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第二十七話:クィトラ式の饗宴

 敵の全滅とはいかなかったけれど完勝は完勝。


 大いに喜んでおこう。わーいわーい。クィトラ派の大歓声をもって俺たちは迎え入れられた。


「民も兵士も、先方の感触は上々のようだな」

「そうだね、ルクセン。遅参を咎められるか、ちょっと心配だったけど」

「問題あるまい。砂嵐を”乗り越えて”きたのだ、我らは」

「あー、そう言っちゃう? お主も悪よのう」

「強烈な砂嵐を物ともせず進軍してきた。救世の軍隊だ。あの使者団はそう報告するだろう」

「ごもっともごもっとも」


 得意満面なガストン・ルクセンフルトと視線を交わす。俺の表情も彼と同じようなもんだろう。


 クィトラ派とヤァマタ帝国を、強力無比な西兀騎馬民族を食い合わせた。ヤァマタの方は少々余力を残しているが被害は大きい。特に前衛だった攻城部隊は、ルクセンフルトの活躍で半壊した。そうすぐには立ち直れまい。


 クィトラ派に至っては、中核部隊は全滅に近い。対照的にミッドランド軍は長壁の向こうで力を溜め、ミシュラ地方の助力も借りて全盛を誇る。


 この地の軍事バランスは完全にひっくり返った。だというのに。だというのに、俺達はクィトラ派から感謝をされているのだ。


「ひええ、すごい人気。こりゃ、英雄ガストン・ルクセンフルトの誕生も近いな」

「馬鹿を言え。私は現場指揮をしただけ。救援の号令をしたのは貴様だろう」

「ふふふ。では、戦後処理はいい感じに山分けするか」

「よかろう」

「俺、嫁さんたちに金ピカなお土産が欲しい」

「私は息子に異国の書物や逸品でも……と。ほら、頬のゆるみをなんとかせよ。族長が来る」

「おっと」


 ルクセンフルトに咎められて、頬をはたく。


 俺たちを歓迎したフルル・クィトラ族長は先日と打って変わり、両手でこちらの握手を包み込んで頭を下げた。


――


 クィトラの地で主導権は握れた。


 軍事的な優位は確保済み。経済的なドクトリンも推し進めている。即日道路の敷設を再開し、クィトラ・ミッドランド間の交易量調整も合意・締結した。


 だがクィトラ派の奴らとは仲良くなれそうにない。


 一生涯かけても友となるのは無理だ。誘われた饗宴で、俺はそれを確信した。


「いかがかな、トリバレイ殿」

「素晴らしいもてなし、感謝申し上げます。族長」

「貴殿の救援に助けられた命に比べれば、小銭のようなものよ。はっはっは!」

「ははは」


 心の底から笑っている。


 異世界で渉外をよく担当して、相手の本心がどこにあるのかなんとなく察せるようになった。その経験が言っている。クィトラ族長は心の底から笑っている。


 この光景が愉快だと本心で思っているのだ。


 ミッドランド将兵のために開催された宴。その大半は酒と料理が占め、ルクセンフルトやタルボット以下俺の部下たちは大いに楽しんでいるだろう。


 その一方、第七軍のトップである俺はより一層のもてなしを受けた。そのもてなしの内容が、ひどい。まるで唾棄すべき邪教の集会だ。


(やはりこの男たちは除かなければならない。そのために俺はこの世界に来た)


 そう確信させるに余りある光景だった。


 クィトラ氏族やその他の氏族、そしてミッドランドの首脳部である俺。各勢力のトップだけが招かれた広い特設テントで――


 おびただしい数の女性が組み伏せられている。若い娘ばかり何人も。


 うつろな表情で股を開き、涙を流し、各族長らに蹂躙されている。女を貪るのは億歩譲っていいとしよう。が、そのときになぜ頭を踏みつける。なぜ抱いた後いたわりもせず放り出す。教育のなっていない、未開の、野蛮な、カスどもが。


 今すぐ七ツ胴に頼んで、族長どもを皆殺しにしたい気分だ。呼吸を整え、震える喉を撫でながら族長に問うた。


「彼女らはどこの出身で? クィトラ殿」

「少し北に行った集落の奴らです。小勢なので何年かに一度収穫している。すべて奪いきらないのがコツです」

「なるほど」

「北も南も、海岸近くは簒奪に適した絶好の場所だ。他国とのやり取りが盛んなので」


 女も宝も上物が多い、とフルル・クィトラは笑った。


 呼応して他の族長も笑った。


 全員負けたばかりなのに元気なものだ。ヤァマタ帝国に苦戦した鬱憤を、腹の下の娘たちに叩き込んでいる。


「戦のあとはこれに限る」

「……ええ、違いない……ですね」

「ミッドランドでもこういう趣向はありましょう」

「軍隊にはつきものだ、ははは!」

「トリバレイ殿もどうです。何匹かお分けしましょうか」

「……いえ、私は――」

「まあ待て。トリバレイ殿は主賓だ。とっておきを用意してあります。おい、連れてこい」


 クィトラ族長がほかの族長を制し、副官に命ずる。


 引き連れられてきたのは一人の女性だった。


 綺麗な長い銀髪と、均整の取れた長身のスタイル。美しい顔は憎悪に満ちていた。猿ぐつわと手枷足枷を外せば、今にも噛み付いてきそうなほどの憎悪だ。


 大きな瞳は悔しさで歪み、痙攣している。


「北の外れの海岸に旧い小国がありましてな」

「ほう」

「そこの王族の生き残りです。小賢しい魔術で抵抗していましたが……最近は例の魔力焦がしが拡大しておりましてね。魔力防壁が粉々に焼け落ちて、あっさりと陥落しました。ええと? 副官、これの名前はなんと言ったかな」

「カレン・フォルクング第一王女です」

「ああそうだ。メスの出自や詳細は品目一覧にも書いてあるので――」


 他にも気になるのがいれば何匹かどうぞ。一匹分は私からのおごりです。


 そういってクィトラ族長は笑った。「どうだ、最高のもてなし。救援に対する最高の返礼だろう」と顔に書いてある。


 彼に渡されたのはオークションの品目リストだった。忌々しいほどに丁寧に、落札前の品が書かれている。出自。髪の色。目の色。肌の色。年齢。顔の美しさ。


 生娘なら評価は高い。夫と一緒に捕らえていて、その夫の生殺与奪をセット売りしていたらさらに評価が高い。


 吐きそうだ。カレン・フォルクングはその中でも目玉中の目玉。傷なしの王族、トリプルAランクと付けられている。


「感謝します。族長」

「構いません。最近は奴隷商どもがクナーズ? とかいうバルトリンデの町に卸すものでね。なかなかメスは高騰して手に入りにくいのですが……私と三津谷殿の仲ですから」

「はは、ありがたい」

「おや、口元にワインが」

「おっと失礼。つい」

「ははは。わかりますよ。旧い王族は珍品です。それも第一王女となれば涎が垂れるのも、さもありなん」


 そういって族長は三度笑う。周りも笑う。


 俺は苛立ちで噛み切ってしまった唇を拭い誤魔化し、ワインをもう一杯あおった。


 落ち着け。飲みすぎては良くない。下戸なのは自覚しているだろう。抑えが効かなくなる。


 ここで皆殺しにしては部下たちが犬死だ。クィトラと無駄に争って無駄に死ぬ。だから今はその時じゃない。


 テントの中の娘たち一人ひとりの顔を目に焼き付ける。必ずこの男たちは地獄に落とそう。無力な私をお許しあれ。もう少し、ほんの少しだけ時間をください。


「……失礼。飲みすぎてしまったようだ」

「おっと。ははは、この酒は美味いでしょう。これも、そこの小国から奪い取ったものです。まだまだあります」

「いや、どうも。今日は自分のテントに戻ります。そちらでもう一杯だけ頂いて休みます。おっしゃるとおり大変美味しい」

「おお、そうですか。トリバレイ殿、本日はありがとうございます」

「こちらこそ。大変見事な歓待恐れ入りました。やはりクィトラ殿にはまだまだ教わることが多いと、若輩ながら痛感いたしました」

「どうかこれからも良き盟友として」

「ええ。お互いの危機にはぜひ助け合いましょう」


 にこやかな笑顔で、たっぷり油断してもらうために満面の笑みでフルル・クィトラと握手を交わす。つまりお前は殺すという意味だ。


「おっと、トリバレイ殿。忘れ物です」

「は」

「どうぞご自由にお使いください。不要になりましたら引き取りますよ」


 亡国の姫、カレン・フォルクング第一王女を渡される。


 後頭部の髪を鷲掴んで寄越す渡し方に、剣の鞘を握る手が震えた。

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