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第四十四話:子煩悩

 苦戦していた俺たちに救援に駆けつけてくれたアクスライン中佐へ、礼を言って別れる。


「助かったよ。いやー、マジで助かった。セントロ国の奴ら強くってさ」

「お役に立ててよかった。それに、こちらも助かりました」

「ん?」

「良い砦落としです。このルクセンフルト砦は天然の要害で兵の損害がひどくなる所。こうもたやすく開城させたので兵を温存できました」

「へっへっへ。俺もちょっとは考えているのさ」

「ただし。野戦の戦術は、反省の余地ありですぞ」

「うむ。超まけた」

「帰ったら特訓です」

「はい」


 そうなんだよなー。アクスラインならそもそも野戦で苦戦していない。砦にこもる前に散々に打ち破っただろう。


 俺の取った計略は結局の所、弱者が取る搦手なわけで。その辺りの野戦術はまだまだ勉強しなければ。


 やっぱり昇進すると覚えることが多いなあ。代わりにこの男を昇進させて楽しようそうしよう。と心の中で何度目かの決心を固める。


「一段落したら模範解答を教えてくれ、中佐」

「承知しました」

「それじゃ。帰り道気をつけてね」

「はい、閣下もどうかご健勝で」


 アクスラインの行軍は旋風よりも速い。あっという間に任地へと戻っていった。うーん、やっぱり頼りになるやつだ。


 が、あんまり頼りすぎると負担が大きいのでそこそこ頼ったり頼らなかったりしよう、そうしよう。さっさと将軍にすりゃいいのに。さてと。


「三津谷殿、ルクセンフルトを待たせておきました」

「ありがとう。ストーン少尉」


 若い少尉に先導されて砦の中へ。


 砦と同じ名前の家、その当主と対面した。こいつは苗字が後ろに来るのか……。この辺りはミッドランド風のファーストネーム後ろと、バルトリンデ風のファーストネーム前置きが交ざっていて面倒だ。長い苗字なこともあって混乱する。


「こんにちは。始めまして」

「三津谷……葉介か……!」


 がぎりッ、と歯を軋ませたのが件の当主ガストン・ルクセンフルト。


 三十代半ばながら、騎士の家を守る者らしい威厳がただよう。背は高く、なるほどこれならば大きな鎧や盾を振り回すのも納得な体格。切れ長の眼光、目よりも鋭く伸ばした口ひげ。生粋の武人であることはよく分かった。


「息子は、我が息子ロディは今どこに」

「会わせてもいいが条件がある」

「ぬう」

「ご子息と奥方はこちらの本拠地トリバレイ城へ。つまり人質だ。以降の対セントロ戦役では私の下で働いてもらうぞ」

「卑劣なり三津谷ッ!」

「ま、頑張ってくれれば昇進もあるよ。ホワイトな職場環境づくりを目指しています」

「……ふん。妻子を捨ておいて貴様を裏切るとは考え――」

「あのさあ。こっちだって節穴じゃないんだ。そんなことしないのは分かっている」

「ヌ!」


 素直に降伏すると舐められると思ったのだろう。騎士ルクセンフルトは裏切りをチラつかせて、自分の価値向上を図った。


 でもこいつが子煩悩なことは、子息ロディ・ルクセンフルトを捕らえた時に超バレバレであった。一人での脱出は心配だろうが、いくらなんでも息子へ持たせた物が多すぎである。


「息子さんの逃避行のことだけどさあ」

「ムムッ」

「護身用の剣に、ミスリルの鎖帷子。金貨ざくざく。毛布。枕代わりのクッション。三日分のパンと食糧。飴玉。お父さんお母さんとの思い出の絵。お父さんからの愛情のこもった手紙十枚。寂しそうなので愛猫も一緒、と。ちょーっと米俵一俵に入れるには多すぎだね。猫はやりすぎ」

「ム、ムム……」

「いい機会だし子離れしたらどう?」

「ロディイイイイイイイイッ!」


 口ひげの騎士が無念そうに雄叫びを上げる。シリアスな見た目しているくせに、こいつはコミカル勢だな。あんまり引き離すと可愛そうなので、時々トリバレイ城で会わせてあげよう。


――


 ルクセンフルトとの降伏交渉を終え、今後の方針について話すことになった。


 降伏の交渉と言っても、息子や妻をどのように監禁するつもりかとか、一日の食事の栄養はどう考えているかとか、自分が不在でも教育を受けさせるべきだがどう考えているかとか。


 なんか人質の扱いについてばっかりだった。逃げるそぶりを見せなければ普通に暮らして貰うだけだって。


「えー……じゃあ、ロディ君につける家庭教師は一人ではなく二人ということで」

「うむ。それが譲歩できるギリギリのラインだ」

「一応言っておくけど教育費はそっちが出してよね」

「うむ。ちなみに倍出せば教師は四人に増やせるか?」

「あー……そこは。はい。適宜相談ということで。多分増やせる」

「良いだろう」


 なんで俺は、降伏させた相手の息子の教育方針に悩んでいるんだ。皆さん転移のご予定があるなら覚えておいたほうが良いぞ。異世界はアホが多い。


「……で、そろそろ本題に入るけど」

「む」

「ガストン・ルクセンフルト、以降ミッドランドに加わり我が先鋒を務めるということでよろしいか」

「承知した。負けは素直に認めよう」

「ふーん……。意外だな」

「ほう?」

「セントロ国と対峙していて思ったんだけどさ。君たちってよく団結しているよね」


 先日、四郎たちとの軍議で挙がった懸念点。セントロ国は周囲を包囲され孤立しても、内部の統制は取れている。内紛や裏切りが起こる様子はない。


 このルクセンフルトが、あっさりとこちらに付くのは少々意外であった。


「ああ、そういうことか」

「なにか理由が?」

「うム。はっきりとしたことは分からないが、貴族家の方々の結束は固いようだな。確かに意外である」

「ん……? ルクセンフルトは貴族じゃないの?」


 爵位を持ってそうな御大層な名字しているくせに。長ーいひげを整えているくせに。


「騎士であるが貴族ではない」

「その二つって違うのか?」

「うー……む。古くからある慣習だ。他国の者へこの概念の説明は難しいのだが……。セントロ国。つまり旧バルトリンデ中央部では、騎士は一部の市民に与えられる称号のようなものでな。貴族家五十三家とは区別される」

「そうなんだ」

「私はアーク家に代々使えていた。相当に家系が続くが、やはり古くから血脈を保ってきた貴族家は一線を画する」

「なるほどねー」


 少しずつ読めてきた。外からはわかりにくいけれど、この地の権力構造のピラミッドには明確な線引がある。


 頂点に王はおらず、五十を超える貴族が一番の上流。


 その下に貴族らの盾、武人の騎士階級。


 三段目には民草というわけだ。


 二段目と三段目は一部が上下することはあっても、一段目は昔から不動。ルクセンフルトはあくまで枝葉なのだろう。


「では、もう一つ質問。なぜ貴族たちは結束したのだ?」

「……。それはわからん!」

「えええ……」


 ルクセンフルトは胸を張って断言した。わからない、ということを。


 しかしその口は何かを隠している様子がない。彼も疑問だったのだ。セントロの有力者たちがこうまで結束している理由を、一応主君や立場が上の人たちに義理を通しながら、疑問に思っていた。尖り髭のルクセンフルトは腕を組み(――それは警戒心からくる所作ではなく、本当に悩んでいるようだった)、首をかしげた。


「異常事態だぞ。昔から事あるごとに対立してきた人たちだ。誰しもが誰よりも自分が上だと認識している」

「めっちゃ仲悪そうだね」

「席次一つで一晩中口論して飽きないのだ。彼らが集まるときは必ず円卓。それも入り口が四方八方にある部屋に限る。上座や下座を作った時点で、その会合はお流れになる」


 嫌すぎでしょ。やっぱり法整備が追いついていない中世的世界観で、穏当な共和制とか無理なんだなって。絶対権力争いになるもんな。


「というわけで全くわからんが、現状は変である。常軌を逸しているといっても過言ではない」

「うん。わからないことがわかった」

「合流早々すまんが、教えられることは少ない」

「構いません」


 そしてどういう方針を取るべきかもわかった。


 まずは貴族と騎士を分離させるのが良いだろう。どいつもこいつも手強い奴らだが、ようやく切り崩すきっかけを見つけられた手ごたえを感じた。

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