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第二十三話:師匠多くして

「あいつに逆らったらやべえぜ、葉兄」


 従兄弟の四郎が青ざめた顔で助言してきた。


 激しく同意ですね。あいつとはもちろん、ユルゲン・ストライテンのことだ。たった七日で難攻不落のアーク家を落として帰ってきやがった。往復や準備の時間を除けば三日かかってないんじゃないの。


 それも腕力でではない。軍略だ。様々な偽報をアーク家周辺に流し、隙をついて本城を陥落させるついでに当主の首まで落とした。化け物だ。


 無論、計略だけが戦場ではない。地道な兵站活動や最終的には平地でのぶつかり合いが戦の本筋である。が、ここ一戦の鋭さはアクスライン中佐を凌ぐ。ストライテン家の隠し玉がこれほどとは。


 噂をすれば影。濃い灰衣をゆらめかせ、まさに影のように本人がやってきた。


「三津谷殿、今よろしいかな」

「おわっ! せ、先生、なんでしょう」

「……先生はやめていただきたい」


 つい口調も呼び方も尊敬の念を込めてしまった。敬うべき相手は敬う主義なので。長いものには巻かれろ主義とも言えるが。


「じゃ、じゃあ師匠で。軍略の師と仰がせていただきます!」

「俺も! 俺も! ユルゲン先生マジ半端ねえ!」

「変わっていないような気がしますが」

「いえいえ」

「待て」


 俺と四郎が両手を上げて褒めるなか、「待った」をかけるやつがいた。ユナダでも四郎でもなく、もちろん俺でもなかった。


 そいつは人間ではなかった。するすると右肩に白蛇・次郎三郎がとぐろを巻く。


「貴様、三津谷めの師匠を名乗るなど許さんぞ」

「……? この方は、もしや伝承に聞くミシャクジ様か」

「三津谷の師匠は余である。こやつに最初に目をつけたのは余であるぞ。後から来て勝手な名乗りをするでない」

「ほう」


 そうだった。しくじったな。俺は魔術の先生としていつも次郎三郎を頼ってきた。それをないがしろにしてユルゲンを先生と呼ぶなど、誇り高い白蛇に失礼なことをした。


 ……まあ、師匠が二人いて何の不都合があるの? って疑問はあるけどね。


「特に魔術の手ほどきをされていると」

「そうさな」

「では分担するのはどうでしょうか。魔術についてはミシャクジ様が。軍略その他、人間の細々した営みは私めが、それぞれ教えると」

「ふむむう。三津谷、卿はどう思うか」

「悪かったよ次郎三郎。別にお前をないがしろにしたわけじゃないぜ」

「む」

「一番の師匠はお前だ。これからも頼りにしてる。よろしく頼むよ」

「く、くくく、コココ。余が一番である」


 はいはいそうですよ。こいつ何百年と生きているくせに変なところで意地っ張りなんだよな。


「ならば良かろう。余の陪臣がまた増えるだけのことよ」


 そう言って満足した次郎三郎は、またしゅるりと肩で寝始めた。自分勝手なやつめ。


「私もその分担で構いません。それにしても……伝説の白蛇がお味方に居るとは。これは軍略を練り直さないといけませんな」

「いや、こいつ呼んでも呼んでも起きないんですよ。当てにしないでください」

「聞こえておるぞ」

「呼んでない時に限って、こうやって首突っ込むんですがね」

「余の首はどこまでも届く」

「蛇だしな」


 謎の自己紹介を終え、ユルゲン・ストライテンは本題に移る。一番の師匠に許可を取り、軍略について指南してくれるようだ。


「さて、殿」

「はい」

「次にどこへ手をかけるべきか、ですが。どう考えますか」

「うーん。アーク家の領地を前線基地として固める?」

「結構」

「やった」


 おお。正解。ユルゲンが満足そうにうなずき、地図上に兵の駒を置く。


 アーク家とはバルトリンデ中央部の正面門、最も重要にして最も不落の地を守る一族である。どういうチートを使ったのか、このユルゲンが先日当主を討ってきた。


(もう全部こいつでいいんじゃないかな……)


 とも思ったが、一応トリバレイ総大将として頑張ることにします。


「攻めには必ず根拠地が要ります。これを確保するのが一先ずは手筋」

「普請なら得意ですよ。土木作業ばっかりやらされているので」

「いや、ここはもう一つ打っておくべき手があります」

「うーん……? 兵の増強、とか?」

「バルトリンデ中央部の包囲を完成させること」


 ユルゲンの指南はこうだった。以前俺が話した、バルトリンデ中央部をトリバレイ、ミッドランド、バルトリンデ南部で包囲し、干上がるのを待つ。この策が有効であるのは間違いない。


 アーク家を拠点に攻めはするが、まずは有利な盤面を築くべきとのこと。百里ある。


「包囲は完成しているようで穴があります」

「なんと」

「まずは南部。ミッドランドのミルナモルド家、それにその北のセブンス家――……」


 ユルゲンが事前にまとめ上げた、密輸や敵との内通、潜在的反旗が懸念される地域を上げていく。なるほど、結構あるな。細かい所も含めると一つや二つじゃない。:


「これを潰すのもいい手です」

「迷いますね。どこから手をつけようかな」

「二手に分かれるのがよろしいでしょう」

「ん? ユルゲンさんと俺で二手ってこと?」


 せっかく軍略を教えてくれるのに離れ離れか。残念。


 という予想は外れていた。ユルゲンの視線は、熱心に地図を眺める従兄弟に注がれている。


「若い御一門がいらっしゃるのなら、ここは箔付けと経験積みを兼ねることがいいでしょう」

「マジですの」

「ふむ」

「いやいやいや、こいつにはまだ早いんじゃ……」

「いや。お話をしていた限り、三津谷殿にも引けを取らない器をお持ちだ。鍛える価値は十分にあると考えます」


 マジかよ。素質はあるけど早いって。


 ユルゲンは朴訥な雰囲気の割に、意外とスパルタな鍛え方をするようだった。


――


 数日後。ここはアーク家の元領地。


 黒羽四郎がガチガチに緊張している。


 元々あまり羽振りの良い方ではない四郎は、昨日まで装備も脆弱であった。が、今日は俺が潤沢な予算に任せて奮発した鎧兜を身に着けている。これなら新米尉官と馬鹿にされる心配も減りそうだ。なかなかに威厳がある。


 いや、口を開けば威厳は吹き飛ぶのだけれど。


「よ、葉兄。本当に行っちまうのかよ……!」

「ああ、ユルゲンと相談して決めた。俺たちが各地の視察と包囲網の整備。お前はここで根拠地の普請だ」

「俺、こういうのやったことねえって」

「大丈夫。引き継ぎ期間中のストーン少尉を引き止めた。彼に習えばだいたい全部OK。俺の近衛兵も全部置いていく」

「はい。補佐させていただきます、四郎さん」

「よ、よろしくっす、ストーンさん……」


 ギラン少佐が整備した近衛兵。みんな力士みたいにでっかい。リアルガチで精鋭だから、四郎も死ぬことはない。加えてストーン少尉が居れば盤石だろう。


「でも無理だって。足引っ張っちまうって」

「聞け、四郎」


 俺は周囲に目を配って誰にも聞かれていないことを確認し、自分の狙いを説明する。


「トリバレイは新興国だから、現在絶賛人手不足中だ」

「だからって俺まで駆り出すのかよ」

「まあ、任せるのは下士官の仕事だけど……下士官はそこまで不足していない」

「ふーん……?」

「重要なのはトリバレイの要職ポストはまだまだ流動的ってことだ」


 トリバレイは自治領なので当然、ある程度の人事権を持つ。しかし、だからと言ってやりたい放題には出来ない。


 理不尽に長官職を増やし、そのポストに何の実績もない従兄弟を付けたとしたら他の部下から反発をくらう。最悪ミッドランド首都から介入を許す可能性すらある。


 ストライテン(弟)が兄を俺の下に付けて戦後の政治勢力図を弄ろうとしたのを、真似させてもらおう。


「お前を要職に付けられるなら、今後内政がめちゃめちゃやりやすくなるんだよ。そのためにもハリボテでいいから実績は必要だ」

「……給料多めにくれる?」

「身内びいきマシマシだ」

「しゃーねーな。葉兄を助けるのはいつものことか」

「従兄弟が現金な奴で助かるよ」


 へらへらと恋人の香子に給料で何を贈るか考える四郎。


 俺と一旦別れて数日後、彼はたっぷりと現場の試練の味わうことになるのだが……俺も四郎も二人そろって能天気なのでそんなことは夢にも思わなかった。頑張れよ、四郎。

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