男だ。俺はなんとなく、取引しに来た悪魔を連想した。


「実は三津谷閣下にお願いがあって参りました」

「ほほう。なんでしょう。フォルクングの方とはぜひご協力したい」

「閣下、ぜひ私を陣営に加えて頂きたい。噂で聞きましたが、人材登用に積極的な様子」

「なんと!」


 思わず立ち上がる。意外な申し出だった。


 ベスコウには何かを要請されるものとばかり。なにせこの国に来てから王女には命令もとい要請されてばかりだから。まさか協力の申し出とは。


「それは……ありがたいことです。確かに我が陣営は現在、協力者を募集中です。が、その、誰でもいいってわけでは……」

「もちろん自分自身の売り文句を携えてまいりました。私は閣下が欲しい物を差し出すことが出来ます」

「欲しい、物?」


 なんだろ。安寧な生活とか、プライベートの自由かな? どっちも欲しい。つまり今は手元にないんですねこれが。はは。


「取り急ぎ貴国特産の紅茶が一杯欲しいかな、なんて」

「フルル・クィトラ族長の首」

「……!」

「それも閣下のお手を煩わせない形で。いかがでしょう」


 こいつ。


 こいつ、切れる。


 本当に欲しい物を当てやがった。それも初対面で。


 チラリとタルボットに目線を向けると、察した彼は部屋の扉を閉じ音がもれないようにした。


「……クィトラ殿とは盟友である」

「表面上は。でももう要らんでしょう。彼の部下をことごとく謀殺なさり、彼の戦力のエッセンスは『雷豹』として取り込んだ。あとは邪魔なだけです。クィトラ地方は緩衝地帯としつつも、ご自分で差配されたいはず」

「なんのことかまったくわからない」

「だが、取り巻きは潰したのに族長本人は処分しない。なぜか。それは、クィトラ派残党の恨みを買いたくないから」


 ぞくり、と背筋に冷水が流れる。またしても言い当てた。


 その通り。忠誠心の低いものから引き剥がしていった結果、残りは一定水準の尊敬を族長に送るものばかり。


 ここで族長を謀殺し、それがミッドランドの手によるとバレたら今後に多いに禍根を残す。五世代あとでもミッドランドを恨むだろう。だからやりたくない。


「しかし、我らフォルクング王国のものが、ミッドランドと無関係に族長を討てばどうでしょう」

「……ほ、ほう」

「それはただの反撃。国を襲われたことへの仕返し。卑怯千万には分類されません」

「確かに、ね」

「反感は起きるでしょうが規模は小さく、またミッドランドへ向かうこともない」


 どうもベスコウ氏のペースだ。確かに切れ者である。こちらの思惑をことごとく当ててみせる。時勢に通じる。


 また、ミッドランドによる謀殺は秘中の秘であるはずなのに、それも言い当てている。手強い。


 それでも俺はこのベスコウを参加に加えたくなった。なにせ、ミッドランド軍人というのは質実剛健。整然たる騎馬突撃を是とする一方、搦手を得意とする者は少ない。


 それでもペースを握られっぱなしだと困るので、「だが」と注文をつけた。


「だが、どうやって討つ。仮に。仮にだぞ。フルル・クィトラと、天変地異や人智の及ばぬ災害の結果どうしても争わないといけない、ということが万が一おこるとして」


 フルル・クィトラはこの地の最重要人物。


 護衛はガチガチに固く、本人も武芸に極めて長ける。俺が手を出せないのは前述の政治的な理由もあるが、単純に物理的に困難だからだ。


「あの強力な武人をどうやって討つ。なあ准尉」

「全盛期には及ばないとは言え、護衛も非常に強固だ。貴国の魔法使い軍団で勝てるのか」

「その通りだタルボット准尉。なあ、その通りだよ准尉。妙案があるのかね君ぃ」

「買収しました」

「は?」

「所詮は人柄ではなく力に集まった取り巻きです。買収すればいい。首を縦にふるまで金貨を積みました」

「ばかな! そりゃ、どこまでも積めば転ぶやつはいるだろうさ。だが、護衛の壁は何重にもある! それこそ莫大な――……つ、積みました?」

「はい」


 金貨の出どころは自分の家の財産だ、とベスコウは言った。


 『焦がし』が広がっている以上、彼が所有する魔法石や摩訶不思議な液体、笑い声が止まらなくなる魔法の気体がとれる領地は無用の長物。ほぼすべて売却し金貨に変えて、買収の資金にしたと。


 いや……そうじゃない。そうじゃないぞ聞きたいのは。


 過去形だ。ベスコウは過去に言及している。


「積みます、ではなく。積みました?」

「はい。こちらがご所望の品です」


 エドヴァルド・ベスコウはこともなげに、抱えていた箱を掲げる。


 最初は高価な壺でも献上するのかと。陣営に加わる手土産に、一族に代々伝わる品を差し出しにもって来たのかと思った。


 違った。いや、献上品であることには変わりないが……美術品ではなかった。ちなみに有機物ではあるが、生物ではなかった。


 箱の中身はフルル・クィトラその人の、首であった。


 穏やかとは程遠い死に化粧だ。凄惨な表情は返り血と自分の血で塗装されている。


「すでに、閣下が邪魔とお考えのクィトラ族長は討ちました。どうか参入のご許可を」

「……こやつめ、ははは」

「閣下、喋る前に震えを抑えなきゃ舐められますって」


 そういうタルボット准尉も震えているじゃないか。


 ずいいっ、と眼の前に差し出される首と対面すると、「参入を認めます」と言うしかなかった。

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