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第三十二話:第五軍団監査官

 毒殺の魔女セシリア・セブンス公爵の素顔は、少女のように可愛らしいものだった。


 ここまで三十三年の人生の前半は、セブンス家の娘として五重くらいの箱に入れられて育てられた。


 後半の人生では謀反の疑いをかけられて周りに誰も居なくなり、ミモザによって歪められた情報しか与えられず今に至る。許嫁はいたが出会ったことすらなく書類上の話。


 恋は初めてとのことだった。寝具の上で抱き合い、心地よさで二度寝三度寝と繰り返して昼頃に起きる。一回り以上年上なのに、彼女の肌は成人したての乙女よりも瑞々しいものだった。


「おはよ、セシリア」

「おはっ……おはよう、葉介様。あの、お休みの間に少し考えていたのですが」

「んー? 何?」

「爵位のことをお伝えし忘れていました! あの、私と結婚すれば葉介様は辺境伯から公爵に格上げとなります。当然です。セブンス家の一員になるのですから」

「あーそうなるのか」

「公爵はミッドランド国爵位の中でもトップ! 最高位です。軍権も拡充。前例に則れば軍団保有数を増やせます! 葉介様に相応しいかと」

「んー」

「あとあと、館のことですが。庭園をお気に入りでしたので、こちらも館まるごと葉介様に差し上げます」

「おいおい、それじゃーセシリアさんは明日からどこに住むのかな」

「あ! うう……えっと……あ! そう、葉介様が所有する館に、住まわせて頂くのがよろしいのでは? いつでもお側に居られますが」

「うーん」

「私、料理を振る舞えるようになりました。もう安全、大丈夫。私、毒殺の魔女なんかじゃ……!」

「もちろん。分かってるよ」


 三回転まわってさらに百八十度ひねったほどに態度が変わったなあ。


 やはり突然の初夜の直後は不安が残るのか。セシリアは昨夜からずーっと、自分と結婚する利点を挙げまくっている。


 そんなことしなくてもするけど。アピールするなら本人の美貌とか推したほうが良いと思うよ。不安そうに涙をためるセシリアの後頭部を、安心させるために丁寧に撫でる。今までずっと不安だったのだから、いい加減この子は落ち着いた暮らしを送ってほしい。


「あと、財産は共有として、あの、一旦葉介様に全部預けて――」

「うーん。要らない」

「そん……な……嫌。どうして? 他にも奥方がいるのでしょう? どうして私だけダメ……? ずるい、私だっていっぱい愛しているのに!」

「爵位も館もお金も要らない。それよりもセシリア本人を頂戴。一生まるごと下さいね」

「は、ひ。あう……でも、年増だから、年齢が合わないので……あの、試しに体験期間で妾というのは……」


 結婚してくれとずっと懇願していたのに、いざプロポーズをするとしどろもどろにセシリアはなる。とてもかわいい。


 初対面のときの強気な様子はやはり虚勢だったのか。そんな気はしていた。自己評価が低く、人生で色々諦めている、自暴自棄な女性だと思った。


 そういう美人が悪い男に目をつけられると、一生を全部貰われちゃうことを分かっていないな。箱入り娘め。全部貰われちゃうぞ。


「年が、年齢がやはりネックかと」

「あー、そのことは気をつけないとね」

「……はい……他の若い奥方を優先されるべきでは……」

「セブンス家再興のことを考えるとね。ちゃちゃっと急がないと。末裔はセシリアさん一人なんでしょ? 念の為後継ぎは多めに作っておきましょうね」

「あ! そ、そうです! お家のために……どうか、機会をお恵み下さい……!」


 昨晩痛い思いを下ばかりの腰を、一生懸命振って求愛されたので求めに応じる。


 初めは女の子で次は男の子がいいと、恐る恐る希望を言ってきたので叶えてあげることにした。


――


 翌日。


 セブンス館の正門で待機しているユルゲンへ、俺はセシリアを連れて合流した。


 ベッドの上では一糸まとわぬ姿を見せてくれたが、こうやってドレスやヴェール、日傘できっちりと武装したセシリアもとても素敵だ。両方俺のものってことでいいね。


「セシリアちゃん。あのユルゲン・ストライテン監査官にまずは報告と弁解をするからな。ちゃんと挨拶できそう?」

「はひ♥ わ、私セシリア・セブンスはっ♥ 三十路越えの身でありながら三津谷葉介様という若いオスにすっかり陥落しました。一生を捧げ、財産も血筋も捧げます♥ 公爵という身分にふさわしくない、はしたないイキ恥を晒しながら未来永劫葉介様のものとして生きますっ♥」

「……その自己紹介は二人っきりの時用ね」

「あう!」


 ぱちっ♥ と下着を引っ張り上げて弾くとセシリアは嬉しそうに奮える。我慢できずに舌を伸ばし、よだれを垂らしている。ちょっと躾をやりすぎてしまった。


 昨晩のこと。少し落ち着いたセシリアが、なんとかセブンス家の威厳を保つために大人の余裕(笑)を示そうとしたので躾をやりすぎた。反省はするけどまたやろう。


 不思議そうにユルゲンが俺たちを迎える。


「殿。それに公爵。その……ずいぶんご親密そうで」

「ああ。セシリアの方から言ってくれ」

「え、ええ。そこの、軍師? ユルゲン・ストライテンね。ふん、昔の第七軍団将軍ならば立会人として悪くはないでしょう」

「は、ははっ。話が見えませんが」

「こほん。私セシリア・セブンスは葉介さま――じゃなくて、三津谷葉介を婿に迎えることにいたしました」

「は……?! ま、まさか。御冗談でしょう」

「まあ、彼の方からどうしてもと申し出があったので。どうやらセブンス家は王都から不当に疑問視されているようで、その潔白の証明をやらせることにしたのです。フッ、庶民は効率的に使うのがセブンス家の家訓です

の」


 外向きの態度と濃いヴェールで一応の面目はたった。しかしそんなセシリアの腰に手を回して引き寄せ、愛おしそうに撫でてあげるとユルゲンは大筋を察したらしい。


 かくかくしかじか、で吸血鬼をぶっ倒したからパーフェクトに任務完了なのさ。


「なんと。真ですか三津谷殿」

「うん。この人お嫁さんに貰う。だからセブンスの裏切りはないよ」

「……練っていた戦略構想が吹き飛びました」

「ははは、これが俺なりの城攻めさ」

「くっ、長年培った軍略の感覚が、粉々になりそうです……」

「多分これが一番はやいと思います」

「ちょ、ちょっと、私を落とすのが城落とすより簡単みたいに言わないで下さい……!」

「ごめんごめん」


 そこはセシリアの尊厳のためにグレーにしておくか。かなーり黒に近いグレーだ。


「では、セシリア」

「何かしら?」

「持てる戦力を全て使い、守りを固めるように。第五の指揮官に伝えてくれ」

「ん、はい分かりました。やらせておきます」

「それと、内通の打診があったセントロの者を教えてくれ。魔族が暗躍しているなら必ず連携をしている」

「うー……ん、ごめんなさい。軍のことはよく分からないの。ミモザがやっていた連絡の手紙を探してみます」


 ユルゲンと目を合わせる。芋づる式に魔族勢力を見つけるいい手だと思ったが、これは恐らく望み薄いな。セシリアは軍権のことはさっぱりのようだ。


 ミモザが策略を進めていたとして、奴の首を飛ばしたことで詳細はわからなくなってしまった。失敗したか。ギリギリ首の皮を残して拷問にかけるべきだった。


「どうする? お師匠」

「まずはここを根拠地とする第五軍団の精査です。吸血鬼ミモザとやらのシンパが居るのか、それともその者が独自に動いていたのかを確認する必要あり。潔白を完全なものにします」

「なるほどね」

「聞いたところでは、吸血鬼は既にセシリア様をほぼ手中にしていた様子。乗っ取りの露見を恐れるなら、配下に手を伸ばす必要はありませんが……念の為です」


 事後処理。というか、それを名目にこの地へ影響力を確保するのが真の目的だ。


「うむ。第五に監査を送るか」

「尉官では舐められる。佐官級が必要です。アクスライン中佐は最前線のため動けず。ムラクモ少佐は海を守るために陸に上げるわけには行かない。ギラン少佐も動かしがたいですが、消去法で彼を推薦いたします」

「俺はもう一人候補が居ると思うよ。適任のね」

「……? 直属の佐官はそれで全員のはず。メイフィールドを一気に上げるのはまだ早いですぞ」

「わかりにくかったか。俺はユルゲンさんが最適だと思います」

「!」


 ギランを含めて自陣営の佐官は多忙だ。そうやすやすと動かせない。


 その一方で、三津谷とかいう雑魚を教育する雑務しかしていない男がここに一人。師匠役は継続として、兼任くらい二つ三つしてもらおうじゃないか。


 ユルゲン・ストライテンは百戦錬磨にして軍略鋭いこと比類なし。いい加減この逸材を無階級にするのは卒業する頃だ。


 ふっ、完璧な人事だ。と思ったのだが、ユルゲンは呆れたように深くため息をついた。


「……はぁ」

「あれ?! ダメだった? やっぱ面倒くさいです?」

「そうではない。殿、私はお会いした時にハッキリと言いましたよね」

「お?」

「弟のジェイコブが私と殿を引き合わせたのは、ストライテン家政治力確立のため。それにみすみす乗ってどうなさる」

「ああ、そのこと。いーのいーの」

「ふむ」

「ユルゲンさんが悪い人じゃないのはもうずっと前から分かっていたし。政治抗争なら綾子さんとかセシリアとか、得意な家内がよろしくやるから」

「……はぁ……なんと考えなしな」


 俺と出会ってから頭痛を覚える頻度が爆発的に増えたらしく、ユルゲンは今日も頭を抱える。頑張って下さい。


「いや、よろしい。よく分かった」

「おお、分かってくれましたか」

「殿には私がついていないとマズい。私の目の黒いうちは、策略をもって近づく者は全て排除させて頂く。私がしっかりしなければ」

「あれ?! 微妙にわかってない!」


 なんか勝手に使命感を帯びたユルゲンだったが、とりあえずは第五軍団の監査に回るとのことで一旦分かれ、俺とセシリアは王都へ向かった。

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