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第二十九話:ユナダ・サンスイ

 自分の主人がこうまで怒っているのを、ユナダ・サンスイは初めて見た。


 三津谷葉介と出会って半年ほどたつ。その間行軍も散策もよく共にしたが、いつもヘラヘラと笑う男だった。その男が静かに怒りを溜め込んでいる。


 直の護衛を自負するユナダは、彼の激情を鋭敏に感じ取っていた。刀を研ぐ手入れにも普段以上に念が入る。


 司令部の気配に当てられて縮こまるのは新米のコリン・タルボット准尉。彼に目で合図し、『お前には怒りはせん』と伝える。それでもいくらか逡巡したあと、ようやくタルボットは口を開いた。


「閣下、ご相談したいことが」

「うん? 何だい」

「軍の配置です。こちらの勢力圏の西端。クィトラ派の一氏族が入城している要塞について、この本拠地との連絡役ですが」

「ああ、そっか。前任のルクセンフルトは別件で不在か」

「はい。小官が担当引き継ぎでよろしいでしょうか」

「…………いや」


 三津谷は深く思案した。


 いつもは頭の悪いことばかり考える男。一方で、地図の上で手駒を自在に操る大局観に優れる男。ユナダは三津谷の長所をよく認めていた。


 しかしその上で、この状況は彼にとって不利であろうとも思っていた。なにせ手勢が少ない。慣れない土地で、アクスラインも、ギランも、ムラクモも、ユルゲンも居ない。唯一頼りがいのあったガストン・ルクセンフルトは北方の小国へ駐屯。


 三津谷の脇を固めるのは自分と、新米准尉のみ。


 彼の潤沢だった駒台も今やすっかり空だ。これでは大局観もなにもない。心配で見守っていたが、三津谷は顎から手を離して指示を決めた。


「ビスワース国軍に任せよう」

「ビスワース……ですか?」

「ああ」

「伝聞で恐縮ですが。確かあの国の元帥は先日、『ミシュラ・ヴァルマー採掘株式会社』の件で閣下とひと悶着あったのでは?」

「ああ、そうそう。元帥が株売っぱらっちゃった奴だね」

「信用あたいますか」


 タルボットの指摘のとおりだ。


 今の三津谷の周りには、西兀クィトラ派やミシュラ地方連合国軍など外様ばかり。全くの敵ではなくても、潜在的な対立関係にある者も多い。これは自分の出番も早そうだ――


 というユナダの心配は杞憂であった。むしろ今までは周囲に恵まれすぎて、三津谷は実力を存分に出せなかったようだ。


 見知らぬ別大陸で持ち駒が次々と使()()()()()()ていくこの時。


 今この時こそ、三津谷葉介の真価が発揮される時であった。


「いや。ビスワースの元帥殿も、先日のことはとても反省している様子。頼りにしていいだろう」

「な、なるほど……?」

「激励の伝言を頼むよ」


『ビスワース国元帥殿

 クィトラ派の一つ、カアウテ氏族との取次をお任せする。最前線につき、敵襲や裏切り者あれば独断即応を許可させていただく。前にも後ろにもよくよく用心を。ビスワース軍に功あれば、貴殿の元帥再任を王族に推薦するため奮起されたい』


「……閣下」

「何かな」

「カアウテ氏族はかなり血の気の多い氏族です。独立心も旺盛です」

「そうだね」

「失点を取り返したいビスワース元帥に向けてこんな、裏切りに警戒をだなんて。対立をかき立てるようなことを伝えては――……」


 タルボットはそこまで言葉にして、「ハッ」と口をつぐんだ。そして上長の伝言を、一句違わずビスワースへと伝えに向かった。


 数日後。


 ルノ・カアウテ族長討ち死。


 最前線の城で不穏と()()()()動きをしていたため、ビスワース国軍が独断専行。カアウテ氏族の部隊ごとこれを討ち果たした。


 ビスワース国元帥は以後、緊密に三津谷葉介と連絡を取り合う仲となる。


――


 別の日には別の氏族が怒鳴り込んできた。


「トリバレイ殿!」

「なんでしょう。アーシア族長」

「我らの氏族の食糧の供給が多すぎる!」

「おや」

「特に米。事前に協定を結んでいたものの三倍も! 取り決めは守って頂きたい」

「すみませんうっかり。でも少ないよりはいいでしょう」


 チッ、と舌打ち一つ。アーシア族長は迫力ある丸顔を三津谷に寄せて、唸るように言った。


「食糧が多すぎると部下が満足する……! 貴殿も分かっているだろう」

「いいことでは?」

「動かなくていいと満足したら、終わりだ! 家畜は草を食わすために”動かなければならない”邪魔者となり、部下たちはすべて肉にしてしまう」

「ふむ。そうなのですか」

「……! 貴様。とぼけるな貴様。何を企んでいる」

「別に何も。あなたが天上のお方と頂くフルル・クィトラ皇帝も、今は食糧の潤沢供給に賛同しています。これ手紙」

「皇帝!? 皇帝だと! クィトラとは協力関係にあるだけだ! 舐めるな! やつにも舐めさせはせん……! な――なんだこれは!」


 魔力の残り香で、羊皮紙が怪しく光った。おそらくインクを操った。


 フルル・クィトラの署名以外すべて偽装だろう。傲慢な内容も、皇帝自称も。クィトラとは同じ派閥とは言え実力伯仲。ライバル関係にあるはずのアーシア族長は激怒した。


 アーシア氏族反乱。


 フルル・クィトラを糾弾する檄文を流してかき集めた部隊を、そのフルル・クィトラその人にことごとく射殺された。


 ヤナト・アーシア族長、反乱の主犯として処断される。


――


 別の日には、三津谷は密議をしばしば行った。


 夜。西兀が好む移動式テントの入り口に自分(ユナダ)を配し、三津谷は一人の族長を招いていた。


「おお、モテウ族長」

「うむ、健勝かね。トリバレイ殿」

「先日は贈り物をありがとうございます」

「ああ、あの小国の第二王女か。いいさ、貴殿が第一と第三を所有していたのは知っていたからな」

「お耳が早い」

「”揃い”で欲しいだろうと、新品で届けさせた」

「ありがとうございます。実はもう一つ族長に甘えたいことが――」


 カドゥル・モテウ族長は若い。立場を相続したばかりで功に焦っているのを、三津谷は見抜いていたのかもしれない。


 扇子を口元に拡げ、密談の濃度を高めるように見せて三津谷は囁いた。


「――という策に」

「ほう、二重スパイ。ヤァマタ帝国に」

「はい。これは私の出身世界ではよく使われた手です」

「詳しく話してくれ」

「一度裏切っている()()()()()()、ヤァマタに合流する。そこで奴らの内部情報をかき集め、抜群のタイミングでもう一度裏切る。奴らは大打撃。実行者は英雄の誉れを得るでしょう」

「なるほど。なるほど、なるほど」

「これは才気に溢れ、旧いやり方にとらわれない人材にしかできない策です」


 モテウ族長は鼻の穴をふくらませた。自尊心をくすぐられた者はこうも脆いのか、とテントの入り口で見守りながらユナダ・サンスイは自戒した。


「族長、こちらを」

「ほう? これは」

「我が血判です。二重スパイは潔白の証明が必須。これを二つに割り、我らで一つずつ持ちましょう」

「よかろう」

「敵国ヤァマタ帝国の巨大化は苦難の時代です。こういう時こそ我ら新星が」

「ああ、時代を切り開こうぞ」


 カドゥル・モテウ族長、ヤァマタ帝国に反旗を翻す道中で処断される。


 潔白の証明に取り出した割符には、血の一滴も残ってはいなかった。


――


 カーン国王が自ら出馬したときもまた、奇妙な結末を迎えた。


「戦線の南部は任されよ、三津谷少将」

「ありがとうございます、カーン国王陛下。貴国とミッドランドの末永い関係を」

「ああ。祈念する」


 カーン国王は一角の人物である。


 が、その一方で王妃をないがしろにしてよく鉄拳を振るうという噂は、ユナダにとって少々不快なものであった。この大陸の価値観には合わせるのが難しいものも多い。


 女たらしの自分の主人がどう考えているのか、推して知るべし。


 数日後、カーン国王は原因不明だが戦線で孤立していた。


 ()()()()()()()()はずの玉璽の書面が偽装されたらしく、援軍が遅れた。(どのように偽装されたのか、戦後調査でも不明だった。まるで本物の国璽を使ったとしか思えないほどに、精巧な命令書であった。カーン国王妃は玉璽に動かされた形跡はないと証言している)


「いかん。国王が孤立する。ナヅチ族長へ救援の指示書を」

「はっ!」

「間に合うと良いのだが……」


 首脳陣が集まる会合で、三津谷は深刻ぶって唸ってみせた。


 救援は図ったようにギリギリ間に合わず。カーン国王は重傷を負って片目と手足を一本ずつ失った。


「この救援指示では間に合うはずがない」と主張したシトレ・ナヅチ族長は処断。


 会合の場で三津谷が記した日付と、彼の手元の指示書には齟齬があった。命令書の偽装は極刑に値する。



――


 ルノ・カアウテ族長、ヤナト・アーシア族長、カドゥル・モテウ族長、シトレ・ナヅチ族長。


 三津谷は戦場に一度も立つことなく、クィトラ派の有力者を皆殺しにしていった。


 そして、先の紛争で敵対したイーシャン・ヴァルマー王子が戦場で被包囲・孤立したときは――


「くっ、助かったぜ。悪いな三津谷」

「気にすんなよ王子サマ」


 急進して、自ら先頭に立ちこれを助けた。


「王子に死なれたらヴァルマー製の上質な槍が使えなくなるだろ。鍛冶屋は後ろに引っ込んでな」

「誰かさんのせいでなぁ。王子たる俺様の求心力が落ちてやがる。先頭に立たねばならんのだ」

「うわー、皇太子ってたいへーん」

「誰のせいだと思っているんだ、誰の……」


 族長ことごとくを謀殺する一方、カーン国王も排除し、ビスワース国元帥やヴァルマー王子とは友誼を形成している。


(これほどの男か……)


 ユナダは味方ながら戦慄していた。


 自分の主人はこれほどの男だったとは。不要な駒を潰し合わせ、有望な駒は手元に引き込んでいく。味方が極端に少ないこのシチュエーションならではの活躍であった。


 策略家ユルゲン・ストライテンの薫陶(くんとう)を受け、数々の前線工作向きのスキルと経験を積み、異世界の知識を有し、地勢をことごとく読み解く。


 そして何よりも、奥方たちの”機嫌を伺う”ことで培っただろう人心読みの威力。


 常に問答無用で相手を踏み潰してきた西兀クィトラたちの手に負えるわけがなかった。クィトラの剛は三津谷の柔に相性が悪すぎる。


「三津谷」

「ん、なんだいユナダ。あ……もしかしてこういうやり方は好みじゃない?」

「いや。これも戦よ」


 それもユナダの里にいたら一生知れなかった戦だ。相変わらず、この男に付いていくと新鮮なことが多い。


「ならよかった」

「聞きたいのは別じゃ。クィトラ派の族長は対処したが、部下共はどうする」

「ユナダの目から見どころは?」

「ある奴もちらほら居る。性根は俺らの大陸風味に叩き直せばええ。絶滅させるのは惜しいかのう」

「では、良いのを引き抜いて君が率いてくれ。『染み猫』と合わせて運用は任せる」

「おう。部隊名は」

「んー……では、雷のように速く焼き尽くすということで。『雷豹(らいひょう)』はどうかな」

「ヒョウ、こっちの大陸の獣か。ま、悪くない命名じゃろう。お主にしてはな」

「『染み猫』に『天下無双隠密部隊』とか付けたがったやつに、言われたくねえな……」

「なんでじゃ! そっちの方がかっこええわ! 今からでも改名しようか……」

「やめろ恥ずいから」


 クィトラの奴らには貼り付いた微笑みを見せる三津谷。彼が自分と話すときは悩み、感心し、口をあけて笑うのがユナダは嬉しかった。


 早く剣の修行の続きをしたいのだが、仕方ない。友のためだ。もうちょっとだけこの異大陸で付き合ってやってもいいだろう。


 一年後も十年後もこいつの護衛をできれば愉快だ、という本心は、バレるとからかわれるので黙っていることにした。

実はタイトルが人物名の時は、別視点に移すようにしています。アクスライン、フェルトン、四郎、そして今回のユナダと主人公の行軍パーティーが男ばっかりなのがバレます。


ちなみに皆さんは男性キャラ、女性キャラのそれぞれ誰が好きでしょうか?個人的には四郎君が動かしやすくて好きです。本章に入ってから出番が少ないですが、頑張ってほしいですね。(アクスラインとか綾子とか佳苗は、頭が切れる設定なので台詞や行動を考えるのが大変です。そういう意味ではユナダくんもアホだから楽です)


――

いつも読んで頂きありがとうございます!ブックマーク・評価でポイント増えるとやる気が出るので、よろしくお願いします!

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