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第二十八話:没落貴族セブンス家

 最南端への遠征は一定の成果が得られたと言えよう。


 ユルゲンの監査をもっても、ミルナモルド家および第四軍団に異心なし。これで包囲網の最重要ロ(つまり魔族とセントロ=バルトリンデ中央の流通路)は塞ぐことが出来た。私的には有能な将軍とコネクションを結べたし、トリバレイ領主としては手持ちの炎の魔法石の交易路も増やせた。


 バルトリンデをだまくらかすために仕入れた石だったが、見ているうちにミルナモルドは非常に気に入ってくれたらしい。以降、良い常連になってくれそうだ。


「そして何よりも朗報は索敵結果ですね」

「その通りです、殿」

「例の第五軍団の話か」


 最大の収穫についてユルゲンもユナダも賛同する。第四軍団やミルナモルド家が不穏な動きをした結果、詰問を差し向けたのは七つある軍団のうち六つ。


 残りの一つが、今から向かう土地というわけ。しかしこれまた一癖も二癖もありそうな土地柄。こんなのばっかりかよウチの国軍は。


「セブンス家の領地です」

「ここってバルトリンデではないのかな?」

「バルトリンデ地方東部、とも呼ばれます。昔我らが併呑した地で、書類上はミッドランドの国土に数えられます」

「書類上は、ね」


 ユルゲン師匠の講義は含みのあるものだった。


 セブンス家。ここもミッドランド建国からある旧い貴族の家。昔は大臣の半数がセブンス家の出身者ということもあったほど。若い国主が続いた不安定な時代では執権を担ったこともある。


 名門中の名門だ。一昔前までは。


「現在のセブンス家は首都への登城もまばらで、ここ一帯は独立国のような位置づけになっております」

「盛者必衰か。昔は凄かった家ってことね」

「そうです。先代のころと今のアリシア女王の時代。合わせて二回、かの家には謀反の疑いがありました」

「……! 謀反……。でも取り潰しにはなっていないんだね」

「はっきりとした証拠はついに見つからず。女王陛下は少しずつセブンス家の実力を削ぐのに腐心したそうです」


 サラミ戦術というやつだな。謀反の証拠を掴めない。けれど明らかに怪しい。そういう場合、いっきに取り潰してしまっては角が立つ。


 他の臣下からの印象が悪いし、前後の歴史・法との整合性も取れない。ならばとれる方針は一つ。少しずつ、少しずつ、サラミをスライスするように相手の力を削ぐのだ。アリシアの政策は上手くいったと見える。


「で、上手く行き過ぎて寝返られてるかも、って話か」

「追い詰められたセブンス家が、バルトリンデ中央……いわゆるセントロ国に内通してもおかしくはありません」

「当主はどんな将軍なんですか?」

「厳密には将軍ではありません。軍権を持ちますが、全て陪臣に委任するお方です。セシリア・セブンス公爵」


 セシリア……女性か。弱ったな。ここだけの話女性には弱いんだよ、俺。


 今まで黙っていたけれど。


――


 応接間でだいぶ待たされた。


 もう二時間は待ったぞ。古狸のミルナモルドですら、初対面の応対は丁寧なものだった。城門に来た俺たちを自ら迎え入れたほど。


 普通、同国の将軍や有力者のやり取りはそうなる。だからこの巌流島戦術は、歓迎されていない証なのかもしれない。辛い。


 おお、もう。もっとスパッと頼れる味方来いよお! 最初に出会った将軍がストライテン(弟)だったのは、もしかしたらSSRをいきなり引いたのかと、俺はこの時になってようやく気付いた。


 待たされること甚だしく、うつらうつらとまぶたを下げていた俺の肩を、ユルゲンが叩いた。


「殿。三津谷殿」

「んが」

「お出ましです」

「おっと」

「よく来たな、三津谷将軍。セシリア・セブンスである」


 バチリと目が覚めた。


 かつてのミッドランドの重鎮にして、現在は裏切りの疑惑を帯びているセブンス家。その当主にしてセブンス家唯一の末裔は美しい大人の女性だった。


「お、お初にお目にかかります。三津谷葉介です」

「ふふ、固くなっているのね」

「はっ。緊張しております」


 三十代前半くらいであろうか。豊かで深い黒髪もその美貌も、ほとんどが透明度の低いヴェールに隠されている。が、それでも美しいことはよく分かる。


 顔の作りは日本人とは違うけれど、茶道とかそういう落ち着いた趣味が似合いそうな上品な女性だ。


 ヴェールで隠れきれていない口元の紅が妖艶に笑う。上品で高貴だが色気は尋常じゃない。あぶない。またまたまたうっかり忠誠を誓うところだった。


 大人の女性とか一生かかっても勝てないのでガチガチになっていると、セシリアは余裕たっぷりに微笑んだ。


「トリバレイから遠路はるばる、こんな南までようこそいらっしゃいました」

「ありがとうございます。これはお近づきのしるしです」

「あら」

「トリバレイ産の香水。それもエルフの森でしか取れない上質な素材を使っております」

「まぁ、嬉しい」


 これは渾身の土産攻勢が決まっただろう。セシリアのような上流階級の女性にとっても、トリバレイ産香水は話題の中心。品質が安定していて、香りも良く、きっと喜んでくれるはず。


そんな思惑は裏切られた。


 ガチャン!


 と瓶の割れる音が応接間に響く。俺の送った香水が辺りに撒き散らされる。セシリアが手からうっかり取り落したのだ。


 本当にうっかりだったかどうかは、彼女しか知らないのだが。


「やだ、いけない。ごめんなさいね」

「いえ、破片でお怪我はありませんか? 公爵」

「大丈夫。もう、ドレスが濡れてしまったわ。それにこれも片付けなきゃ。ちょっと、ミモザ、ミモザ。片付けておいて頂戴」


 セシリアはお付きのメイド・ミモザに命じて床を掃除させ、自身は着替えてくると言って奥に引っ込んだ。そして、それから三時間待っても再び姿を表すことはなかった。


――


 ユルゲンが応接間の壁際に目を走らせ、小声で俺に話しかける。


 どうやら周囲のセブンス家衛兵を警戒しているらしい。ユルゲンの目線の送り方は味方へのそれではない。明らかに、敵兵として警戒している。


「お分かりですね」

「……よく分かった。歓迎されてない」

「そうです。ミルナモルド中将の策と照らし合わせても、セブンス家の離反は明白でしょう」


 セシリア・セブンス。


 別名、毒殺の魔女。


 彼女と同席して血を吐いた者は少なくない。調査の結果、料理にも飲み物にも毒物を発見できなかったので推定無罪となっているが、周囲の疑惑の目は常にセシリアに張り付いている。


 被害者には王族も含まれ、アリシア女王も危険に晒されたことからセブンス家の没落は決定的なものになった。身代わりのように他の血縁は処断または冷遇され、最後に残ったセシリアは国替え。


 領地の大半を没収され、失っても比較的惜しくはないバルトリンデ東部へ移された。貴族社会で毛嫌いされたセシリアは許嫁や同派閥の者に見捨てられ、今に至る。


「はっきり言って、裏切らない理由はないな」

「ええ。いくらセントロは不利な状況にあるとは言え、セブンス家が離反すれば地勢は変わります」

「ミルナモルド中将が懸念していたことね。ここが裏切ると、もっと首都から離れたミルナモルド領は孤立する」


 それは魔族とセントロの連携を断てないことを意味する。最悪、挟撃されたら南を部取られるかもしれない。


「殿、どうかご決断を」

「対処するならどういう動きになる?」

「トリバレイから長駆、ここまで兵を向けるのは不可能。隣のミルナモルド殿も守備を固めるのが精一杯。現実的に、短時間の平攻めでここは落とせません。計略がよろしいかと」

「そりゃ……ユナダが居る今なら簡単だろうけどさ……」


 ユルゲンが言う計略とは当主暗殺のことだ。


 確かにそれが一番楽でいい。混乱したセブンス家を女王陛下の名のもとに糾弾、解体。逆らうなら、各地の軍勢をじっくり集めて轢き潰す。


「謀反も毒殺も、証拠はないんだろ」

「陛下のセブンス家改易の方針は明らかです。我らが付度すべし」

「……」


 ユルゲンの言っていることは相変わらず全部正しい。国を運営する上で、セブンス家は明らかに邪魔だ。


 昔は僻地に追いやったつもりでも、セントロと魔族の繋がりが浮かんでいる今、ここは女王陛下第一軍の直属としたほうが良い。


「でもな」

「何かご懸念が」

「裏切るならもっと分かりにくく振る舞うよ」

「……! ふむ、ごもっとも」


 もっと歓迎されたなら俺だって疑ったさ。だがあれは……セシリアの態度は――


「自暴自棄、って感じじゃないかな」

「……三津谷殿にはお考えがおありの様子」

「ああ。方針としてここを制圧することには変わりない。俺なりの城攻めを試してみるよ」

「ふむ」


 セシリアを処断する、裏切らせる。それ以外の選択肢があるなら試してみるべきだと思った。


 あんな悲しい表情をした女性、まずは手を差し伸べてみるのが先だ。

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