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第二十七話:逆落とし

 バルトリンデに割譲された南方ルートにミルナモルド中将は兵を入れた。


 バルトリンデも同様にこちらが渡した砦に兵を入城させている。文書で交わされた約束はこうして実効力を持ったわけだ。


「うむ、これで利益確定ですな。儲け儲け」

「どーでしょ。意外と手放した土地で新鉱脈見つかったりして」

「ホホホ! あんな枯れた鉱脈で! ありえませんな。三津谷殿もおかしなことをおっしゃる」


 実は一ヶ月後くらいに俺の懸念は本当のことになるのだが、まあいいだろう。新鉱脈といってもかなりの深層。採掘コストが高く、総合的に判断するとこの南方ルートとの価値は五分五分。


 長期的にはまだこちらが得しているかも。バルトリンデもそんな深くに追加鉱脈があるなんて想像していなかったらしいし、やはり資源採掘は運の要素が強いな。


「さて、利益確定と言ったが、ご相談がある」

「我々を連れてきたということは、何か狙いがおありで?」

「左様。貴公らの力を借りたい。この地を、魔族から見ても手出しできないようにする」


 なるほど。それでユルゲンやユナダも連れてきたのか。指揮官・武人の数が要る、すなわち戦だ。


 人ではなく魔物相手の戦いだ。


「この南方ルートは二つの砦の連携で成立する。しかしあの薄ら馬鹿どもは使えぬことに、片方の砦を失陥しておる」


 先日はにこにこと交渉していた相手を、『薄ら馬鹿ども』とまでこき下ろすのはもう慣れた。結局、このミルナモルド爺さんの本質は我欲。計略や手練手管で自陣営の利益を増やすことしか考えていない。


 自陣営が自分自身にならないだけ、愛国心が欠片だけでも残っていてまだマシだと思うべきか。


「ここから更に南東へ一刻ほど駆け、少々急な坂を下った先にもう一つの砦がある。今日はそれを落とす」

「そこの現状は」

「グールが五百。ゴブリンが五百。大鎧を備えたオーガが二匹。装備は劣悪だがオーガの存在が厳しい」

「こっちの戦力は千五百ってところですか。もうちょっと増やせないの第四軍団」

「ぐ、ぐぬう。先日のセントロの強襲で兵が傷んでおる。二正面の状況からも、我が息子らが持つ守備兵は動かしがたい」


 『セントロ』とはバルトリンデ中央部のこと。いちいち中央部、とか南部、とか呼ぶのだるいなあと思っていたら、セントロの方から同地方を共和制国家としての樹立宣言があった。


 第四軍団の半数以上はそのセントロ国への備えに回されている。二正面作戦辛いね。


 俺は軍略の先生であるユルゲンを呼び、現状を相談した。


「ユルゲンお師匠、どう思います? 彼我戦力」

「ふむ。互角でしょう。有利に持ち込むには、オーガと他の小兵を連携させないことが重要です。周りを固められたオーガは隙を突きにくく、正面から戦わねばならず損害が大きい」

「つよそう」

「しかしオーガは怠惰で立ち上がりは遅い。奇襲がよろしいかと」

「分かっておるな、ストライテン」

「そうなのかあ」


 ウムウムと頷いて何にも分かっていないユナダよりは、まだマシだと信じたい。今回の軍議、俺の発言は「つよそう」「そうなのかあ」でした。以上。


「やはり、正面門にはオーガを並べておりますな。背後から叩くのが良い。こちらの砦のほうが高いという高低差、利用できればよいのですが」

「ほ、ほ」

「ミルナモルド中将はどのような奇襲をお考えか」

「コココ。無論、逆落としじゃあ」


 ユルゲンが微笑み、ミルナモルドが不敵に笑う。


 どうやら俺の知らない以心伝心があったようだ。そういえば聞いたことがある。ミルナモルド家の得意は馬の早駆け。それも馬にとって不利な地形を物ともしない、神出鬼没の奇襲であると。


 伝え聞いていたはいいが、おいおい。この爺さん年を考えろよ。


「お、お待ちを。まずは私が一部兵を率いて――」

「三津谷殿。大丈夫です」


 いくらなんでも爺に任せると勝てるものも勝てないと判断した俺を、ユルゲンが手で制す。


「これはミルナモルド殿の必殺の間合いに」

「ま、マジですか」

「大マジです」


 不承不承、ミルナモルドが先頭を進む集団に俺も続く。ユルゲンの知略は信頼しているし、ミルナモルドが歴戦の将であることも分かっている。


 だが無茶じゃないのか。ミルナモルドの知恵は俺の何倍も働くが、体力は衰えを隠せないそれだ。と、思っていた老中将の覇気が変わった。馬にまたがり戦場に向かうことで、明らかに気力が膨れ上がっている。


 俺たちは馬に縄を噛ませていななきを抑え、攻撃目標の砦の正面――からみて全くの反対側。門は無いけれど切り立った崖の上に来ていた。


「……ここで左右に別れて、挟撃ですか?」

「ほほ、まさか」


 俺の精一杯の軍略は、ミルナモルドだけではなく彼の手勢の兵にも笑われた。なんでだ、いい策だろ。ユナダだって頷いているぞ。


「グールどもは正面ばかり警戒しておる。背後はがら空き。つまりここを駆け下りれば勝ちじゃ」

「は?!」


 ここを駆け下りるって、崖じゃん!


 いやいやいや。馬で下りるつもりかよ。高度なギャグかと思って周りを見回したが、ミルナモルドの兵たちは当然だという表情をしている。


 怖い異世界怖い。こっそり抜け出そうと後ずさるが、駄目だ。目立ちすぎる。うっかり先頭に来てしまった自分が恨めしい。


 涙目になっている俺を傍らに、ミルナモルドは何か儀式のようなものを始めた。配下が連れてきた鹿を一頭この場で屠殺し、その角を握って周りに示す。


 周りもすっごい盛り上がってる。怖い怖い怖い。蛮族ヤバい。


「これより我がミルナモルド家に伝わる、イチノー・タニの儀式を始める!」

「「オォ!」」

「……?」


 ……? イチノー・タニ?


 ん? なんか、あれ、聞いたことあるぞ。待て、あれ? ミルナモルド家の祖先って転移人なんだっけ? それってただの自称じゃなく、本当に本当の話?


「鹿の一命を持って、この崖の胃は満たされた。後は馬で駆け下りようが飛び降りようが死ぬことはない」

「「オォ!」」


 な、なんか違うくない。そういう話だったっけ。


 鹿が降りられるなら馬も降りられる、みたいな話じゃないの。


「中将さん」

「何かな、三津谷殿」

「ミルナモルド家が出来たのって何年前くらい?」

「八百年ほど前であるな。フハハ! ミッドランド建国とほぼ同時期。我が祖は転移直後から建国のための武功甚だしく――」


 自慢話を始めたミルナモルドは置いておいて、俺は頭を抱えた。


 合っちゃう。マズイぞ時代合っちゃうぞ。


 ヨシュア・ミルナモルド。今更ながら説明しておこう。この辺りやミッドランドの命名則はファミリーネームが後なので、ヨシュアが名前。ミルナモルドが苗字。


 名前にヨシ……もしかしてこれ通字? 当主には(よし)とか(いえ)とか(のぶ)とかつける決まりのアレ?


 ミルナモルド……例えば巻き舌で訛る前はミーナモード。ミーナ、モート。ミナモト。ミナモト、ヨシ……。


「中将」

「ん?」

「御先祖の出身国とか伝わってます?」

「ヒノモルド。んん? 違うな、ヒノ、ヒノモート。そうそうヒノモト。昔の言葉は発音が難しくての。ははは」


 ははは。


「はっはっは!」

「おお、三津谷殿もやる気が十分と見える。皆のもの、若い少将を見習いたまえ! いざ逆落としじゃ!」

「マジかよ異世界そうきたか」


 確かにあの人物の最期は行方不明だったな。青森に墓があるとか、いやいやモンゴルに渡ったとか伝説はあったが。そんなチンケな真実ではなかったとは。


「まさか異世界とは! 流石はスケールがデカい!」


 ミルナモルド中将が鹿の首を崖に投げ捨てる。


 古来からの儀式の成立によって、彼特有の『陣形魔法』が発動した。視界が輝き、軍勢全体を魔力が覆った。その先頭を気力に満ち満ちたミルナモルド当主が駆け下りる。


 俺やユルゲン、ユナダを含め、全員の馬の足が軽やかになる。一人残らず足をくじくことなく駆け下りた。グールの軍勢の背中。こちらからの攻めを警戒している敵はいない。


 敵はまさに大混乱。あの戦、一ノ谷の戦いの再現だ。こんなん勝つに決まっているよな。


 寝起きのオーガの肩まで一気に駆け上がり、無防備な首をミルナモルド中将が斬り落とした。

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