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第六話:外交問題

 翌朝、アンナに着替えと身支度を手伝ってもらい助言を受けた。


 襟を直してもらっているのだが、傍から見たらこれはカツアゲ現場ではないだろうか。三十センチメートルほど高みから襟首を握られている。視界が影で暗い。こわ。


「葉介」

「はい」

「ヴァルマーとかいう国は強敵みたいだけど、本当に手強いのって誰か分かっています?」

「ミシュラ王だろ」

「その通り」


 ミシュラ王。この国の国主。つまりマヤ・ミシュラの父上。俺にとっては義理の父だな。


 頭髪と同じように真っ白なヒゲを長く伸ばした男。比較的小柄で、温和そうな見た目や話し方から警戒していなかった。マヤとの縁談を進めるときは助かったものだ。


 が、敵愾心むき出しのイーシャン・ヴァルマーよりよほど強豪と見える。


 彼はトリバレイとヴァルマーの貿易競争を掻き立てることで、一つも損をせずに港の仲介料を両国から巻き上げたのだ。怒りながら向かってくるやつは怒っているんだなと分かる。だが、にこにこしながら向かってくるやつは腹で何を考えているのか分からん。警戒したほうがいい。


 そして見習うべし。ここはアウェーだ。私室を出たら常に笑顔を心がけよう。


「この貿易量競争で一番得をするのは、ここミシュラ国だからね。したたかな人だ。信用し切ることはしないよ。まずはこの異国の地で、味方をしてくれる人を増やそう」

「分かっているならよろしい。……それなら」

「ん?」


 少し羨ましそうに。アンナは寝具ですやすやと寝ているマヤに目線を向けた。


「マヤにもしっかり頼ったほうがいい。話していて分かったけれど、賢い子よ。各国の強みや弱みをよく理解している。多分、室外への憧れがそうさせたのでしょう」

「あれ……。もしかして、俺ってもう追い抜かれてるっすか?」

「まぁね。ようやく気付いたの?」

「……」

「最終的には、ミシュラ王の座にマヤをつけるのが一番いいでしょうね」

「そうだね」

「ふん。そこまで見込んでたってこと? 可愛いタイプの子に甘いだけかと思った。意外と領主の仕事ちゃんとやっているのね」

「当然さ。マヤを女王にする。やはりどんな集団も優秀な女性が率いるのが一番いい。君の『崎田ポーション&フレグランス』みたいにね」

「……ん。わ、わかっているならよろしい」


 売上も開発も絶好調な香水会社を褒めると、アンナは恥ずかしそうに顔を背けた。目線を合わせてくれないのが寂しい。ので背伸びして卑しく乞うと、アンナ様は「やれやれ。哀れすぎるから今回だけ」といいながら恵んでくれた。


 そう言えばこの子に拒まれたことは一度もないな、と、出勤前にいってらっしゃいのキスを交わしながら思った。


――


 私室を出るとギディオン・ギラン中佐が曲がり角で待ち構えていた。


 そして護衛役を買って出てくれた。懐かしい。現ボディーガード・ユナダ少尉。その前任のストーンの、更に前任はギランだった。


 こいつ図体に似合わず何でもマメにこなすくせに、放っておくと俺の背中に貼り付いているからな。「何故か」と聞くと「危なっかしいから」と返ってくる。そうですか。


 人材遊びすぎて勿体ないから艦隊司令兼アオタニ町の駐在官やっとけって。


「ギラン中佐」

「はっ」

「ここミシュラ国の隣、ヴァルマー国と構えることになった」

「はっ。イーシャン・ヴァルマーの人相書きは配布済みです」

「お、もう知ってんだ。そ。あいつと喧嘩した」

「精兵五十をお貸しいただければ、ミシュラ・ヴァルマー間の国境沿いで叩けます。敵方の護衛は表向き三十三名。伏せている者がさらに八名。索敵完了しております」

「……ふっ。準備良すぎ」

「直接指揮の権限を頂きたい。確実に仕留めてみせます」


 はぁ~いい人材集めると楽でたまらん。


 ミッドランド軍人はこれだから困る。上司の期待を二手も三手も先回りしやがる。こういう優秀な現場指揮官を多く抱えるのがサボるコツだ。トップの指揮官は偉そうに座っているだけでいいのである。


 が、ちょっと今回は事情が違った。


「ことを構えるが、戦争状態には突入しない」

「ほう! ……それは却って、勝利に至るまでが難しいですよ」

「だが大義名分が無い。ここで戦争したら、他の国にアホだと思われる。だから非交戦の浸透作戦をやる。じわじわと獲るぞ。西方諸国での最初の獲物はヴァルマー国だ」

「了解しました。小官は何をすれば」


 ギランは根っからの軍人だ。戦争をやるといったらやるし、やらないと言ったらやらない。その間に軍備や場況を整えるのだ。


 ミッドランド常備軍はその辺のチンピラ傭兵と違って、平時の過ごし方を心得ている。彼らは、平和な時期というのは戦争と戦争の間の化かし合いの時間だ、と考えている。軍人ってのは難儀なもんだな。


 俺も最近そういう価値観にうっかり染まっちゃっている。ホントは平和な国の出身なんだけどなあ。祖国が恋しい。


「この地に軍を作る。何をするにも軍事力がある奴が有利だ」

「小官が預かる第二艦隊では足りませんか」

「いや。陸軍が要る。ヴァルマーは鉱山豊かな内陸国だからね」

「なるほど。鉱山獲得が目的なら、海から切り離されても制圧力を維持できる部隊が必要です」

「そゆこと。ガストン・ルクセンフルトやユナダ・サンスイを連れてきて。ユナダの馬鹿野郎は山に修行に行ってから帰ってこねえ。引きずって連れてきてくれ。比較的余裕がある手持ちの戦力をこちらの大陸に移す」

「お任せ下さい」

「あとヴァルマー国の鉱山の位置を正確に知りたい」

「潜入部隊を組織します。顔立ちでバレないよう、バルトリンデ人の方が良いでしょうね」

「現地の傭兵も集めておきたい」

「大規模な募兵はミシュラ王に目をつけられます。海賊討伐の名目で集めましょう」

「それと、奴らの他の貿易相手国に艦隊派遣をして圧力を――」


 矢継ぎ早に指示を出しても、ギランは遺漏一つなく了解して提案を返してくる。頼りになる。


 そのギランが、突然俺の言葉を遮って視界も遮った。廊下の中央に巨体を配置し、前方を睨んでいる。


 何事かとギランの背中を探して廊下の先をみたら、怒れるイーシャン・ヴァルマーその人が大股で向かってきていた。


 肩をオーバーに揺らし、精一杯自分を大きく見せて歩いてくる。怒っているやつが態度で「怒っているぞ」と言っている。俺は威嚇のために立ち上がるレッサーパンダを連想した。


「ギラン。大丈夫、ちょっと話すだけだよ」

「ですが……。あれは殴りかかりますよ。危険です」

「いいのさ。一瞬だけ横目で右を」

「……! ミシュラ王……」


 ギランが見た先は廊下の丁字路の縦棒側。俺とヴァルマーが衝突するのは縦棒との交差点だ。横目で見た先には、この国の主でありマヤの父親でもあるミシュラ王が歩いてきていた。何人かの衛兵を連れている。


 たまたま、ベストの立会人が居てラッキーだ。


「イーシャン・ヴァルマーが剣を抜いたら止めてくれ。そうじゃなければ放っておいていい」

「はっ。……流石、閣下。目端が利くとはまさにこのこと」

「ふっふっふ」


 誤魔化すように俺は笑った。実はヴァルマーの剣幕があんまりにも怖くて、逃げる先を初手で探したら義父に気付いただけなのだ。が、威厳を保つために黙っておこう。


 その義父には全く気づかないフリをしつつ、さらにギランを廊下の隅に控えさせ。俺は恋の競争相手に朗らかに、にこにこと表情を作りながら声をかけた。


「やぁ、ヴァルマー殿」

「三津谷ッ! 貴様ァ!」


 がつん


 という衝撃は覚悟していても痛かった。超痛いです。魔力で顎まわりをがっつり覆ったのに。ヴァルマーの拳の威力はあまり減衰されず、俺の左頬を強烈に打ち抜いた。


 ギランがとっさに受け止めてくれなければ、側頭部を床で砕いていたかもしれない。


「んぎゃふうん」

「マヤ姫をかどわかすとは! 貴様、三津谷! 後悔させてやるぞ……! 立て!」

「おい、イーシャン・ヴァルマー殿がご乱心だ! 衛兵、この国の衛兵は何をしている! 怠慢だぞ!」

「……ギラン……」

「……はっ」

「……ミシュラ国の威厳を傷つけすぎるのはまずい。衛兵は呼ぶだけにして、二対一に持ち込め」

「……了解……」


 小声の密談を終え、ギランが声を張り上げて衛兵を呼びつける。


 完全な外交問題だ。ヴァルマーの大使がミッドランドの大使を、ミシュラの王宮で殴りつけた。まぁ、正確には殴る前にギランに止めさせることも出来たが、あえて止めさせなかった。


 ありがとう、イーシャン・ヴァルマー王子。これで打てる手は格段に増える。目撃者多数。多くの衛兵も、ギランも、そして何よりもミシュラ王が狼藉を目撃している。


 イーシャン・ヴァルマーは我に返り、キョロキョロと周りを見回す。が、この男は正直どうでもいい。


 それよりも目撃者であるミシュラ王が小さく舌打ちし、「余計なことを」と言いたそうな表情でイーシャン・ヴァルマーを睨むのを、俺もギランも見逃さなかった。

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