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第二十九話:午前の紅茶

 翌朝。朝の日差しが爽やかな庭園。


 没落したとは言え古くから伝わる名家の意地か、豪奢な庭園だ。


 個人的には日本風の落ち着いた庭が好きなのだが、この世界の主流は構造物の白と自然の緑との対比を楽しむ。元の世界で言えば西洋風の様式に近いな。


 セシリアのセンスがいいので、これはこれで見応えがある。トリバレイに帰ったらパクろう。


 そのセシリアが紅茶を味わっている席。純白の日傘を立て、誰も家族がおらずぼんやりと朝を過ごすセシリアの隣へ、俺は同席を申し出た。


 セシリアはかなり驚いた顔をしていた。あんな追い出すような扱いをしたのだから、当然昨日のうちに帰ったのだと思ったのだろう。


「あ、あら、三津谷将軍」

「おはようございます、セシリア公爵」

「……まだ、いらしたとは」

「実はこの館の庭に目を奪われまして。無作法でお恥ずかしいのですが、お付きの方に無理を言って泊めていただいたのです」

「はぁ」


 家の主に断りなく一泊。かなりメチャメチャな申し出だがゴリ押して通した。


 これでもミッドランド軍の少将にして同国辺境伯だからな。地位と権力はこういう時に使わせてもらおう。


「フ、フフフ、異世界の方って変わっているのねえ」

「はっはっは。おお、美味しそうな紅茶だ。一杯ご一緒してもよろしいですか?」

「……」


 セシリアの口元がひくついた。


 彼女の気持ちを代弁すると、「産まれたばかりの年下のガキが、それも出自は貴族どころか異世界とかいうド田舎未満からきた男が、運良く成り上がって辺境伯? とかいう下々の位程度にはなったらしいが、どうして公爵の自分と同席を許されると思ったのか、誰か自分の代わりに問いただして説教してくれまいか」といったところだろう。


 微かに歪んだ口元に笑みを戻し、セシリアは周りを見回す。が、お付きのメイドくらいしかいない。憤りを抑えてこう言うしかなかった。


「どうぞ」

「ありがとうございます!」

「ふふ、ふ、ふ、面白いお方」

「よく言われますよ! ははは!」


 この「面白いお方」という上流階級語を標準語に翻訳すると「いきなり常軌を逸したことして何だ? お前。どうせ田舎者だろ」だ。でも俺は庶民なので言葉通り受け取ったことにして、一杯目を所望した。


 この庭や館の雰囲気にはそぐわず、優雅さのかけらもない。口ぶりは酒の駆けつけ一杯を注文するそれだ。


「楽しみだなあ。セブンス家御用達の茶葉は、庶民が一生かかっても外箱を見るのすら不可能と言われますからね。はは、実は同僚に茶葉に詳しいものがおりまして。俺も詳しいんですよ!」

「……ミモザ、淹れて差し上げて」

「あっれ? セシリア様が淹れてくれないんです? 俺セシリア様のがいいです」


 ビキリ、と骨のきしむ音がしたほどだった。ヴェールの奥のセシリアの瞳が一瞬炎を帯びる。


 が、俺は庶民なのでそういう機微は分かんなかったことにして、家主の手際の悪さを批判することにした。


「あれ、なんで駄目なんでしょー?」

「……ふー、ふうううううううううううー……」


 彼女の頭は、自分をお茶汲み女として扱う男尊女卑極まるカス男をどうやったら八つ裂きに出来るか、で満杯だろう。


 顔をうつむかせて深呼吸を一つ。セシリアはなんとか落ち着きを取り戻して、にっこりと笑う。


「将軍?」

「はい」

「私の二つ名、ご存知ですか?」

「ええっと、なんだっけ……ちょっと不穏な感じのやつですよね」

「毒殺の魔女。フフ、私と同席した方はどうしてか、みーんな血を吐いて倒れてしまうの。怖いでしょう。だから、せめて淹れるのはメイドに――」

「でも、似合いませんよね。そのあだ名」

「っ!」


 音一つ立てずに紅茶を嗜んでいたセシリアが、「かちゃり」と皿を鳴らした。


「俺だったら庭園の貴婦人とかにしますね。魔女って感じじゃないでしょ」

「……」

「あ、気に入りませんでしたか?」

「……センスがいまいちなのね、将軍」

「えっへへ」


 渋々といった様子でセシリアが淹れてくれた一杯は美味しかった。庶民なので紅茶の味はよくわからないけれど、めっちゃ美味い気がする。


 こんな礼儀のなっていない男、しかもミッドランドの新人将軍にして、おそらく自分を監査に来た者。


 公的にも私的にも俺を殺す理由はあるはずだが、少なくとも血を吐き出さない程度には美味しかった。


――


 三杯目を飲み干したところで、セシリアは用事があると言って席をたってしまった。


「美味しかったです、公爵」

「あ、あとの、あとのことはっ、ミモザに任せていますので」

「ああ、メイドの方ですね」

「ち、小さい頃から身の回りのことはミモザに全部やらせているの。あっちに頼んで」

「また明日。ご一緒できますか」

「い、いっ、いいですけれど、いいですが、気が変わるかもしれません」

「気が変わって今日の昼もご一緒できるならお呼びください。万難を排して参上します」


 セシリアの様子は、能面のように無表情なメイドとは対照的だ。しどろもどろに顔を赤くして、部屋に引っ込んでしまった。


 ちょっと褒めすぎたか。途中から乙女とか大陸一の美貌とか、異世界に三十五億人いる女性でも間違いなくトップとか言いまくったら怒ってしまった。もしくは喜んでくれた。


 俺の読みでは許嫁に見捨てられて十年以上のセシリアは、頑張って忠節を尽くせば寝室までご一緒できるかと思ったのだが。いかんせん自分自身の魅力がイマイチなので上手く行かなかった。


 やっぱり顔が駄目だと男は駄目か……。


「くっ、逃した。このままうっかり褒め殺して仲良くなれば楽だったのに」

「……三津谷よ、余は悲しい。余は一体何に付き合わされたのだ」

「おお、お疲れ様。次郎三郎」

「うむ」


 しゅるりと首に巻き付いてくるのは相棒の白蛇。彼にこっそり潜んでいてもらったのは、毒の調査が目的だ。


 蛇らしいことに次郎三郎は毒を探査できる。流石に無策でセシリアの紅茶を飲むのは厳しいので、立ち会ってもらったというわけ。


「相変わらず頼りになるな」

「カカ、どうかね。あのヌベラッとした仏頂面の人間より、余の方が良い師匠であろ」

「……ユルゲンのこと……?」


 こいつは何故か知らんがユルゲンに対抗意識を燃やしている。間違いなく頼りになる一番手だっての。


「ま、やっぱミシャグジ様がナンバーワンだよな」

「カカカ、カカカカッ。そうであろう。くるしゅうない」

「それにしても意外だ。毒は気配すらなしか」

「ふむ? そうは言っておらぬ。茶や食事には間違いなく入っていなかったが、どこかには漂っていた。うーむ、嗅ぎ取れぬ」

「何?」


 セシリアの潔白が証明できたと思ったのに、次郎三郎は不穏なことを言い始めた。


 なんでだ。毒は紅茶に入っていなかっただろう。


「懐に隠していたとか? あそこで俺を毒殺しないほど、我慢強い女性なのか?」

「さあな。人間の気分など知らぬ」

「でも毒の気配はあったんだろ」

「この館に入ってからずっとな」

「な……!」


 なんで言わないのそういう重要なこと。次郎三郎が言うには、セシリアに謁見した時どころか門をくぐった時点で毒を探知していたらしい。それを告げずにお昼寝とはいいご身分ですねえ。


「そして気をつけるが良い、三津谷よ」

「気をつけるって何に」

「これは吸血鬼の毒。霧のように掴みどころがない手強い毒だ。威力を発揮した後は器からも消え失せる」

「毒殺の証拠があがらなかったってのは、そういう理由かよ」


 吸血鬼。


 セシリア・セブンス公爵が吸血鬼、か。厄介なことに魔族の手はミッドランド領内にまで及んでいたようだ。


 女吸血鬼が美人の場合は仲間にする余地がないか。少し考えたが遺憾なことに討伐しなければならないだろう。

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