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第十三話:交渉

 シグネからの歓待は凄まじく。


 約束の日まで一週間あるのに、待っていたと言わんばかりに料理と酒を振る舞われた。


 ぞくりとするほどに目鼻が整ったシグネが、にこりと微笑んでくれるとあっという間に骨抜きになる。アルコール分も相まってくらくらして来た。


「ご満足いただけましたか? 葉介様」

「はい、とても美味しかったです。シグネ様」

「ふふ、幾つかの皿は私も手掛けたのですよ」


 エルフの指導者として立場高いシグネが、わざわざ俺の為に料理を作ってくれたようだ。しまった、もっと味わって食べればよかった。


 そんなシグネと永遠に話して居たかったが、流石に隣の綾子の目線が氷点下を切ったので本題に入る。


「シグネ様。折り入ってご相談がございます」

「はい、葉介様。なんなりと」

「この度我々は、塩を運んでまいりました。エルフの方々のために」

「……! 門番の報告は真でしたか。お気づきの通り我々エルフは慢性的に塩に飢えております。岩塩として採れる量は少なく、獣由来の不規則なものに頼らざるを得ず」

「五十キログラムほどあります。こちらを買いとって頂けませんか」


 シグネの顔に喜びの色が広がる。にこりと微笑んで頂けた。


 眩しすぎる。ハリウッド女優なんて目じゃないほどに綺麗だ。首から上だけでも超魅力的なのに、首から下も豊満で、もはや塩なんざ売るどころか貢ぎたいくらいである。金髪をふさりとかき上げ、彼女の微かな香りが漂ってくるとその衝動はより一層増した。


「ありがとうございます、葉介様。願ってもいないお申し出です。では金貨五十枚で買い取らせていただきます」

「待った。それに魚の干物も付けましょう。金貨七十枚」

「ふん、誰かと思えば綾子ですか。六十」

「六十五」

「……まあ、いいでしょう」

「よくありません、シグネ様。綾子さんも」


 二人の美女がバチバチと火花を散らす様子に、俺は待ったをかけた。


 待ったというか交渉のやり直しだ。綾子が定めた金貨六十五枚、これは凄まじい成果である。初期投資を含めても、今回だけで金貨五十五枚の稼ぎ。二人で分けたとして一月は余裕で遊んで暮らせる。


 でもダメだ。


「シグネ様、お考え直しを」

「も、申し訳ありません葉介様……まぁ、そんなに悲しそうな顔をなさらないでください。では、金貨百枚――」

「そうではないのです、シグネ様。我々は、エルフの方々と末永い取引を望んでおります。また、自分は恩あるエルフの方々のお味方をしたい」

「ちょっと、どういうつもり三津谷」

「……! そういうことですか」


 シグネが委細承知した顔で頷く。


 頷いて、一呼吸考えてから上げた彼女の顔は、冷徹さを帯びていた。先ほどのような甘い様子は見受けられない。


 まさにエルフの頂点に立つ指導者の顔だ。ぞくりとした背筋の感触は、ついさっきとは全く異なる。


「ではこれは友好ではなく渉外なのですね」

「そうです。お察し痛み入ります」

「どういうこと? 金貨じゃダメなの?」

「金貨は価値が普遍的すぎる。塩と交換し続けたら、エルフの財が痩せ細ってしまう」

「それに対し、エルフ独特の品を交換することで、交換レートを維持する。金の流出を押さえつつ、エルフと人間が双方繁栄する」

「おっしゃる通りです」

「なるほど、これが交易……古くは人間とのやり取りがあったようですが、実際に行うのは何世紀振りでしょか」

「ふーん……?」


 綾子が感心した目でこちらを見ている。


 やったぜ! 褒められそうだ!


 この辺の貿易史は社会の参考書で読んだことがある。ゼミでやった問題だ! まあ正確には、片方がもう一方を搾取する歴史ばかりだったが、概ねどちらかの破たんで幕を閉じている。俺がやりたいのは双方の永続的な繁栄、とそれに相乗りしたちょっとしたピンハネ。交易品は厳選する必要がある。


「どうか、さらなるお知恵をお貸しください、葉介様。我々エルフは何を提供できるでしょうか」

「選べるお立場と存じます」

「……選べる?」

「はい。例えば木々から採れる乳香、魔獣の力を帯びた毛皮、以前いただいた力の湧き出る木の実、エルフ式の魔術具。全て人間には手に入れられないものです」

「それから選べると。ふむ、そうですね……」

「そして、木の実は他所で繁殖させず独占したい。魔術も極力流出を避けたい。となると一先ず乳香や香木がよろしいかと」


 乳香とは木々から分泌される樹脂で、特に香り高いもののことだ。加工して香水にすることも出来る。香木は樹脂ではなく、木そのもの。


 人間の市場にもあるだろうが、森林資源を潤沢に蓄えるエルフには敵わない。


「いいでしょう。むやみな伐採はご法度ですが、木から採れるものなら文字通り売るほどあります。準備させましょう」

「ありがとうございます。今回は金貨二十枚を頂き、残りの金貨相当分は次回までにお集め頂いたものを」

「ふ、ふふ、どうやら……私が思っていた以上に……ふふ、良い男のようです」

「は、はわわ……そうだ! シグネ様、乳香を元に莫大な財を得るには、加工も自――」

「ちょい待ち」


 加工し、香水として調合すれば売値は跳ね上がる。エルフのセンスと器用さなら造作もないことだ。


 さらに彼女らの美しいガラス細工に詰めて、ブランド化すればまさに一攫千金。


 それをぜーんぶシグネ様に吸い上げて貰おう! 金貨も要らない! と提案しようとしたところで綾子に待ったをかけられた。


「なんだよ綾子さん!」

「サービスし過ぎ。それ以上知恵をあげたら、逆にエルフに天秤が傾きすぎるでしょう」

「……あ」

「シグネ、じゃあ今回は金貨二十枚と貸しね。残りは物品で、あとでちゃんと払って頂戴」

「ええ、ご苦労様。泊まっていったらどうかしら、綾子」

「ふん、狙いはこっちの男でしょうが」


 仲が悪いんだか良いんだか分からない二人が、意外とハイコンテクストで俺には理解できない会話をしている。


 そしてここからが本題だと言わんばかりにシグネに近づいた綾子が、こしょこしょと何やら内緒話を……あれ、これどっかで見たな。


「――で、そっちの首尾は――」

「それが、昨晩――意外と奥手――」

「――――」

「――だからお香とやらを――無意識――」

「――眠らせてしまえば――」

「――責任――」

「――手綱――」

「――既成事実――」


 何か不穏なワードが飛び交っている気がする。怖い。


 それからにっこりと微笑んだ綾子が、不思議な瓶詰を一つ譲り受けている。怖い。


「葉介様」

「あ、は、はい」

「では支払いは後程。今晩は泊まっていってください。綾子は私の館に泊まるそうです」

「ありがとうございます。では自分も」

「葉介様はこっち」


 ぐいっ、と妙な力強さで腕を掴まれて逃げられない。怖い。怖い。お家帰して。


 ぐいぐいとシグネに連れられていったのはまたしても例の祠だった。


「あ、あれ、おかしいですよシグネさん。俺、今は全く傷ついていません」

「それが……どうやら先日の治療に手抜かりがあったようなのです……!」

「えっ」

「エルフにしかわからない傷跡ですが、これを治すにはもう一晩、いえもう何回か祠に入って頂く必要があります」

「……? ぜ、全然ぴんぴんしていますが……」

「希望者が多いので仕方ありません。さあどうぞ、どうぞ」


 希望者ってなんだ。


 訳の分からない内に他のエルフたちに捕らえられた俺は、問答無用で祠の奥に。皆美しい娘だが目が座っている。どうしたのかなお嬢さんがた、そんなに怖い顔してせっかくの可愛らしい顔が勿体無いですよ。ああ、あかん、この部屋なんだか変なお香でくらくらするんだった。お酒も入っているしまた記憶が……。


「し、しぐね様は、いかないの?」

「ふ、ふふふふ、私はもう不要です。ふふ、ふ」

「なんか怖い。なんか、とんでもないことに……なっているような……」

「ご安心を。もう少し月日を置いたら、とっても幸せなご報告が出来ますよ。葉介様」


 シグネが妖艶に笑う。ぞくりという背筋の震えは、三度目が一番恐ろしかった。

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