第十五話:贈り物
オッカズムの街の市場を見て回る。
これから交易で生きていくと決めたのだ。各市場の相場を記憶しておいて損はない。というか必須事項だ。
この辺の貴金属はシグネ達も喜んでくれるかも……。ああ、でもそもそも元手が高いし、それにあの子たちは貴金属を余り身に着けていなかった。ダイヤモンドよりも彼女たち自身の方が美しいからな。
「それよりもこっちの、南方固有の魔力結晶の方が嬉しいか……多分エルフたちにとっては貴重なはず」
元の世界の交易と一味違うのは、”魔法”の要素が品に含まれることだ。
勉強不足で詳しくは知らないけれど。多分魔法石や魔物の牙、骨、ポーションなんかも交易品の候補になるだろう。差し当たって塩が第一候補なのはゆるぎないが、それだけを運ぶのも芸が無い。塩だけ供給過多、他は供給不足と言うことになりかねない。
「うーむ、魔法石……こういうのも勉強しなきゃなー……」
「おや、兄ちゃん。何かお探しか?」
「ん?」
商品を眺めてウロウロしていると、市場の店主から話しかけられた。
気さくそうな笑顔に、油断ならない商売っ気の強い眼光。商人特有の表情だ。咄嗟に懐の金貨一枚を、逃がさないように押さえる。
「い、いや、見ていただけで……」
「ははん、贈り物だな。女への贈り物だろう」
「……何で分かったの?」
「兄ちゃんくらいの歳の奴が悩む品と言ったら、それくらいしかないからな。喧嘩か、それとも記念日か?」
酷い偏見で俺の目的を決めつけた商人の推察は、一回りひねくれて正解を当てていた。
訂正するのも面倒だ。せっかくだし相談に乗って貰おう。
「女性に贈るならどんなものが喜ばれるかなあ」
「花か宝石だな。後は換金性の高い装飾品。それ以外は受けが悪い。女なんて光物を与えておけばいいのさ」
「……うーん」
またしても酷い言い様だが、またしても的を射ている気がする。
花は森にも多くあるだろうから却下。宝石も前述の理由で却下。あとは装飾品、つまりアクセサリーか……これならばシグネたちも喜んでくれるかもしれない。
エルフの手先は器用で、美的センスも高いが、アクセサリーなどの工芸品は地方の特色を反映する。エルフが持っていない技術の場合もある。景徳鎮がヨーロッパで大流行したように、地域差による需要はきっとある。
「できればちょっと珍しい、他では真似できないようなアクセサリーが良いんだけれど」
「そりゃあ兄ちゃん、魔法の指輪とか、ネックレスとか、いくらでもあるぜ」
「そういうのって他だと真似できないもの?」
「魔術道具の技法は門外不出だからな」
ふーん。そういうもんか。
どれどれと品物を見るが――高い。
魔法石もやはり宝石なだけあって値段は手を出しにくいものばかりだ。それを加工した装飾品は尚更である。
「高いなあ……」
「なんだ、思ったよりも値が張ったか? 兄ちゃん、予算はどれくらいだい」
「金貨一枚と……ええと、銅貨三枚」
「花にしておけ。真っ赤なのを束で持っていったほうが、安物の石ころよりも受けが良かろう」
「うーん……確かに」
無念だ。並んでいる輝きはどれもこれも綾子に実に似合いそうだったが、甲斐性がないので手が届かず。初任給の使いみちは花束にしよう。あれ、いつの間にかあの娘への贈り物になってしまっている。
そう断念して店を変えようとしたところで、ふと棚の隅のアクセサリー群に目線があたった。
比較的簡素な作りではあるが、他の品々と比べても悪くない品。だというのになぜか値段が桁違いに安い。
「あの、これとかはどうしてこんなに安いんですか?」
「ああ、そっちはデメリット付きの装飾品なんだよ」
「デメリット」
「こっちの高いのは装着すればするだけお得。魔力のめぐりが良くなったり、運勢が上向いたり、寝付きが良くなったり」
「ふーん……?」
「そっちの安いのは代償がある。いわゆる呪いの装備ってやつだ。例えば妙に腹の減りが早くなったり、強い魔物に狙われるようになったり……やめとけ、素人には扱いにくい」
そんなの売るなよ……、というツッコミは置いておいて。
なかなかいい売り物に出会えたようだ。
「この太陽と月のペンダントがそれ?」
「ああ、太陽の方を身につけると魔物にほとんど遭わない。逆に月の方を身につけると強い魔物にしか遭わないくらいだ。ただし! 太陽ばかり付けていたら効力が薄まっていく。適度に月も付けて運勢を整えるのが大事」
ふむふむ。なるほどなるほど、なるほーど。
まさに俺にうってつけの品ではないか。不利を転じて有利となせる。
「使いにくいだろう」
「でも綺麗だ」
「ああ、太陽の方の細工は王都の一流工房に匹敵する。おそらく習作の出来が良いから、銘を付けずに二級品として売ったんだろうな」
キラキラと輝く太陽印は、何とかギリギリ綾子の気品を飾る包み紙にくらいはなれそうに思えた。
「おいくら?」
「書いてある通り金貨二枚、と言いたいところだが……売れねえんだよなあ。もう三ヶ月はそこに置いているぜ。仕方ない、金貨一枚と銅貨三枚でいいよ」
「む」
予算を伝えたのは失敗だったか。交渉術の初歩を学びながら、俺は財布をひっくり返す。
店主がまけてくれたのか足元を見たのかは最後までわからなかったが、個人的には大満足の成果を抱えて帰路についた。
――
家に帰って財布の重さを伝えると、綾子が怒ってしまった。
腰に両手を当てた長身の彼女に、自分より上の目線から叱られるとつい膝が折れ曲がる。
「もう金貨一枚使っちゃったの?! バカ三津谷、お小遣いは一ヶ月分って言ったでしょう」
「ご、ごめんなさい……」
「はぁ……何に使ったの? まさか変なお店に行ったんじゃ……」
「あの……気に入ってくれるか分からないけれど、これ綾子さんに」
「!」
おずおずとペンダントを手渡すと、意表を突かれたかのように硬直した綾子だったが、意匠に満足したのか受け取ってくれた。鏡で身に着けた具合を、無言で確認している。
うむ、見込み通り。やはりよく似合っている。
「……」
「それを身に着けていると魔物を遠ざけるんだって」
「……」
「それで、こっちの月のペンダントが強い魔物を引き寄せる効果。太陽の方を綾子さんが、月を俺が着ければ、ちょうど役割分担に沿った効果が得られるってわけ。むしろ強い魔物をガンガンテイムできる」
「……三津谷にしては考えたね」
及第点を頂けたか。綾子は妙に気に入ってくれたらしく、豊かな胸元に輝くペンダントをもてあそんでいる。
カラス羽色の髪をかきあげ、うなじに首輪を収めるときに、ふわりと漂った香りだけで金貨一枚の価値は十二分にある。ただこの時の俺は、第一に綾子の美しさに添える品を手に入れることを目的としていたが、別のことも考えていた。
「革命スキルのことだけどさ」
「……ふ、ふふ」
「ちょっと考えていることがあって」
「……」
「あの、綾子さん?」
「なに、今いいところなの」
浮かれすぎだろこの女。
アクセサリーが好きなのかな。元の世界では校則を守った清楚な制服姿だったし、今の姿は生活費優先で質素なものだから意外だ。
金が理由で装飾品を集められないとしたら、幸いこの先の交易で稼ぐあてがある。いずれこの子が満足するだけの貴金属を集められるだろう。
「……ふ、ふふふ……ふう。で、考えていることって何?」
「あ、ああ、俺の革命スキルのことだけど……」
「うん、強化方針ね」
「ご明察」
浮かれながらも綾子の犀利な頭脳は衰えず。俺が市場でうんうんと唸った数時間を一呼吸で追いついてしまった。
そう、革命スキルの強化、というか俺本人の強化。優秀な使い魔で周りを固めている綾子に対し、装備も何もかもすっからかんな俺には戦力拡張の余地がある。ただ――
「せっかくのお小遣いだけど、無闇矢鱈に名刀とか買っても意味がないと思って」
「そうね。三津谷くん本人の実力を高めても、勝てるようになるのは私が倒せる相手だけ。元々ペアで戦闘に臨むのが前提な以上、打倒できる範囲が増えない」
だから単純な強化では意味がないのだ。装備を整えたり、他にも筋トレに励んだり武術を収めたりするのも意味が薄い。
意味があるのは今回の太陽と月のペンダントのような、一味変わったアイテムなど。ついでに言うと、テイムでエルフ流の弓術を習得したり、綾子に乗馬を教わったのも良い。射程範囲や行動範囲が広がると、一撃必殺の届く距離が伸びているからだ。
ゲームのキャラメイクに例えると、筋力に一切振らず特殊技能ばかり収めるような……そんな強化方針が望ましい。
「だから、変わった効果の装飾品を集めるぞって思ったんだけれど、高かった」
「お小遣いもう使っちゃったものね。仕方ない。はいもう一枚」
「わーい! で、やっぱり先立つものはお金。というわけでガンガン交易をするのが希望です」
「ふむ、よろしい。ただ今日のところは一旦休止」
「へ?」
意外なことに綾子の返事は一時的なノーだった。目の前の美女が不敵に笑うと、自分と同じように綾子もまた今後のことに思案を巡らせていたことに俺は気づいた。
自分よりも遥かに優秀な女性が導き出した方針が、一体何であるのか。俺にはまったく検討もつかない。
「ついさっき王都発令で魔物の討伐依頼があったの。最上級の災害を防ぐために、在野含めて多くの支援を求めるって。女王様直々にね」
「最上級の魔物って?」
「竜狩りよ」
りゅう? りゅうってあの竜?
そんなのも居るのかこの世界、とこの時の俺はまだのほほんと考えていた。




