第三十一話:豪雪の王女
砂漠を越え、高原を越え。そしてツンドラ気候もどうにか乗り越えたところにあるフォルクング王国。
その国は戦災から急速に復興しつつあった。その国境を越えて暫く進むと、騎士ガストン・ルクセンフルトが迎えてくれた。
「おっと、ルクセンのおっさん。お役ご苦労」
「三津谷……頼む。代わってくれ」
「ん?」
ルクセンフルトが困り果てているのが不思議。道中見たけれど凄まじい活気と建設速度ではないか。
まぁ、城壁含めてなにもかも元通りとは言わない。特に最外殻の城門など粉々に近い。
それでも建築の快音があちこちから聞こえる。なにせ戦災で散り散りになった人々が各地から戻ってきた。クィトラ派の内紛で居場所を失った民や、捕らえられていたところを解放された女性も含めると人口はぞくぞく増えている。破壊された建物や田畑についてはどうしようもないが、復興の機運は大きい。
この騎士ガストン・ルクセンフルトが安全を確保しているとなれば、一層のことだろう。で、代わって欲しいって? 何を?
尖りヒゲのルクセンフルトは顔を青くして訴えた。
「この国の王女」
「ああ、カレン・フォルクング第一王女ね」
「この度女王を戴冠されるとの由」
「まずは結構」
「結構ではない……なんだあのじゃじゃ馬は」
ルクセンフルト曰く。
やれ国境警備をしっかりやれ。巡回の頻度を増やせ。砦の復旧を全力でやれ。ついでに外貨を落としていけ。
と顎でこき使われていたようだ。どんまい。この国の特産品である魚の干物、蒸留酒、魔法の諸道具をたっぷりと買わされ財布もすっからかんのようだ。
「でもルクセンのおっちゃん騎士だろ。貴族に仕えるの慣れてるじゃん」
「その私ですら根を上げるほどだ」
「やべえな(笑)どんまいどんまい。じゃ、俺はちょっと行くところがあるから……んー、一年くらい戻らないつもりだから後よろ――」
「逃さん」
「げう」
しまった。襟を握られた。
堪え性のあるガストン・ルクセンフルトをここまで怯えさせるとは。あの高慢女も国に戻っていよいよ本性を全開にしてきたと見えるな。
「とにかく代われ。私は帰る」
「嫌だぜ。俺とあの王女サマの初コミュニケーションを知らんだろう。動脈噛みちぎられるところだったんだぞ」
「そこまで言うなら助言の一つでも残してやるか」
「ほう」
「耳栓を用意せよ。長い叱責の時間は経でも唱えて正座で過ごせ。以上だ」
「根本的な解決になってない!」
「他に言えることはない。では」
ほ、本当に帰りやがった……。
正確にはこの地の治安維持のために国境線の防壁に逃げ込んだ。そこ、ほとんど粉々で屋根もないだろ。それでもまだマシだというのか。
あの頑強な偉丈夫が。それほどか。
俺はユナダが「ここで待つ」といつもより扉の遠くで待機するのを恨み、タルボットが愛想笑いを浮かべながら一歩も動かなくなったのを嘆いた。
ええいままよ。王族が控える部屋の扉は、
(あれれっ、本当に戦争・略奪の被害にあったのか?)
と疑問に思うほど。哀れなルクセンフルトたちにより丁寧、丁寧、丁寧に♪磨かれていた。こりゃ騎士と言うよりも家政夫だな。
パチンと両頬をはたいて気合を入れ、耳栓の位置をもう一度確認してから。俺は「えいや」と扉を開いた。
――
カレン王女との会談は数々の叱責と、一切れの褒め言葉で構成された。
「このように、西兀クィトラ派はすでに壊滅状態。他の西兀もヤァマタ以外は頭を抑えてあります」
「ん、よくやった」
褒めて遣わす。以上。
こ、このアマ……。クィトラに捕まって手も足も舌も縛られて泣いていたくせに。あの時尻でもひっぱたいて上下関係を確立させておくべきだった。
・
「して、これからどうするつもりか」
「まずは友好国の連携を強め、軍備・経済を十全のものとします」
「友好国とは具体的に」
「ミッドランド・バルトリンデ・エルフ。それにミシュラ・ヴァルマー・カーン・ビスワースなどミシュラ地方の国々。これらの国の得意をかけ合わせる。貴国フォルクングにも連合に加入いただきたい」
「よろしい。だが連携には時間を要す。その間は」
「クィトラめらに前線を放り投げる」
「ふっ、いい気味だ」
カレン王女は意地の悪そうに鼻で笑う。あー……つまりいつも通りである。楽しそうですね。
並行して、クィトラがせっせと戦線を支える間に、彼らが抱える女子供をガリガリと削り取ってこちら(ミシュラ地方やミッドランド大陸)に避難させる。人口の濃淡は戦後の経済格差を決定づけるだろう。
「しかしここで難題があります」
「ふむ、最終的には我が方の軍で勝たねばならない。課題は例の『魔力焦がし』か」
「! ご明察に。なぜお察しいただけたので」
「知れたこと。魔法を多用するミッドランドの軍制では、この地で実力を発揮しきれない。付け焼き刃で軍制を変えても、弱ったクィトラはともかくヤァマタ帝国の強大な軍には勝てない」
「そ、その通り」
「フン、少し考えれば分かることだ」
カレンの顎がくいっと持ち上がる。そんなに上に向けたら天井しか見えないだろ……。
「つまり、あの『魔力焦がし』をなんとかしたい。無効化できれば最高ですが、せめて回避できる方法など」
「知っていれば我が国の城門は陥落しておらん」
「そうっすよね」
「チッ、忌々しい。あれさえなければ西兀など、我が氷雪魔法で一網打尽にしてくれるものを」
「どうやら近年、この北端の地まで影響が拡大しているとか」
『魔力焦がし』の勢力は一定ではない。変動・拡大している。
そうでなければフォルクングが魔法立国として成立しないし、フォルクングが魔法を使わない西兀に敗北しない。地理的な変化があったからこそ、フォルクング首都は陥落の憂き目を見た。
そしてこの事実はより多くの悲劇を連想させる。さらに『焦がし』が広がった場合、ミシュラ地方やそれにとどまらず海の向こうのミッドランド大陸まで、西兀の得意な地理になりかねない。だからここで叩く。
「とはいえ、何年も我らはかの脅威を研究してきた」
「はい」
「それでいて、わずかでも食い止めることは出来なかった。……無念だ。兵どもをいたずらに死なせた」
「心中、お察し申し上げます」
「だが近年の研究でわかったこともある」
「!」
「あの『焦がし』には高さの範囲がある」
カレンが教えてくれたのは次の通り。
『焦がし』は一見逃れられない、西兀地方全土に広がっているように見える。地表には、水をこぼし続けたように縦横無尽に広まっている。肝心なのは高さだ。
こぼした水は際限なく広がる。が、案外厚みが少ない。実は天高くまで影響があるわけではなく、高さ十から十五メートル程度しか届かない。
「二つ、合点がいきました」
「ほう」
「フォルクングの総構えが、クィトラらにああも執拗に壊された理由」
俺はこの国の国境を通った時の総構えを思い出した。特に城門部分は粉々も良いところだった。
「そうだ。高さを十分に確保できれば魔力励起は可能だ。が、足元を崩されてはそれも叶わん」
「なるほど。そしてもう一点は、ヤァマタが保持する『巨獣』部隊の生体です」
「ん? ああ、ミッドランド大陸では大きな獣が居ないのだったか?」
「大きすぎです」
いくら何でも二十メートルもある象はおかしいでしょ。異世界でも。
火葬竜のような突然変異ならともかく、巨象のように群れまで作るのは妙だ。だって単に大きいだけって生存競争で不利だもん。エサ一杯取らなきゃいけないし。
つまりあれはこの土地特有の定向進化の結果なのだ。
魔力が全く活用できない小型の獣と、首周りで魔力を取り込んで体内で確保できる大型の獣。生存競争をしたら後者が勝つ。もしや例の巨人族の連中も、長い年月をかけてあの大きさが“最適だ”と進化した結果かもしれん。
(なるほど、『焦がし』には高度の限界がある。そこが狙い目だな)
少しずつ情報は集まってきた。
手持ちには色とりどりの連合国と人材。それに今回得られた知見。上手く組み合わせてやるのが俺の役目だ。あとは優秀な部下がよろしくやってくれる。
「ありがとうございます、王女。これで光明が見えました」
といって退席しようとしたのだが、何か言葉が足りなかったようだ。
イライラと王女が指で肘掛けを叩く。全然脈絡もなく、「フォルクング王国をどう思う」とか「フォルクングは次代の王を早急に確保しなければならん」とか「しかし婚姻相手を落ち着いて探せる状況でもない」とかいい始めた。
行き遅れそうで焦っているのかな。傾国どころか大陸ごと傾けそうな美人なのに。
くっくっくざまあ。人を顎で使った罰だ。ミシュラ地方の王族を紹介しようかと提案したら、衛兵を呼ばれ牢へ引き摺られたので泣いて謝った。なんでそんな怒るのさ。