第二十二話:地図読みの天敵
西兀地方での活動は困難を極めた。
慣れない気候だとか、魔力漏れる土地だとか、本拠地トリバレイから遠いとか。色々理由はある。が、もっとも重要なのは権限の薄さだ。
ミッドランド大陸ではミッドランド(代表:アリシア・ミッドランド)、トリバレイ(代表:城ヶ辻綾子)、エルフ(代表:シグネ)、バルトリンデ(代表:ロザリンデ・バルトリンデ)、セントロ(代表:各貴族家)と婚姻関係を結び、強力な連合国制度が確立している。人口も面積も財力も、すべての面で他国を上回る連合国家が完成した。
大陸を統一して移ってきたこちらでも、ミシュラ地方では各国と宗主・従属の関係を結んだ。まだ日が浅いが、経済的な利点もありかなり円滑に話が進む。
が、西兀ではそうもいかない。
「トリバレイ殿はどうお考えか」
と発言を促されてようやく意見を言える。クィトラ族やそれと関係の深い氏族の会合は合議制なのだ。これまでの異世界の戦歴のように、『思い立ったら実行』が出来ない。
なにせ俺が率いているミッドランド軍人は千人程度。第七・第五軍団の常備兵四万と比べるといかにも少ない。根拠地から補給経路が長すぎるのだ。
あとはミシュラ地方や西兀地方で募った傭兵千で、合わせて二千。俺の器には大きすぎる軍勢だが、この場ではいかにも少なく。舐められてもさもありなん。着席して何十分もたって、ようやく発言を許された。
「トリバレイの三津谷が申し上げる。戦機は熟しつつあると思いますね」
「左様」
「ごもっとも。クィトラ派の士気は高い」
「だが向こうのほうが兵数は上だ」
「うーむ」
「その通り。性急に開戦を促されても困るぞ」
「然り」
「トリバレイ殿は加入して日が浅く、奴らの戦力を承知していない」
「奴らは巨象やらを飼いならし、率いている。単純な数の比較は出来ん」
「否。彼が言いたいのは――」
「だが――」
結局どっちだ。俺は賛成されているのか、反対されているのか。こんな調子でずっと喋っている。広めのテントの中で大の大人が、何人も雁首揃えてずーーっと。
西兀は戦場に出れば勇猛な集団。だけれど氏族の首脳同士の会合では実に理性的な側面を見せた。そうでなければ国や氏族の運営など出来ないのだから当然だが。ちょっと意外。
蛮族ってもっと占星術とかで決めていると思っていたよ。
「三津谷よ。余はもう眠い」
「夜遅くまで付き合わせて悪いね、次郎三郎。こりゃもうちょっとかかりそうだ。今日は先に休んでくれ」
「むう、今宵は卿の肩で寝るつもりだったのだが……」
白蛇の相棒が不満そうにとぐろを巻く。護衛のために付き添って貰ったのだが、まぶたが重そうだ。いつも赤い眼をますます赤くしている。
ユナダ・サンスイも後ろに控えているし休んでもらおう。だからユナダ、お前は寝ちゃだめだぞ。退屈だからってこっくりこっくりしやがって。
「次郎三郎、肩で休んでいいよ」
「だがな。人間どもに、こうもそばで喚かれては寝るに寝付けぬ」
「今日も会議長いよなあ」
正直、めっちゃ長いので飽きる。
小声で蛇とおしゃべりしていたほうがマシだ。よしよしと労いながら、軽く次郎三郎の頭を掻く。鱗のこそばゆい感じが気分いいのか、俺の指に巻き付いてきた。
「毎晩毎晩。人間どもは飽きもせずよく続くものだ」
「せやな」
「もそっと呵成に決められないのかね。実力不足かのう」
「いや、反対だよ。各員の実力がありすぎるのさ」
「ほう」
「クィトラ派の中心人物はフルル・クィトラ族長。とはいえ、取り巻きの勢力もそれぞれ相当なものだ」
仮にバトルロワイヤル形式で対決したら、どの氏族にも勝ち抜きのチャンスは有る。どいつもこいつも強い私兵を持つ。合集や分裂にこの土地なりの紆余曲折があったのだろう。
「その拮抗状態がかえって枷になっている。誰かが反対すると、その意向を反映せざるを得ない。対抗するヤァマタは皇帝の下に結束が固い。中途半端に取り巻きが力を持っているよりも、集団としての動きはいいだろうね」
「相変わらず、人間は名前が多くて覚えられぬ」
「おう」
「余が直々に命ず。もっと分かりやすくせよ」
「はい」
「三津谷も長いし言いにくい」
「すんません」
「卿の下の名前なんだったか」
「葉介です」
「ミツっ……と躓いてみせたかと思えば、ヨースと伸びよる。おお、ややこしや」
とぐろを巻きながら全身を伸ばすが如し、と蛇なりの比喩で白蛇は叱りつけた。ちょっと何言ってるかわかんない。
わかんないけど、俺も最近似たような、悩みを抱えているよ。西兀の奴らってもう……固有名詞が発音しにくくて、しにくくて。ヤァマタ帝国というのはクィトラ派と対決姿勢にある西兀の一つ。俺たちミシュラ地方が保有している長壁に押し寄せてきたのは、ヤァマタの奴らだ。
正確に発音するのは難しいが。イェヤァ~~ンマトァ、って感じ。
彼らの先鋒を打ち破ったことで、クィトラ派に接近できた。つまりこの会合は俺にとって敵の敵。後は双方が潰し合ってくれればありがたいのだが。ね、わけわからん名前で分かりにくい。
(こっち陣営のほうが数と組織力でやや劣るか)
会合の流れを読み、俺はそう結論づけた。
彼らはヤァマタという強力な勢力へ対抗するために集まっている。かつては源流を同じくしていた騎馬民族。だが、相続の争乱などで袂を分かって久しい。いわば傍流だ。
「ならば、味方につくほうを間違えているのではないかね。三津谷よ。弱い方についてどうする」
「いや。策略をもって取り入るのは、上から二番目のほうがいいのさ」
「ほう」
「御しやすいし恩を売りやすい。いざとなれば裏切ってナンバーワンの方についても良い」
「卿も悪巧みが堂に入ってきた」
切り崩すならナンバーツーから。トップは保守に傾きやすく、下層は実力が足りない。現状を変えるなら二番目に接近すべし。椿先輩の助言メモにもそう書いてある。
さて、そろそろ会合も煮詰まってきた。もう一つ、アドバイスを実行するときだ。俺は右手のひらを頭の位置まで掲げ、発言権を要求する。
「発言、よろしいでしょうか」
「おお、トリバレイ殿」
「どうぞ。なにかヤァマタの奴らを叩き潰す案でも」
「ここは内政に力を入れてはいかがか」
「「!」」
主導権を握りたければ、多数がやりたいと心のなかで思っていることを一歩だけ先に発言すべし。早すぎては出る杭を打たれる。時期尚早だと否決され、廃案になる恐れもある。遅きに失すれば、主導ではなく単なる主流派。
主導の実績を積み上げる。これでまずはこの氏族での立場を作る。
「無論、クィトラ派の武名を軽んじる提言ではありません。が、現状は名だけで奴らと対抗するのが難しいのも事実。ここは力を蓄えるのも一手」
「……うむ」
「よろしいのでは」
「具体案は」
これが政治なのだと、俺は今更ながらに理解した。
異世界に来てようやくだ。元の世界では知らなかった。どんなに理知的な発言もタイミングを間違えば凡な案。各人が言って欲しいことを、少しだけ先読みするのが肝心だ。
「ミッドランド国との物流を強化する。武器や財源、軍勢を融通し合います」
「ほう」
「噂のミッドランドの大常備軍か」
「各軍二万が七つもあるとか。悪くない」
「お詳しい。ミシュラ地方までは海運や水運を整備済みです。運送コストは微小」
「確かにミッドランドやミシュラは船が得意だ。だがミシュラからここまでは……」
「その通り。この地は主に”乾燥地帯”。通年の水運が使えません。陸路で運ぶ」
クィトラ派の族長たちは顔を見合わせた。「そんなの馬で勝手に運べばよかろう」と、発言せずとも顔に書いてある。
彼らにとって、陸路運送とはむき出しの土や砂漠、そして高原を進むもの。というか交易品とか欲しかったら自分たちで分捕って帰る。もうちょっと文明的な振る舞いをしてほしいものだ。
こいつら家をぱぱっと動かしたりするから怖い。敵対勢力の苛烈な攻めに対応するため、強固な城壁を築いたフルル・クィトラはむしろ少数派だ。
「街道整備。恐れながら、ミッドランドはこの一点で西兀の方々を上回る」
頑丈な道を作れば大規模な輸送ができる。道中に宿泊設備を作れば流通の疲労・危険も抑えられる。厩を整備すれば馬の交換も円滑に。俺の提案は熱心に、そして新鮮そうに聞かれた。
予め温めてきた案だ。理路整然と説明できる。メリットはわかりやすく、大きく見える。そして――
「トリバレイ殿を、クィトラ派の経済対策担当に任ずる」
「ありがとうございます」
フルル・クィトラ族長の発言と多数の賛成を持って、俺の案は承認された。そうとも。まずは何より流通の確保。そしてもう一つ、腹の底に抱えていた懸念が解消できるのだ。
(俺の『地図読み』と、こいつら西兀の定住しない特性は……相性が悪すぎる)
まずは交易網を持って、こいつらを地図に縛り付ける。
微笑みのヴェールで隠した野心は、騎馬民族特有のテントに満ちる拍手で賛同を得た。