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第二十一話:クィトラ氏族

 田畑はないのに生贄の祭壇はある。


 はぁーオラこんな村嫌だ。オラこんな村嫌だ。そんな感想を抱いた集落だった。


「クィトラへようこそ。三津谷殿」

「歓待いただきありがとうございます、クィトラの長よ」


 西兀式の礼をした俺に、クィトラ族長フルル・クィトラはミッドランド式で返礼した。


 やるな。情報収集で力の差を見せつけようとしたが、意趣返しをされた恰好だ。こちらのことをよく調べている。


(軽視してくれたほうが、やりやすかったんだけどな……)


 先方も油断していない。蛮族と舐めてかかると痛い目を見る。取り巻きの男どもが半裸で、血の色みたいな化粧をしているのは意味分かんないけど。族長は頬を覆う仮面を付けて睨みつけてくるの怖すぎるけど。


 一応言葉が通じる文明とカウントしておこう。辛うじてだぞ。


「先日の長壁の戦いでは、あの忌々しい三人組を討ち取ったとか。お祝い申し上げる」

「ありがとうございます」

「素晴らしい戦術指揮だ。それに噂だが。三津谷殿が弓を取られ、直接討ち果たしたとは本当かな」

「はい」

「ほほう。豪胆な」


 ざわざわと感心の声が取り巻きから上がる。よし。初対面は順調だ。俺はここに来る前に寄ったミシュラの町で、妻たちに受けたアドバイスを思い出す。


…………

……


「西兀との交渉が不安?」

「そうなんです……何かいいアイデアないですか? 佑香さん」

「もー、相っ変わらず頼りないんだから。交渉なんてガツンと言えばいいのよガツンと」


 午後三時の茶会の席。ミシュラ国自慢の庭園に備えられた丸テーブルで、そういってふんぞり返るのは姫野佑香。


 トリバレイ経済の中心人物で、『姫野商会』のトップだ。トリバレイの金備蓄・流通を一手に引き受ける人物で、ヴァルマー金鉱山の視察に訪れていた。


 その迫力から猛獣の毛並みと形容したくなる、手入れの込んだ明るめの茶髪。元の世界から持ち込んだ化粧品なんて枯渇しているはずなのに、バッチリ決めた濃いめのアイラインも健在だ。すっぴんのほうが可愛いと思うんだけどな。ご主人さまもとい佑香がつやつやとムダ毛一つない御御足を放り出してきたので、思わず俺はふくらはぎを受け止めて揉み始める。


「聞けば、こっから西は男がのさばっているらしいじゃない」

「う、うん。どうにも女性軽視の傾向が強いね」

「ふん、下らない価値観。……そうなると、葉介。あんたのお得意の交渉術は使えないっしょ。権力者の大半が男なんだから」

「俺の得意のって?」

「……わかんないの?」

「なんだろ」

「……だから。ほら。私にしたみたいな」

「?」

「チッ。し、白々しいし」


 つん、と佑香は顔を背けてしまった。そんな佑香を、美島椿先輩がくすくすと笑ってから解説してくれた。またこっちの大陸に滞在者が増えてる。


 お嫁様に毎日拝謁できるのはありがたいけれどさ。最近の君たちって、魔法の上手さでゴリ押しして本当に気軽にこっちの大陸に来るよね。


「葉介さん。佑香ちゃんが言いたいのはですね――」

「んん?」

「私達のときみたいに、格好良ーく手助けして、心底ベタ惚れさせて、協力を要請するのは難しいということです。西兀は男性主義のようですから、交渉相手も男性でしょう?」

「ああ、そういうこと」

「ち、違う。勘違いしないで頂戴」


 言い訳する佑香が可愛すぎるので、敬々しく彼女の足の甲を掲げて口づけした。すると椿も羨ましそうにしていたので、彼女にも同じようにした。


 こうしていると、愛しい彼女たちの守護者としてのモチベーションが湧き湧きするのである。佑香や椿みたいな魅力的な女性の足の裏に居ると、仕事がたいへん捗る。


「と、とにかく! 違うから」

「佑香ちゃん。素直になったほうが今晩楽しいと思いますよ。明日には葉介さん出立しますから、夜は今夜しか――」

「とにかく! ……タフなネゴシエーションは第一印象が大事。ガツンとかましなさい。私の旦那なら、舐められるんじゃないわよ」

「了解」


 さすが元の世界では海運大手の娘。文化が違う相手とばかり渡り合ってきた家風か。参考にしょう。ガツンと、ガツンとね。佑香の言葉を一字一句逃さずメモして聖典としていると、椿の方もアドバイスをくれた。


「それともう一つ」

「はい」

「交渉事には存在感が何より大切です」

「ふむふむ」

「そして存在感に必要なのは?」

「うーん……実績とか肩書」

「惜しい」


 カップを置くときに、微かにも音がたたない。陶器同士を触れ合わせたというのに。


 椿は普段はほんわかと優しい先輩なのに、時折底知れなさを見せる女性だ。こっちもこっちで化け物みたいな実家なんだよなあ。美島椿は京都出身。あの妖怪と人間の比率が百:ゼロの古都で茶道の……なんだっけ。家元? とかいう御大層な肩書の家の出だ。


 あんまり上流の話をするのはやめろ。下流パンピーには流れが早すぎて理解できないだろ。


「存在感を生むのは実働ではなく主導」

「……主導……」

「誰が実際に働いたかなど、周りは気にしません。誰がその流れを主導したか。その流れのきっかけをお作りください」

「了解しました!」

「なんか椿のときだけ聞き分けよくない?」

「あら、佑香ちゃんのときのほうが熱心に聞いていたと思うけど……」


 くにくにと二人の愉快そうな女性に後頭部を踏まれながら、俺はバッチリとメモを完了したのであった。えらい!


……

…………


 という二人の助言。


 まずは一つ目を成功しつつある。


 弓術は自分の才覚じゃない。だがそんなことはおくびにも出さずに胸を張る。第一印象は堂々と。満足していた俺だったが、クィトラ族長からいきなり冷水を浴びせられた。


 彼にそのつもりはなかったのかも知れないが。厄介な注文を受けた。


「ぜひ一度、その弓の腕前を拝見したいものだ」

「げ……」

「どれ、的を作らせよう。いいかな。三津谷殿」

「もちろん」

「待て、三津谷」


 護衛のユナダが心配そうにささやく。


「なんだい」

「また倒れるつもりか。このクィトラ高原地帯でも、やはり魔力の消沈は確認されておる」

「大丈夫。あの気の遠くなる感じは一回経験したし、いざとなったら君が支えてくれる」

「……そうかい。だが無茶だと思ったら止めるぞ」


 頼りにしてるぜ相棒。ユナダに剣や装備を預け、俺は会合の場から数歩離れて左を睨んだ。


 族長が作らせた三つの的は距離にして二百メートル。なるほど、距離まで一致とは随分詳しく戦局をご存知のようだ。


 弓を構え、弦を引く。


 スゥッと血の気が引いていくのが分かった。そうか。改めてやってみて分かったぞ。エルフ流の弓術の集中力には、これほどの気迫を必要とするのか。俺の魔力容量だとあっという間にすっからかんになるわけだ。


 ラーニングスキルが導くままに手を離すと、


 かこん


 と的のど真ん中に矢が命中した。見物人が一斉に湧く。


「おお……!」

「当てた! 本当に当てたぞ!」

「この腕前、族長以上の――」

「二射目、いきます」


 やはり体力がすり減る。不自然にならない程度に呼吸を整え、もう一射。


 ぱきっ


 と先ほどとは違う音色の的中音が上がる。


 クィトラ族長が用意した三つ目の的。そのうち二つ目に当たった音ではない。一本目の矢の筈(後ろの部分)に的中した。


 エルフ流・継ぎ矢三連。


 一矢目で目標に刺し、追いかけた二矢目でさらに食い込ませ、三矢目に充填した魔力を先端まで流し込んで炸裂させる。三矢目。


 バカン!


 と音を立てて的が砕け散った。炸薬入りの弾丸のようなものだ。どんなに頑強な獣だろうと、エルフたちはこれで皮膚を射抜き、内蔵を砕き割いてきた。


 大歓声が湧くなか、冷や汗をかいたフルル・クィトラが尋ねる。


「素晴らしい」

「ありがとうございます、長よ」

「弓では三津谷殿がミッドランド大陸一の腕前か」

「いえ。弓術の師がおります。彼ら彼女らは深い神秘の森の奥に暮らしますので、広くは知られていません。私の腕前はそうですね……上から一万番目といったところでしょうか」


 ユナダがさり気なく渡してきた長剣を杖代わりに、なんとか倒れ込まずに虚勢を張る。何回でも射てるぞ射てるぞ射てるぞ本当だぞ。


 いざというときは氏族を三津谷の弓矢で助けることを条件に、クィトラ族が協力を申し出てきたのは間もなくのことであった。

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