第十二話:森を抜けて
エルフの森を進む。
ここから先は警戒態勢。鞍を降りて徒歩で、馬たちを引きながら進む。
後ろから続く綾子も馬から降り、上空にフーリエを旋回させている。
「ん、この辺見覚えあるね」
「エルフの村から出たときのルートだ。比較的アップダウンが少なく、魔物もそれほど――げ」
「それほど居ないとはいえ、居るには居るか……」
「ガキョオオオアアアアアア!」
やはり還らずの森。
歩いて三十分もせずに魔物と遭遇だ。しかも見ただけで分かるほどに、相当手強い。
出会ったのはオランウータンのような獣。毛並みが長く深く、霊長類の特徴であるほぼ二足歩行をこなしている。元の世界のオランウータンと異なるところと言えば、五メートルくらいデカいことかな。デカすぎ。ついでとばかりに二匹の小柄な同類も連れている。
まあ、ある程度強い奴が高頻度で出くわしてくれないと、エルフとの交易ルートを独占できないからいいんだけれどね。
「綾子さん、大物一、小物の取り巻きが二」
「了解。真ん中は任せるよ、三津谷。おいで、フーリエ、ナビエ!」
綾子の号令で二匹の使い魔が集合した。
一匹は大鷲フーリエ。鬱蒼とした分厚い木の葉をバツンと突き破り、向かって右の獲物の眼球を突く。ひるんだところに距離を詰めた綾子が正拳突き一閃、魔力をたっぷりこめた拳はオランウータン(小)を昏倒させた。
つっよ。腰の捻りが本職過ぎる。本当に女の子なんですかね。
確かに俺よりもほんの少し(←重要)背が高い綾子ではあるが、元の世界での文武両道っぷりと、転移時のステータス向上優遇もあってまさに人間離れした近接戦闘力だ。
「凄い……!」
思わずその横顔に見とれていると、左の方でもオランウータン(小)が仕留められていた。綾子のボディガード二体目、白狼ナビエが後方から飛びかかり頸動脈を潰す。
白銀の毛並み。人が乗れるほどの巨躯。鋭く青白い眼光。
一撃で最前線に到達し、そして一撃で離脱するその神出鬼没さ。まさに雪山の狩猟者の肩書がふさわしい狼は、先日綾子が北方で手駒にしたとのこと。
こいつもまた俺のライバルだ。先ほどから何度も何度も綾子を手助けしており、この森に入ってから三回も撫でられている。今もまた、綾子の傍らで警戒しつつ一撫でを下賜されている。
「お疲れ様、ナビエ」
「ヴォフ!」
「うわあ、いいなあ」
「三津谷くん、最後一匹!」
「よし、俺も……!」
『対象:古狒々』
『強者上位:1% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……エルフ流弓術』
「そこだ!」
シグネたちエルフをテイムしたことで意図せず得た新たなスキル。
左手で弓を構え、恐る恐る矢を引く。つがえた矢が自身の頭頂から目線の位置へ、引いていくほど自分の集中力が高まっていく。綾子に褒められたいとか、綾子に褒められたいとか、あとナビエだけズルい俺も綾子に褒められたいとかの雑念が消え、このまま放てば狙いは眉間。
集中しすぎて視界がスローモーションになっている。
これならどこでも狙える。ゆっくりと着地する奴の左足に射線を合わせ直し、矢を放った。
「どぎゃぅおぉオォ! オオオオオォぉぉ……」
「ふう、何とか当たった」
矢を左足に食らった古狒々は、体勢を崩して大きくぶっ倒れたかと思えば、恐れを隠すようにこちらを威嚇して逃げ去ってしまった。
「三津谷、お疲れ様」
「はっ、はい!」
「……? どうしたの? どこか打った?」
白狼ナビエのように撫でてくれるかもと軽く膝を曲げたが、残念ながら頂けたのは褒めの言葉だけだった。なんであいつだけ。
綾子はきょとんと首をかしげているが、基本的に俺のことを頭がちょっとおかしいと思っているのか、気にせず続ける。
「今回はテイムしなかったんだね」
「ああ、かなりの大物だ。余裕が有るうちは残しておいて、交易ルート独占に一役買ってもらおう」
「なるほどね。ふむふむ……ただ、革命スキルが効く奴は一つくらい確保しておいた方が良いでしょ」
「えっ、綾子さんが居るから要らないよ」
「……わ、私が居なくても交易できるようになるとか、それを利益分配の交渉材料にするとか、少しは考えなさい……」
交渉って、誰とするんだ? シグネ?
あの猿を連れて行って武力で脅すとかか。そんなことしなくていいだろう。
怒ったようにまくしたてる綾子の提案を聞きながら、俺は森の奥へと進んでいく。
――
木々が開けた。
一度見たエルフ村の入り口。ついに到着した。
「やっと着いたー!」
「ん、街を出て休憩挟みながら五時間弱ってところかな。市場はかなり朝早く開いているから、この分なら日帰りも出来るね。慣れれば日没までに戻れる」
「そりゃあいい。装備が軽くなる」
自分たちで守れる馬や牛は限られる。つまり積載量も限られるので、基本的に無駄なものは持ちたくない。
今回一応持ってきた野宿の道具も、次回からはかなりオミットできるだろう。
「ガンガン軽装備にした方が良いよね?」
「んー、まだ皮算用だけれど……他の街から特産品を集めたり、逆にエルフの品々を他の街にも送るのなら野宿も視野。でも危ないから基本的にはしないね」
「その辺は経験を積むしかないな」
綾子と一緒に村の門構えをくぐる。
前回はエルフの警ら娘たちに手荒い歓迎を受けたが、今回はそうではなかった。
見覚えのある麗しのエルフ娘三人組が、満面の笑みで迎えてくれる。俺の荷物を降ろし、馬の轡縄を引くのも代わってくれる。
……出来れば、微妙に眉を寄せている綾子の荷物も代わってあげてほしいものだが……。
「葉介様、いらっしゃい!」
「来週にいらっしゃると聞いていたけれど、もう来たの? まだ二日も経っていないでしょ」
「御馬はこちらに繋いでおきましょうか?」
「い、いや、ありがとうございます。大丈夫、それはシグネ様へのお土産です」
中身がエルフたちにとって貴重な塩だと説明すると、三人ともそれはそれは喜んで跳びはねてくれた。やはり見込んだ通り、かなり手に入れるのに苦労しているらしい。
「エルフの住処の西の端は海だと思いますが、そこでも塩は作らないのですか?」
「ああ、森の西端は海に届いていないのです。本当なら少し足を延ばして取りに行ってもいいのですが、教えでどうしても森を出られなくて……」
「なるほど、きっとシグネ様も喜んでくださる」
期待を胸に集落の奥へ。
シグネが暮らしている、一回り大きな館へと足を進める。こうしてみると、やはりエルフの技術は人間たちを上回っている。街で見た綾子の家も、この世界の技術レベルでは悪くない建造物であったが、エルフのアーチを駆使した作りや石積みの精巧さには及ばない。
木を切ることを極力避けているのだろうか。
ぽつり、ぽつりと不規則に並ぶ、石積みの白灰色の館は一つ一つは規模が小さい。その上、谷の斜面に作られたりしていて一見不便なように見えるが、こうしてみると周囲の木々との調和でなんだか神秘的な印象を受ける。
「前回はじっくり見る余裕が無かったからなあ……」
「そうね。ここでエルフの不足品を確認して、しっかり巻き上げる準備をしましょう」
「……なんか綾子さん、ちょっと嫌な顔になっているよ」
口の片端を吊り上げ、くつくつと笑う綾子に怯えながら、俺はシグネの待つ館へと入っていった。