第二十話:ユナダ流からの刺客
ユナダ・サンスイの上段振り下ろしが炸裂した。
竹刀でなければこの一撃で終わっていたかもしれない。それほどの威力。俊敏で無駄のない一太刀。正直な所着弾まで見えなかった。
現護衛役のストーンも堪らず後退――……しない。
驚くべきことに、ストーンは強烈な振り下ろしで体勢を崩さなかった。半分弾いて半分躱した、という表現が正しいだろうか。右肩に担ぐように握った竹刀が衝撃を受け流していく。
「あ、あれはッ!」
「知っているのか、ギラン少佐!」
「ストーン流・背負い流しッ!」
くわっ、と目を見開いてギランが解説を始める。
武芸百般に通じるギランは、戦場では主に槍を使うが剣術にも精通する。半分武芸マニアみたいなところがあるので、放っておいても勝手に説明してくれるのだ!便利だなこいつ。
『ストーン流・背負い流しとは――
縦一文字に振り下ろされる太刀筋に対する必殺の型。手首を反らして作り、肩に備えた刃で受け流しながら、背負投げの要領で繰り出される反撃である。刃を流された相手は、流しながら加速する反撃に対応すること至難。
だが、技術未熟な者が扱えばこちらの刀が折れるか手首が折れるか二つに一つ。極めて濃い鍛錬と天賦の眼力をもってのみ完成する』
「という凄まじい型です」
「そうなんだ」
「『背中に目を持つストーン流』でなければ、この一合で終わっていたでしょう! もっと驚いて結構」
「そうなんだ!」
ギランの解説に熱がこもったので、つい聞いてしまった。でも必殺のはずが、ユナダの素早い引き手に防がれてしまった。必ず殺してないじゃん。
ユナダの引手が妙に速かったためだ。あの体制なら右利きだと苦労するのに。
「あっ、あれはまさかッ……」
「知っているのか!」
「ユナダ流・逆手繰り! からの鞘砕き!」
ギランがなんか盛り上がっているのは置いておいて、ストーン少尉の反撃を防いだことでユナダにも余裕が出た。左右に体を振り軸を悟らせないようにしている。
そして左からの薙ぎでフェイントを入れて、薙いだと思った瞬間には逆の右から脇腹に食らわせた。ヤバ。こいつめっちゃ強いじゃん。
「ん? なんか、ユナダの持ち手が変なような……握りが逆だぜ、逆」
「お目が高い!」
「うわ、びっくりした」
『ユナダ流・逆手繰り、および鞘砕きとは――
ユナダの流派は、左右いずれの手も同様に剣を扱うことを是としている。これは片腕を落としても戦えるようにという元祖の教えに則ったものだが、その頑なである種病的な執着は、長い相伝の結果、逆手に握っても自在に振れる剣法を成立させた。
通常ならば右からと左からの剣先間合いが違うが、ユナダ流の場合はいずれも最も深くなるのである。熟練者ならば柄頭のみを握り振るい、相手の後退に合わせて一寸深く斬ることが可能。
この逆手繰りから振るわれる、相手の左脇を断ち切る一撃が鞘砕き! 手練、特に戦場に棲む実戦派剣士は常に鞘を防御手段と考えている。これによって生じる鞘への依存を逆用し、渾身の力で打ち込まれる一撃は文字通り鞘を砕き、そのまま胴を二分する』
「ストーン少尉、いやミッドランド人は鞘に金属細工が多い。鞘砕き。これはまさにミッドランド殺しの剣法!」
「そうなんだ」
「かのユナダ・ケイシュローによって幾人のミッドランドの武人が討たれたことか。もっと驚いてよろしい!」
「そうなんだ!」
そうなんだマシーンと化した俺。ずっと喋り続けて楽しそうなギラン。
を尻目に、二人の剣士の鍔迫り合いが続く。ストーン少尉も鞘砕きを良く防いだ。素早い左右の持ち手変えを、持ち前の動体視力で一瞬早く察したか。
ユナダの迫力もすごい。見た目はヒョロいと思ったが筋肉は密度が高いらしい。剛力で知られるストーン少尉が押し勝てない。かなり鍛えている。
「く、くふふ、愉快じゃ、ストーンとやら」
「む!」
「ミッドランドの棒振り遊びが何ぞのものと思ったが……やるのう」
「そちらも。その年でよくぞここまで鍛え上げた」
「かは、ははは。うむ、気に入った。ならば貴様に捧げよう。我が秘剣」
ばちん!
と鍔迫を弾き、ユナダの方から距離をとる。
妙だな。今の覆いかぶさる鍔迫り合いだと、彼の方が有利だった。それで敢えて距離を取るということは……隠し玉がくる。
「参る。ユナダ流・袈裟二連一筆」
ゆらり、とユナダが纏う剣気が膨れ上がる。
踏み込みまで左右どちらから切り込むのか分からなかった。まさに霞を相手にしているようだ。分からなくさせるのがユナダ流の本質なのか。
「袈裟二連一筆……聞いたことがある!」
「やっぱり知っているのか!」
『ユナダ流・袈裟二連一筆とは――
向かって右の肩から左の脇へ、袈裟斬りを一つ。そこから左右の手を巧みに操るユナダ流の技術をして、持ち手を素早く変え、一筆書きのように左から右へ切り下ろす必殺の連撃である。
一撃目を交差するように受けた場合刃が左下に弾き飛ばされ、二撃目の通過を阻むものはない』
「という技です。私も初めてみますが」
「なんでも知ってるわァ~~~この人」
もしかして金払ってみるべき戦いと解説なのかも。
よし、だいたい分かったので観戦継続。やはりそのなんとか一筆とかいう秘剣は圧倒的なのか、ユナダは勝ち誇り、ストーンは歯を食いしばる。
「取ったァッ!」
「ぐっ……!」
「一撃目で少尉の刀を弾いたッ! このままでは二撃目の袈裟をまともに食らう! 追いつけ、少尉!」
じゃあお前どんだけ早く喋ってんだよ。と、つい時空のねじれに一言言いそうになったが、戦いは佳境だ。
ずばん
と袈裟の二撃目がストーン少尉の体をなぞり……それとほぼ同着で少尉の剣先がユナダの脇腹に刺さった。勝ちを確信したユナダの手から、竹刀がこぼれ落ちる。
「が、っ、……防御を……捨てるとは!」
「く、お見事。一本、取られました」
「い、いや。今んは……俺のほうが遅かった……?」
「いえ、相打ちでしょう」
「どうじゃろうか。真剣ならば、脇をやられた俺の太刀筋が鈍った公算は高い」
「はは。ユナダ流に限ってそれはないでしょう」
「むう、精進が足らんかったやも」
「二連撃を止めるようになれれば、次は相打ちに持ち込むのも無理でしょうね」
「ふむ……なるほど。敢えて止めるか。考えたこともなかった」
おお、ストーン少尉がユナダを認めている。それにユナダの方もストーンを好ましく思い、まるで師を見つけたかのよう。いいではないですか。
あ、つい見入っていたけれどこれ採用面接だった。
「では少尉、彼の実力は」
「はっ、閣下。彼は小官より上です。ぜひ護衛役としてご登用を」
「じゃあユナダくん、採用~」
「ええのか。バルトリンデ出身の俺を近くにおいて」
「これ以上ストーンにかけ持ちさせると、残業で倒れちゃうから。そうするとストーン家の怖い奥さんが俺を呪うのだ。どげんかせんといかん」
「ふむ」
「それに、人を見る目はあるつもりだ」
ひと目見て明らか。このユナダ・サンスイという男に謀略の気配はない。武の力に振り切っている。士官としては色々と研修・訓練をさせないと話にならないが、枠に収まる奴でもなさそうだ。
俺と一緒に行動して、その辺の作法は学んでもらおう。なんだっけ? OJTってやつ。
「ま、良かろう。ただし……俺は自分より弱い男には従わんぞ」
「げ」
「もう一戦じゃ! 勝負せい、三津谷!」
あーもう、バルトリンデ人は血の気が多いなあ。
『対象:ユナダ・サンスイ』
『強者上位:1% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……面打ち』
パキャオ
と竹刀がユナダの脳天に命中した。インチキして申し訳ないが、こうでもしないと士官してくれなそうだし……許せ。
「わぎゃー!」
「はい一本」
「つ、強か……。ストーン殿より強か」
「まあ、そういうことにしておこうかな」
こうして俺は優秀な護衛を獲得した。ストーンも技術交流が出来る友人が出来たようでめでたしめでたし。