第二十三話:推定有罪
異世界の、しかも異大陸にてやることは石運び。
魔法と智謀がうずまくハイファンタジーをやりたいのになあ。また力仕事だ。
「トリバレイに帰りてぇ~~~~」
「ちょっと少佐殿、サボんないでくださいよぉ」
「ウチの班、また遅れてるっすよ」
「ルクセンフルトさんのところは来週分の予定まで完了させたって」
「はああああ~~~~」
石畳街道用に使う石材の山に、腕を乗せてうなだれる。暑いしやってらんないわ。
とも言っていられない。部下たちに示しがつかないし、工事の遅れは他に動員している氏族にとっても不愉快に映る。それでもこんな地の果てまできて、また土木作業か。
もはや慣れ過ぎて普請が特技になっている。
「君たちも貧乏くじ引いたなあ、第七の諸君」
「いいっすよ。手当が増えるみたいですし」
「俺も嫁さんにヴァルマーのアクセサリー買うことにしたっす」
「宝石もいいけど、ヴァルマーは金属細工が最高だよな」
「少佐はご存じないでしょうけど、ウチらの上司の辺境伯サマって気前が良いんすよ」
「きっと貴族のボンボンだから金銭感覚が甘いのさ」
「違いない」
「……ははは……ありがたいことで、辺境伯さま……」
いまいち部下たちに施した遠征・敵地での建築手当の効果が感じられない……。
配下のモチベーションが高いのは良いけどさ。未だに三津谷少佐とトリバレイ自治領辺境伯は別人である、ということが一般兵の間での常識だ。
この前なんてギディオン・ギラン中佐にタメ口利いたのを叱られたからな。階級章と職制表は確認したまえ、諸君。
「しっかし、いいんですかね少佐殿」
「ん?」
「ここって一応西兀の奴らの土地でしょ?」
「クィトラ派は割とこっち側の勢力とは言え」
「俺らミッドランド人がわざわざ土地開発みたいなことをして大丈夫ですか?」
「敵の手助けじゃないっすか」
俺たちがやっているのは街道の敷設・舗装だ。西兀地方における流通の強化。今までは騎馬軍団が縦横無尽にかけていたこのステップ気候の土地に、強引に道を敷く。
「確かに向こうにとって良いことばかりだろうね。ミッドランドのお金と人手で、勝手にインフラ整備してくれるんだから」
「そっすよ」
「見返りに金貨とか貰えるんです?」
「協力費の名目で金は集めているよ。でもあんまり割に合わないね」
「ええええー」
「マジっすか」
だがこちらにも利点はある。今まで食糧を他者から奪うことに依存し、農耕技術に劣る西兀。彼らは高原地帯を移動し続けることで、家畜を育てて食料を確保する。
つまり滞陣しての食料自給率に不安がある。バルトリンデ産の米を大量に流入させれば、西兀、特にクィトラ派の胃袋は手のひらの中だ。銀貨を主要貨幣にしているので、ヴァルマー製の銀で経済も掌握できる。ミッドランドの大軍勢をいつでも引き込める。
それに何より。
うろちょろと定住地もなく動く西兀どもは、これで街道沿いのどこかに釘付けだ。彼らの流通インフラを俺達の手で整備するのは、これだけの利点がある。
そのためにここ最近はただひたすらに石を敷いた。クィトラ派が滞陣する高原地帯には、急ピッチで流通網が組み上げられている。いずれはクィトラ派以外の西兀も傘下に加え、最大派閥のヤァマタ帝国とやらと潰しあわせよう。
とまあ、ここまで自分の思惑を公開するわけにはいかん。彼ら第七軍団の兵士のことは信じている。けれど、やはり軍隊の特性上どこにスパイが居るかわからないからな。
だから俺は態度を濁しつつ、聞こえの良いことを言うだけにとどめた。
「ま、これでミッドランド製品を買ってもらえたら嬉しいだろ」
「あ、そっか」
「商品買ってくれりゃあ儲かりますね」
「ウチの実家が作ってる稲とかも買ってくれるかもなあ」
「そゆこと」
力作業というのは、目的を聞かされたほうが捗るのかも知れない。全員先程よりもモチベーションが上がっている。
兵たちを納得させて石畳作りに戻らせようとしたところで、一人の兵士が声を上げた。
コリン・タルボットという、新品の銅線のように鮮やかな赤髪の兵士だった。
「んー、分かっていないっすねえ少佐殿」
「へ?」
タルボットは若くてもよく訓練を積んでいる頼れる男。ただ、尉官や何かの臨時部隊長をするほどでもない普通の男子。今の所准尉の候補の一人っていうレベル。
そんな彼が得意げに、「相変わらず三津谷少佐殿は情報が遅い」と指を振って教えてくれた。
「ここで交通網を整備して、米や武器をガンガン西兀の奴らに売ればどうなると思います?」
「えー、どうなるんだ?」
「もっと儲かる?」
「分かんねえけど、そのほうが良いのか?」
「皆も分かっていなかったのか。実は……西兀の奴らの兵站を俺たちが握れるのさ」
数拍考え込んだ一同だったが、タルボットが指摘するリターンに気づいたらしい。
おおお! と他の兵から歓声が上がった。
「そうすりゃ戦わず、自動的に勝ちじゃねえか」
「考えたな、辺境伯様も」
「さすがはミッドランドの新星だ」
「少佐も見習わないとダメっすよ」
「そーそー。上に立つなら、大局的に物を見なきゃ」
皆頷いて彼の講義に耳を傾けている。俺は……俺は一言も発せなかった。
背筋が凍る。確かに。確かにそうさ。
ミッドランド大陸およびミシュラ地方の潤沢な物資を背景にすれば、クィトラ派の兵站の喉元を握れる。あの強力な騎馬民族の、しかも上から二番目の勢力を。何も血を流さずに掌握できる。そのために今はヒーコラ言って石を運んでんだろう。
だが、だがしかし。
日差しがきついのに冷や汗が落ちる。衝撃による絶句からどうにか回復した俺は、自慢気に知識を披露する兵士の言葉を遮った。
「タルボット、どこでそれを聞いた?」
「はい? 何スか少佐。ちょっと今良いところなんで――」
「どこで聞いた。その……兵站を握るというやつ」
「へ? え。ええっと……や、すんません。実はこれ受け売りなんです……。ええっと、隣の班の奴らが噂しているのをたまたま聞いて」
「ぐ……!」
この策略の特性上、西兀にはもちろん詳細を話していない。知っているのはミッドランド側の将校だけ。なのに情報が漏れている。一兵卒にすらじわりと知れ渡っている。
戦場もしくはそれに準ずる敵地で、司令部の考えている作戦が漏れるなんて全体の死につながる。
誰だ、機密を漏らすやつは。ルクセンフルトやユナダが裏切りを……? いや。まさか。
可能性はもう一つある。西兀たちが自分で気づいた場合。彼らたちは決して野蛮なだけの集団じゃない。そのことは族長たちの会合に出席して分かった。俺の経済的な浸透作戦に気づいてもおかしくはない。
だが。だが、ともう一つここで逆説が付く。
クィトラ派が俺の策に気づいたとして、ミッドランドの兵卒にそのことを言いふらす理由がない。西兀クィトラ派ではない。
つまりこの情報を広めているのは、広めて得をする唯一の陣営は――もうひとつの西兀。
「お、クィトラの奴らだ」
「本当だ。あっちす、少佐殿」
タルボットたちが指差した丘。
その向こうから、フルル・クィトラ族長の上半身が少しずつ見えてくるところだった。彼や取り巻きが馬でかけてくる。
エルフ流の弓術を応用し、背中に担いだ弓の弦をつまむ。軽く引くと視界がクリアに、そして遠距離に焦点があって見えた。チ、あの表情。怒っているな。
「……全員、警戒しろ」
「は? き、急に怖い顔してどうしたんスか少佐」
「さっきの話題。クィトラ派にとってみれば不快なものだ。対決姿勢になるかも知れない」
「あ、そっか」
「ただし睨んだり武器をとったりはしないように。あくまで友好国だ、今のところは。対応は私が直にする」
ええい、相変わらず西兀の馬は速いな。到着まで一分もない。
どうにか考えをまとめ、微笑みを取り繕ってフルル・クィトラ族長を迎える。
「こんにちは、族長。今日も暑いですね」
「……ふん。街道の敷設、遅れてはいないようだな」
「ええ、どうにか。目標の納期には間に合わせます」
「一つ、気がかりなことがある」
「おや」
「市井に広まる噂だ。ミッドランドは街道の敷設によって交易ルートを確保し、我らクィトラ派の経済を握ろうとしている」
「そんな、そんな。ただの噂で――」
ピシュン
と矢じりが頬を掠めた。
族長の隣にいる武人。フルル・クィトラが側近として使う一人だ。その男が馬上のまま、有無を言わさぬ速度で矢を放った。
「我が氏族の、部外者への基本方針を伝えておこう」
「……ひ」
「疑わしきは殺す。敵対意志がない証拠を出せ、三津谷」
笑顔のために釣り上げた口角へ、掠め傷から血が垂れる。
推定無罪の原則はフルル・クィトラたちには少々文明的すぎる概念のようだった。