第三十八話:因縁の再会
転移人の女の子たちを連れて山を降り、『クラン』の集会所へ。
今までは積極的に運営に関わってこなかったが、多くの子をトリバレイ陣営に引き抜けたなら話は変わる。久遠に多数決制度の導入を説き、抱える票田でトリバレイや『生徒会』などとの協力関係も正式決定しておこう。
完全に多数派工作が終わっているのだけれど、民主主義に全幅の信頼を置いてくれる転移人勢はこちらの企みに気づかなかった。無事決議が終わり、解散した後の席で佐々木理沙が心配そうに問いかけてくる。
「いいの? 葉介君。トリバレイで働くと討伐クエストが疎かになっちゃうけど」
「いいのいいの。魔物討伐はやっぱ危ないし。俺の城で活躍してくれる方が安心」
今までの生活費を稼ぐ基盤を変えるわけだから、不安に思うのは仕方ない。でも、はっきりいって『クラン』の経済規模は微々たるものだ。『クラン』で一ヶ月に金貨数枚をやり取りしている間に、トリバレイでは一日に金貨何万枚という経済が展開されている。
文字通り桁違いだ。こんな場所に彼女たちを釘付けにしておくのはもったいない。肉体労働は久遠たち男性陣に頑張ってもらおう。
「ここよりもずっと人手が必要な場所がある」
「んー……ま、葉介君がそういうなら良いかー。お仕事の紹介よろしくね」
「おう」
「でも意外だなー。お城まで持っているなんて。もしかして玉の輿だった? ラッキー」
「ふっ、まあね」
まだ気づいていないようだ。主権が俺から剥奪されて久しい、と。
せいぜい今のうちに優雅なお城の暮らしを想像しておくことだ。そこから俺の立場を六段階くらい下げて、君を含めた女性の立場を二十段階くらい上げて、俺の財産をすっかり巻き上げると大体現実に沿うんじゃないでしょうか。
はぁ。世知辛い。
少しの間は『クラン』で過ごしてもらうことになるけれど、不自然にならない程度に仕事場をトリバレイに移動してもらう。トリバレイ国の運営にはまだまだ人手が足りない。大活躍してくれるだろう。
学業落ちこぼれな俺と違い、進学校のウチは優秀な人材が多いからな。
……部屋に戻ると優秀とは程遠い有様だけど。正式な決議を済ませ、集会を終えて部屋に戻る。皆さんさっきまではお嬢様高校の生徒らしい、清楚な振る舞いをしていたくせに……。
「葉介君、もう一周しよ。ね?」
「はいはい。もう一周」
私室では腰を天井に突き出した体勢で幸せそうに震え、俺の枕元を取り囲むのが恒例になった。昼からこんな有様だ。四つん這いになって、上半身よりも下半身のほうを高い位置に持っていっている。
優秀な頭脳より気持ちがいい尻で人生を決めますと言わんばかり。そんな尻が六十個も並んでいると圧巻だ。ちょっとだけハーレム広げすぎだろ。
すまん男性陣。他の男子には絶対見つからないようにしなければ。
手当り次第に愛情を注ぐのはちょっとだけ浮気しすぎて酷い。が、本人たちは嬉しそうなのでいいとしよう。
――
やばい遊びすぎた。ほんの少しだけ女の子と仲良くして遊びすぎたかも。
従兄弟の黒羽四郎に、「セントロ包囲網の形成は任せておけ」とキメ顔サムズアップで言ったのも今は遠い昔の話。それからミルナモルド領を視察したまでは良かったが、その後がひどい。
セブンス領で当主の女公爵と婚約。流れに乗ってミッドランド首都で女王陛下とも婚約。エルフの指導者様やトリバレイ国務長官殿とも親交を深める。
ぶっちゃけ大勢に意味はないのに『クラン』で女の子たちを新しく何十人も引っ掛けて。…….それに飽き足らず。それに飽き足らず、トリバレイ本拠地に戻ったら未亡人のルーナさんとか、戦乙女のアンジーとか、荘園管理者のキサラとかと一晩を楽しく過ごす。
アオタニではジュウベ・ルリやクジョウ・ミカゲに歓待を受けて、ようやく今。
遊びすぎ(笑) うーん、これはバチが当たる(笑) 次の転移先は地獄まで把握です(笑)
閻魔大王が美人な女性なことを祈ろう。さて、ようやく自分の仕事に戻った俺は、さらにセントロ包囲網のチェックを進めて西進、南進を続けていた。
同行者はユナダ・サンスイ准尉。すっかり護衛役が板についた頼れる男だ。道中で魔物を見つけては剣試しをするのは止めてほしいが。毎回楽しそうに首を持ってくる。護衛と言うよりも、ネズミを捕らえて自慢する家猫に近いな。
「ユナダ、今日も護衛よろしくね」
「ウム、ようやく敵地か。トリバレイは平和過ぎて退屈しておった」
「正確にはバルトリンデは敵国じゃないけど、警戒して損はないだろうね」
「南部の奴らは手強いぞう。く、腕がなるわ。あんまり離れるなよ、三津谷」
「いきなり斬っちゃ駄目だぞ」
「加減して斬るとも」
斬っちゃ駄目だって……。いつものことだが外交センスが、というか剣術以外のセンスがからっきしのやつだ。
ステータス表記すると統率9武勇110知略6政治1、ってところかな。一条家よりマシそう。
「それにしても随分歩いたわの」
「大陸を本当に一周してしまったな」
「俺も見聞を広められた。ユナダの道場に居るだけでは出来んかった。感謝しておる」
「ユナダは他の尉官とは異色だ。型にはまらず色々経験してほしかったからね」
「ほう。そうだったのか」
「君の剣術は認めている。しかし、それ以外にもきっと長所はあるはずさ。ストーン少尉が軍人としても手広く優秀なようにね」
「ふん」
恥ずかしそうにユナダは顔を背けてしまった。若いのだから可能性は未知数。ちゃんと分かっているのかね、この気まぐれな剣士は。
さてと、本題に戻ろう。大陸の中心部やや南側にあるセントロ国。その周囲を六時の方向から反時計回転を初めて包囲が万全か確認する。
といっても、今進んできたゼロ時から九時くらいまではトリバレイの本拠地だ。ギディオン・ギラン少佐、ムラクモ・ジル少佐、ジグムント・アクスライン中佐たち優秀な武人のおかげで水が漏れる隙間もない。
だから俺の目的は更に南。かつての敵国バルトリンデ。その関所で入国手続を済ませる。かなり南に来た。
冷涼なミッドランドに比べて、バルトリンデは温帯から亜熱帯の中間くらいで暑いし湿度がある。稲作も盛んだ。俺は自分の出身国日本を思い出した。文化や人々の顔立ちは一致するはずもないが、どこか木々や野原の風景が故郷に似ている。
そんな親近感を覚える国。いい旅になるかも。
そのバルトリンデ国境線を超えたところで、にこやかに笑う妖婆に出くわした。確信。今日は悪い日になりそうだ。親近感など吹き飛んだ。
「うげろげろ~」
「やァ、三津谷少将。久しぶり。元気そうだな」
「誰じゃ? こいつ」
「知らない人~。急に話しかけてきて怖~い。無視して行こうぜ、ユナダ」
「お、おうっ?」
「はっはっは、つれないのう」
不敵に笑う老境の女性。剣鞘を杖の代わりにして体を支えているが、カモフラージュだ。こいつはその辺の狼よりも速く走るし、豹よりも軽々と高所に登る。側に従える大男の護衛バルトリンデ兵たちよりも、この老婆のほうがずっと手強い。
ゲアリンデ・バルトリンデが俺の入国を待ち構えていた。こちらの動向をどうやって知ったんですかねえ。
「包囲網の形成は順調そうだな」
「何の話か、僕さっぱり分かんないや」
「く。そなたほどの男がここ一月何もしなかったとは思えん。大方、他の網が完成したからここに来たのだろう?」
「……」
こいつ嫌い。
心読んでくる。ついてこないで欲しい。
「ご用件は」
「友好関係をより高めておこうと思ってな」
「あーはん?」
「これこれ、はなから疑わずに聞いてくれ」
「ケッ、信用できないね。婆さんに出会うなら護衛もっと連れてくるんだったなぁ」
俺が断交一歩手前の態度を取っていると、ゲアリンデは涼しい顔をしていたが護衛の男たちが鼻息を荒げた。
「貴様! 先の戦では、首刎ねられる寸前で泣きそうになっていた癖に!」
「はー? どこの異世界の話? すまんが、先の戦役では勝った記憶しかないわ。楽勝すぎてよく覚えてないけど」
「ぐっ、ぐうう、無礼なり三津谷!」
「提督! 処しましょう!」
「はっはっは、元気があってよろしい」
元敵国バルトリンデ。その領地に入るからには一波乱あるだろうと思っていたが、こいつは大波の十や百は覚悟したほうがよさそうだ。
愉快そうに笑うゲアリンデの横顔を見てそう思った。