第十五話:エグゼクティブ・コミュニケーション・CEO
『ミシュラ・ヴァルマー採掘』株式会社の滑り出しは順調だ。
周辺国とのツテを使い、出稼ぎ者の送り出しや採掘設備の納品前倒しを確約頂く。既存のヴァルマー国営採掘所には及ばないものの、新興企業としては異例の速度で業績を挙げている。
俺は立ち上げた同社の重役椅子にふんぞり返り、ぱしんと書類で机を叩いて声を上げた。
「採掘部長~、今週のKGIはオンスケなんだっけ~?」
「はっ、すみません。社長!」
「ン、ノンノンノン~……。エグゼ↑クティブ・コミュニケーション・CEO」
「は……ははっ。すみません。エグゼクティブ・コミュニケーション・CEO……。その、ただ今我社のKGI……つまり重要目標達成指数である採掘量は、目標に対して九十七パーセントの進捗状況。未達でありまして……」
「なんてこった。三パーセントも遅れている。ASAPでリスケしてプロジェクトのゴールを社内やステークホルダーとコンセンサスとっておかなきゃだわ」
俺は虚空に存在しないろくろを見つけ、両手で回した。
「コンセンサスゥ、大事」
「はい!」
「MTGの設定と運営は任せるんで。議事録サマってエビデンスでよろしく~」
「はっ、はい。承知いたしました……!」
「恐らく政府からこちらに渡されている地質調査データに不備がある。イーシャン王子が介入している。別ルートで正規のデータを取ってくるから少し時間を下さい」
「かしこまりました」
「ンッンー」
ぱきん
と指を鳴らして人差し指を部下に向ける。
CEOポーズ。特に意味はない。
トリバレイ自治領主にしてミッドランド軍少将、同国辺境伯。名刺が狭くなっちゃいそうな俺の肩書一覧に、もう一つ役職が追加された。
『ミシュラ・ヴァルマー採掘』エグゼ↑クティブ・コミュニケーション・CEO。
つまり代表取締役だ。やることが無さ過ぎて、虚空で架空のろくろを回すことしか暇を潰せない。時折優秀な採掘部長を呼び出して相手をしてもらう。暇すぎ。
「これはフラッシュアイディー↑アだが。ステークホルダーとは採掘量の共同目標到達についてアグリーを取れてるわけだから、シナジーを重視してリソースを振り分けるのはどうかな?」
「ヴァルマー政府との人員や設備の貸し借りですか。残念ながらこちらはどれも足りません。シナジーは取れないと思いますが……」
「んー。スケジュールがタイトだなあ。ブレストすっかあ」
「午前もやりました」
「もっかいやろ」
「だめです。皆忙しいので」
我が社の採掘部長、アジュン・アミンが首を振った。
四十代男性のベテラン採掘師で、先日の金鉱山坑道崩落事件の責任を取って解雇されていたところを我が社で拾った。迷惑かけてごめんなさい。
優秀なので全部任せているのだが、俺が提案するブレインストーミングを全くやってくれないことだけが玉に瑕だ。他は文句なし。
「アミンさんの採掘部長って肩書さぁ……。なーんかピンとこないんだよねえ」
「はぁ」
「ありきたりっていうかさあ」
「うわぁ来たよ(そうですか)」
「そうだ。部長って呼ぶのは止めて、ハイパー・メディア・クリエイト・マイニング・マネージャーにしようよ! いいアイディ↑アだ。盛り上がってきたぞお」
「エグゼCEO」
「はい」
「前職場より多く給料いただけるのには感謝しています」
「はい」
「職場環境はいいし、ご指示は的確だし、多数の採掘機材・採掘データ確保がCEOの手腕であることも理解しています。ですが今忙しいので後にして下さい」
「はい」
叱られてしまった。
それもそのはず。アミンやその他の採掘武門の人員は、一生懸命書類作業や採掘準備に走り回っている。ヴァルマー国は金が不足していて、しかも掘るたびに俺のトリバレイに吸い取られるのだから忙しくて当然だ。
ヴァルマー王、マジでそろそろ気づかないと金塊全部貰っちまうぞ。
それにしてもアミンもその他の人員(俺だけは社員ではなくクルーと呼ぶ)も本当に忙しそう。こりゃ暇そうにして居るだけで嫌われるな。社の士気を下げないよう、俺はこっそりと事務所を抜け出すことにした。
「あ。お出かけですか、社長」
「んー、ノンノンノン……」
「エグゼCEO」
「グゥッド」
「一応お耳に入れておこうかと。財務部門の部長クラスが今日も出勤しておりません。別部門ですがどうも気になって」
「おやまあ。んー、我が社は有給取得に寛容なんでね」
「でも、事業を立ち上げたばかりで株式の動向が不透明です。せめて株式周りの財務だけでもしっかり管理させないと……その、差し出がましいようですが」
「んー。有給とってどこいっちゃったんだろうねー」
「……噂では、多額の金品を握らされて政府の奴らと会っているとか……もしや――」
「採掘部長」
「はっ、はい」
「KGIの今週目標百パーセント、リスケよろしくね」
「……はい。何かお手伝いできることがあれば、ご連絡下さい」
こちらが会話を打ち切るのを見て、渋々とアミンは引き下がった。
彼がいいたいのは、イーシャン・ヴァルマー王子に警戒せよということだ。正しい。明らかにイーシャンはこちらに買収工作を仕掛けている。財務部門のメンバーを強引に抱き込むのはその前兆だ。
だが、一方でアミンは優秀な人材でもある。今は単に偶然雇われたベテラン採掘師。首を突っ込みすぎて俺と同陣営とみなされてしまうと、イーシャンに害される可能性がある。今後のことまで考えると、彼を渦中に置くのはもったいない。
そう判断した俺は、アミン採掘部長には通常業務を粛々と執り行うことを指示した。両手の指を二本ずつ曲げて、CEOポーズその二をとる。
「んっんー。何事もウィン・ウィンで行こうじゃないか、部長。採掘のことは全部君に頼むよ。他の厄介事は俺がやる」
「はい。お気をつけて」
「ユナダ~、護衛~」
「待て、三津谷」
我が社が誇るハイパー・メディア・クリエイト・ボディーガード・マネージャーであるユナダ・サンスイが、事務所の出入り扉で俺を呼び止めた。
いつもなら気だるげに柱に背中を預け、待機するのが仕事。俺が出かける際は隣について、馬鹿話をしながら市場でも冷やかしに行くのが常。
今も昼過ぎでちょうど飯の頃合いだ。ヴァルマーのピラフっぽい何かが結構好みで最近ハマっている。そこにしようとユナダに提案しようとしていた。
だが今日のユナダは警戒強度をトップギアに入れていた。前方をにらみ、「ぱきん」と鯉口を切る。
「おう、そこで止まれ。それ以上近づかば斬る」
「はっ、貴様は部下まで無礼だな。三津谷」
「おや、ようこそいらっしゃいました。イーシャン・ヴァルマー王子」
『ミシュラ・ヴァルマー採掘』の事業所に訪れたのはイーシャンだった。
いつものように肩をいからせ、自分を大きく見せるのに苦心しながら歩いてくる。
護衛は少ない。まず間違いなくユナダ流の射程圏内だ。間合いの内であることを俺よりもずっとずっと早く感知したユナダは、小声で一つの提案をした。
「三津谷、斬るか」
「いや待て。ここで王子を斬り殺しては大義名分がたたん」
「ほう」
「それよりも。合法的にヴァルマーは落としたい」
「回りくどいのぉ」
こちらの相談に気づかず、イーシャンは相変わらずの大声で本題に入った。
「三津谷! 我々ヴァルマー政府は『ミシュラ・ヴァルマー採掘』の筆頭株主として、権利を行使させてもらうぞ」
「おや。どんな権利でしょう」
「緊急の決議だ! 全体の三十三.四パーセント以上を保有している場合、現職役員の信任を動議する権利がある」
「確かに」
「そこで、現代表取締役・三津谷葉介の解任を提案する! 我らヴァルマー政府は保有率五十六パーセント! 過半数を押さえているぞ、三津谷ィ」
ぎらりと歯をむき出しにしてイーシャンは笑う。勝利を確信している。
「本当に過半数を買い占めたのですか?」
「当然だ。俺を舐めるなよ、三津谷。今日は貴様の社長職解任の日だ。覚悟しろ」
「ノンノン」
「は……?」
「社長ではない。エグゼ↑クティブ・コミュニケーション・CEO」
チッチッ
と指を振って訂正した。イーシャンは不快そうに片目を歪めてみせたが、こちらの態度が虚勢だと確信。
顎をくいと動かし、決議の場へと俺たちを引き連れた。
これ言うほど半沢か?
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