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第十九話:西兀と魔力焦がし

 西方諸国大陸ミシュラ地方の、更に西には砂漠や乾燥、または高原地帯が広がっている。


 豊かで人口が多いミシュラ地方に比べ、集落はまばらだ。


 ずうっと西へ進むと高く長い石壁がある。何世紀もの因縁。西方から来る強力な異民族に対抗するために、ミシュラ地方の国々(主にカーン国)が備えた壁だ。その長壁群から救援要請が来た。


『異民族の勢いますます凄まじい』


 救援要請を受けてまずは直近のカーン国が対応し、援軍規模拡張の必要を認めた同国によってミシュラ地方全域に要請は広がった。当然、俺たちミッドランド軍も他人事ではない。


「こちらの大陸での初めての戦か」

「表情が優れないようで。不安かね、三津谷殿」

「ん。ちょっとね」


 心配そうに声をかけてくれたのはガストン・ルクセンフルト。


 尖りヒゲの騎士だ。彼が居るのは心強い。武勇に優れるが、俺の手勢で特別強力なわけではない。それでも居てくれてありがたい。その理由は――


「子飼いの将校が全然居ないのん」

「……うーむ。確かに」

「アクスラインは対魔王軍駐屯。ムラクモは海上護衛。ギランは交易品輸送。ユルゲンはセントロ地方再編。ついでに四郎はノースリッジ諸島外交にとんぼ返り、と。心血注いで整えた佐官級がだーれもいません」

「それだけトリバレイ勢の拡大が急だから仕方あるまい。貴公が転移してまだ一年足らずとは、新参者ながら意味が分からん」

「それで今日も今日とて俺が前線だ。どーなってんのマジで。頼りになる顔なじみはルクセンのおっちゃんと」

「ウム」

「ユナダと」

「おう」

「白蛇」

「zzz」


 悲しい。働けば働くだけ部下が抜けていくのどうにかしないと。


 じゃあ現地人で手を結んだメンツはどうか。それも芳しくない。


 マヤちゃんは次代の女王としてミシュラから動かせない。他の国々の王妃も荒々しい戦線とはかけ離れた存在。イーシャン・ヴァルマーも同国工房の軍需対応化で、今すぐは戦線には出てこられない。


 つら。一応安堵すべきは、ミシュラからは次兄のドルヴ・ミシュラが参戦してくれたし、各国の軍は一つ残らず協力してくれている。


「そもそも拡大路線で子飼いを連れ続けるのって無理があるんだなあ」

「まぁな。根拠地から近い順、重要な順に古参を配置する。すると最前線では現地人ばかりだ」

「そうなんだよねえ」


 俺が知っている世界最大版図はモンゴル帝国だ。草原を縦横無尽に駆け回る彼らも、拡大とともに現地人を登用しなければならなかった。


 確か元寇で日本に押し寄せたのって、ほとんどモンゴル人いない軍なんだよね。そりゃ神風吹こうが吹かまいが、侵略失敗するんじゃないかなあ。モチベーション高い張本人たちがいないんだもの。膨張の限界で崩壊したが、その辺は良くない前例として気をつけなければならないだろう。


 あ、もっとでっかい帝国あった。イギリス先輩がいるじゃないか。大英帝国万歳! でも俺に先輩くらいまで悪に落ちることは出来ないわ。いろいろ極悪人過ぎて引くわ。


「とにかく、現地人を上手く使わないといけないでしょう」

「うん。この緒戦、現地の国々との連携の大事な試金石になるだろうね」

「自信がおありかな」

「ふっ。これでも百戦錬磨なもんで」


 いい加減戦場にも慣れてきた俺は、威風堂々とルクセンフルトの言葉にうなずいた。


――


 矢が降り注ぐ。


 視界いっぱいに。思わず大きな盾を天にかざして、縮こまって叫んだ。


「わぎゃー!! ユナダー! ユナダどこだ、援護してくれー!」

「三津谷! そこにおれ。盾持っている限り大丈夫じゃ。こっちは――くうっ! 矢が多すぎて近づけん。回り込むから少し待て!」

「ミシュラの兄上殿、生きているか!」

「おう!」

「ルクセンフルトはどうか!?」

「どうにか! ですがこの矢の数は如何ともし難い。味方が釘付けにされていますぞ!」


 戦場に慣れるとか無いわ。いつだって驚きでいっぱいだ。


 馴れ合いみたいな長期戦ならいざしらず。初見の相手は自身の生存と利益をかけて全力でくる。甘く見るほうがおかしい。一生慣れそうにない。


 西兀(せいこつ)


 ミシュラ地方でそう呼ばれて恐れられる民族は、極めて巧みに馬を操り、またたく間に矢を射掛ける戦闘民族だった。戦が上手い。神速も、包囲軌道も、そして遠当ても。今まで戦ってきた中でもトップクラスに強い軍だ。


 しかもそれだけではない。それだけではないのだ厄介事は。


 俺は最初、慣れない土地による体調不良なのかと思った。手足から力が抜けていく。思わず自分の手のひらを広げて見つめたが、血色も少し薄いようだ。ジリジリとした高温気候で体力も奪われている。


「なんだこれは……本当に魔力が、焦げる?」

「ミシュラの連中が言っていたのは本当のようです!」

「魔力が巡らない。盾が貫通されるぞ!」


 部下たちも慌てている。進軍前に説明を受けていたが、実際に体感してみるとやはり驚きは抑えられない。


 長壁を越えてさらに進んだ場所。砂漠と草原の中間のような植生の地で、俺たちミッドランド軍人は違和感に気づいた。普段から体にまとっている魔力が、焦げ付き、粘性をすっかり失って崩れ落ちていく。


 魔法が死ぬ土地。直射日光が強烈なそここそが西兀たちが暮らし、そして荒らし回っている土地だった。


「三津谷殿!」

「おお……! ルクセン~……ホンマに無理。助けてくれい。逃げよう」

「しっかりされよ。このままだと全滅するぞ」

「え”!」

「分かっておらんのか。ミッドランド軍は確かに少数派だが、指揮系統の上位に座る少数派だ。ここで投げ出すと他の国々の部隊は烏合と化すぞ」

「うう。しかしどうすれば……おいどんには何が何やら」

「西兀の奴らめ、射程が長すぎる。これでは手の打ちようがない。損害覚悟でどこかを犠牲に、確実に全体を逃し――」

「お?」

「ん?」

「射程。そうか。射程ね」

「?」


 確かに軍全体で見ると、弓矢の腕は向こうが上だ。遥かに上だ。


 だがしかし、腕前のトップ同士を比べるとこちらに軍配が上がるのではないだろうかと俺は気づいた。射撃トップとは、剣が得意なユナダではない。槍が得意なルクセンフルトでもない。もうひとり居るじゃないか。


「ルクセンフルト、こちらへ」

「ヌ」

「盾の保持を任せる。防御に集中してくれ」

「何。何をするつもりか」

「狙撃は数少ない得意分野でね」


 俺だ。エルフ流弓術を学び、さらに弓道部で全国クラスの腕前を誇る美島椿先輩に師事した俺。


 まあ正確にはエルフのシグネ様とかをテイムしたときの、インチキスキル補正が大半だが。それでも弓術狙撃という観点ならば良い駒だ。


 ルクセンフルトが支えてくれる盾を傘にして、縮こまった姿勢のまま弦を引く。


「ルクセンフルト、前面の盾も任す! 指揮官を狙ってみよう」

「本気か。この距離だぞ。後方の敵指揮官はなお遠い」


 二百メートルはある。つまりエルフ流の射程内さ。椿に教えてもらった弓道の作法を、要点以外まるっとすべて無視した射撃体勢。弓を引ければ所作なんてどうでもいい。


 片膝を立て、猫のように背中を丸めて屈みながら、ルクセンフルトが支えている盾の隙間から獲物を狙う。


「ただし」

「なんだ。どうした。やるのか、やらんのか」

「敵の指揮官の場所が分からん! 教えてくれ!」

「は!?」


 すまん。ちょっと戦術のことはよく分からんので、指揮官の場所に見当がつかん。


「ミ、ミ、ミッドランド軍少将閣下ともあろう者が、戦術の初歩の初歩を――」

「プリーズ!」

「馬鹿者が。敵はほとんど横陣だが緩い鶴翼だ。恐らく中央に一人、左右の端にも一人ずつ居る」

「おっけー」


 弦引けば、視界が冴える。


 エルフの本領。視野の焦点が強烈に伸び、二百メートル先の男を捉えた。矢をつまむ手をさらに僅かに引く。


 鋭い目つきをした武人。周りよりも武装の装飾が多い。俺たちとは対照的に、慌てることなく配下に号令を飛ばすその眉間を――


 ごすん


 と音が聞こえた気がした。あんなに遠くの出来事、聞こえるはずがないのに。


 眉間を正確に撃ち抜かれた敵指揮官は、もんどり打って軍勢の中へと消える。そして二度と起き上がってこなかった。


 これが。これがエルフの弓術か。まるで手持ちのナイフで突き刺したみたいな距離感だ。


 次も当てられる。


「何だ! どうなった、当たったのか三津谷殿!」

「次」


 前掛かりになって半包囲を始めようとしていた敵右翼。その先頭の男のこめかみを、左から右へ貫通させる。加速に乗っていたので後続を数騎巻き込みながら落馬。我ながら良い集中力だ。


 周囲の音がまったく聞こえない。ルクセンフルトがなにやら喚いている。


「次」


 弓の構えを百八十度反転させて敵左翼へ。手練の敵は自らの本営の異変にすでに感づいていた。優勢を放り出して距離を取るつもりか。いい戦勘をしていやがる。


 矢を番えた自分の手が青白い気もしたが、この機は逃せない。乱れる呼吸を整え、引き、放った。と同時に視界が揺れた。


「――……?」

「――谷! 三津谷! くっ、魔力を多く使いすぎだ! ただでさえ焦がされているんだぞ!」

「あ、れ?」

「後退する! ユナダ少尉、追撃するな! 一旦引け、一旦引け!」


 エルフ流の弓術の魔力消費量は桁違いだった。ここまで連射したのは初めて。練習しておくべきだったな。


 ぶっつけ本番は何事も良くない。


 『全軍長壁まで後退』はどうにか発することが出来ただろうか。


 全身から力が抜けるがまま、俺はルクセンフルトの腕の中で気を失った。

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