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第二十四話:内容証明郵便

 クィトラ族長に睨まれると、戦場に出るよりもよっぽど墓に片足を入れている気分になれた。


 フルル・クィトラの三白眼は微動だにしない。俺がほんの少しでも逃げ出す素振りを見せれば、矢を叩き込むつもりだ。十本だろうが百本だろうが。


「証拠。我々がクィトラ派を害さない証拠ですか」

「そうだ。悪意が無い根拠。速やかに言え」


 そんなのあるわけ無いだろ。無いことの証明は難しい。


 しかも、本当に悪意があるんだから困った。どんなに普段の頭の回転が鈍い俺でも、壁際に追い詰められたら思考が回る。一つ指摘をすることにした。


「では、族長の懸念を確認したい」

「ム」

「我らミッドランドの製品。特に食料品がクィトラの飯事情を独占した場合、容易に胃袋を飢え乾かせる」

「そうだ。貴様はそれを狙っていると、どこもかしこもその話題で持ちきりだ」


 よし。族長は交易網を張り巡らせる本当の狙いにまでは気づいていない。


 確かに食料を握れるのは大きい。が、本当の狙いは、騎馬民族たる全西兀に『定住したほうが得だ』と思わせて足に根を張らせること。そうして騎馬民族の長所を、地政学レベルで潰す。


 そこまでは気づいていない。ならば、解答はある。


「では食料供給量を予め制限するべきです」

「何」

「西兀の食糧事情を考えると、家畜を育てる年間サイクルから……そうですね。現状の総量の三割程度をミッドランドからお送りするのが良い。それ以上は過剰です」

「確かに。季節によっては助かる」

「そうでしょう」

「だが!」


 当然、そんな後付の提案でクィトラ族長は納得しなかった。


 俺が同じ立場だとしても怪しんだだろう。なにせたった今、族長たちが駆けつけてくる数分で思いついた数字だ。何一つ裏付けとなる理屈がない。


 薄っぺらい口約束だと、猜疑心の強いクィトラ族は判断する。


「だが、そんなもの後からいくらでも言える。証拠! 証拠だ、三津谷」

「ふーむ」

「噂が増えたのは本当に貴様が悪巧みをしていたからではないか! と、私の部下たちはとても心配している」


 ぎりりっ


 と複合弓の弦が鳴る。


 さすが、戦闘民族。百戦錬磨だ。会話の隙に、すでに斜め後方まで数人回り込んでいる。


 警戒態勢を取る第七軍団の兵士たちを制し、俺は証拠を突きつけた。正確には今から出来上がる証拠を指した。


「おかしいですね」

「何だと」

「今申し上げたことは、すでに族長あての手紙でお伝えしたはず」

「……!?」

「そちらの副官さんに、今朝お送りしましたが」

「なんだと。おい、どうなっている」


 ぎろりと、フルル・クィトラは自分の副官を睨みつけた。


 今度は俺ではなく彼が震え上がる番だった。族長に伝えるべき重大案件を、自分のところで留めてしまっている。しかも思い当たるフシがない。


「えぁ……え?! た、確かに書面を受け取ったが……あれは、街道工事の定時連絡しかなかったのでは? た、大した要件ではないので、族長には申し上げなかったが」

「ええ? 一枚目の裏面に書いたでしょう。あっ、そうか……羊が潤沢なクィトラ殿は、羊皮紙の裏なんて使わないのですか」


 慌てる副官。しまったな、と自分の頬を叩く俺。


 その副官とこちらを、族長は睨み回す。そして恐縮している自分の部下から、紙をひったくった。


「表は……街道の工事は順調。ふむ。ふむ。確かに、些細な内容のようだ。裏は――」


 ひらりとひっくり返される瞬間を、俺は確かに目にした。よし、()()()()()()()()()。ギリギリ間に合った。


「『クィトラ・ミッドランド間の食料供給について フルル・クィトラ族長


 我々の小麦や米をお買い上げいただける旨、感謝申し上げる。』


云々……『ただし、私の出身世界の経験を申し上げると、過度な食料元の依存は国の存亡を握られる恐れあり。ミッドランド中央から遠ざけられた私は、西兀の方々が不当に迫害されるより、両者の繁栄を仲介するほうが個人的に旨味は大きい。どうか、ここは全体の消費量の三割程度に留めおくのがよろしいかと。返答をお待ちする。三津谷』


 ……『追伸。何卒この件はご内密に。ミッドランド女王に知られると、私の首が飛んでしまう故』」


「はい。申し上げた通りです」

「も、申し訳ありません、族長!」

「定時連絡の文に混同したのが良くなかった。羊皮紙をコマゴマとケチ臭く使う我らの習性。偉大なるクィトラ氏族には奇妙に映る部外者の習性でしょう。どうかお許しを」

「……。むう」


 『墨使い』のスキル。


 煙幕を張ったり、イカスミパスタだけ上達したりと攻撃的な使い方は難しいこのスキル。


 だが、本質は書類の改ざんだ。契約書、手紙、メモ、スケジュール、軍略地図。ありとあらゆる書面のインクを、相手に渡してから動かせる。


 自分が疑う前に弁明の手紙が届いていた。これほど族長の心情を動かす根拠はないだろう。


「どうやら……早まった疑いをしたようだ」

「分かっていただけたなら嬉しい。ありがとうございます」

「失礼した」


 居丈高に振る舞う西兀の、しかも族長がコクリと会釈をした。


 ミッドランドの日常生活では、「お、久しぶり」くらいのときに使う会釈。だが彼らの外交の場ではこれは陳謝に相当する。分かりにくいわ。せめて馬から降りないのか。


 しかも西兀の特性として、謝らせたらそれはそれで何か(見た目上は)譲歩してみせないと不機嫌になる。ややこしいわ。


「我らミッドランドにも反省点はある」

「ム、そうかね」

「クィトラ氏族やそれに連合する方々の地へ、性急に入り込みすぎました。それも、建築・工作の名目で軍勢を。これでは反応が過敏になるのも仕方がない」

「……ふうむ」

「まずは常備軍の大半を引き上げ、現地人を十分な賃金で雇い敷設を進める。労賃はもちろん我らの国庫で。さらに、交易品の品目の輸入量を試算してきます」


 そうすれば他の氏族を刺激しないでしょう、と提案した。


 族長は取り巻きたちの反応を確認。ミッドランドの少将から譲歩を引き出した。これならば自分の権威が傷つかないとみて、了承した。


「いいだろう。一度引き上げてもらったほうが、こちらも助かる。無害な労役夫に変えてもらいたい」

「承知。()()()()()()()()()()。街道敷設のスケジュールは……族長はどうお考えか」

「ムウ。やはり、経済的な利点も大きい。この手紙の表の――」


 ひらりとフルル・クィトラは手持ちの紙を再びひっくり返した。あんまりマジマジとは見ないでほしいな。『墨使い』の改ざんの結果。各文字が細く、しかも一部薄くなっているのでな。


「表の敷設スケジュールで問題ない」

「承知しました」

「引き続きよろしく頼む」

「ええ、引き続き」


 そう言ってフルル・クィトラは引き上げていった。


 あ、あ、危ねええええええええ。マジで危ない。死ぬかと思った。


 やめろ。戦場以外でいきなり殺してくるのは。はえー疲れた。一生分頭使った気がする。堪えていた脂汗がドッと吹き出す。


 が、それどころじゃない。


「第七の諸君」

「少佐殿! お疲れっした!」

「すげえ、俺少佐殿のこと舐めてたわ」

「わかる。ちゃんと渉外とか出来たんですね」

「マジで頼りない転移人のガキだと思って誠にごめんなさい!」


 全然舐め方が抜けてねえぞこの部下ども。


 と、突っ込みたいが我慢。それよりもやることがある。ワイワイ騒ぐ兵卒たちの一団から、一人だけ引き連れて少し離れる。内密の話だ。


「コリン・タルボット、ちょっとこちらへ」

「ほい?」

「君は優秀な士官候補生だったね」

「ウス! アリシア・ミッドランド女王陛下のために頑張る所存です! あ、でも少佐殿のこともちょっとは見直したんで! マジで!」

「よろしい。君を臨時の尉官にする。今から准尉だ」

「はえ?」


 タルボット新任准尉はスパイではない。表情を見ればわかる。それに、スパイならば先程のようにミッドランドの作戦を雑に言いふらしたりはしない。もっと丁寧に、理路整然とやる。それも将校の俺がいない場所で。


 今は信用できる人手がほしい。


「あの、少佐殿。まずいっすよ。完全な戦時下じゃない場合は、そんなホイホイと任命する権限が――」

「よく見ろ。私は少将だ」

「んん? あれ、階級章がなんか一本線が多い。……んん?! あれ!? 少佐殿って少将閣下だったんスで、いらっしゃいますか?!」

「俺は同じことを何回も何回も君たちに言ったよ……」


 了承させたのがようやく一人目だ。西兀族長を説得するよりも大変ってどういうことだよオイ。


「で、タルボット准尉」

「は、はっ!」

「速やかにミッドランド軍勢を長壁まで引き上げる。手を貸し給え」

「は! ……え、引き上げちゃうんス――てしまわれ遊ばすのですか?」

「口調は普通でいいよ……。君はミッドランドが食糧事情を握ろうとしている、と誰に聞いた」

「うう、ム。噂でうろ覚えなんで……」

「そう! 噂が流布されている。ミッドランド勢とクィトラ派を離間させる噂だ。そんな物を流すのは誰?」

「……もしかして、ヤァマタ帝国?」

「そう。で、そんな噂を流した後は?」

「……? んん?」


 ま、新任ならこれから軍略を覚えてもらえばいい。センスゼロの俺でもこのくらいは読めるようになるからな。


「離間させたら、軍勢で轢き潰す。各個撃破の的だ。ヤァマタ帝国の大攻勢がくるぞ」

「!」

「東に行ったところにユナダ少尉の班がある。彼に伝達。全軍引き上げ。私はルクセンフルト少尉のところへ行く。頼りにしているぞ、タルボット准尉」

「了解!」


 さすが。女王陛下の軍。


 普段はヘラヘラと上官をからかっていても、ミッドランド常備軍は質がいい。味方が置かれた状況と自分の使命、全て察してタルボットは駆けていった。


 そんな彼らを敵地で無駄に損耗させるわけには行かない。


 全軍引き上げ。そしてこの温存が、後々効いてくるだろうことも俺は分かっていた。

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