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第十話:始まりの一歩

 交易。


 安く仕入れたものを他所で高く売り、利益を得る。その為には、売り買いの二か所で価値の差があることが大前提だ。


 価格差を生み出す要因はいくつもある。山と海、遊牧と農耕、気候差、資源の偏在。


 色々あるが今回は非常に分かりやすい。


「エルフの方々は森から出られない。主義的に絶対。だからこういう、塩とかが欲しいと思うんだよね」

「ふむ、確かに」


 俺と綾子が居る、人間が営む市場。


 ここでは金貨一枚で塩を何十キロと買ってもお釣りがくる。海水に由来していて、海沿いならどこでも安価で大量に作れるからだ。


 一方、先日訪ねた森のエルフたちは海から遠い。よって、塩を入手するには岩塩など限られた方法しかない。金と塩は同じ重さで取引、というわけにはいかないだろうが、交換レートは桁違いになるだろう。


「それに海産物とか。あとは……そうだな、こういう綿とか茶葉とか、森の中だと収穫面積が稼ぎにくいものも欲しいと思う」

「普通ならそんな価格差、あっという間に他の商人が埋めてしまうでしょう。それほど距離があるわけじゃないし」


 そうだ。


 綾子の言う通り、交易は基本的に弱肉強食の競争がある。暴利を稼ごうとしても、他の競争相手が黙っていない。


 だが今回は違う。


 俺はシグネが代表するエルフの方々と非常に懇意にしている。エルフたちの住処の地図も頭にある。それに、そもそもあの森は大蛇シャムールら化け物が跋扈する超危険区域。


 この革命スキルが無ければ越えられない。


「これは俺だから出来ることだ」

「シグネたちの住まいの後背地に居る、人口十万人近いエルフたち。新規市場としては莫大ね。しかもそれを独占できることの利益率……そうか、この手が」

「それとあのエルフの魔術。きっとこっちの人間にはないものだと思う。交換先としては魅力的だ」

「例えば治療薬と交換して、それをこっちの市場で売りさばく、か。悪くないね」

「これで生計を立てようと思う。どうかな、綾子さん」

「……エルフに入れ知恵されたの? 随分と仲良くしていたみたいだし、惚れた弱みでいいように使われているんじゃない?」

「いや、自分で考えたんだよ」


 一生懸命考えた。エルフたちのために役立つだけじゃなく、もう一つ目的があるから。


 自分の発案だというと、綾子はその大きな瞳を丸くして驚いていた。


「へぇ、意外。三津谷くんが……こういうことを考えるの得意なんだ」

「地理とか社会科が好きだったから……」

「ふーん。力仕事とか苦手なのにね。まあ、人には得意不得意があるってことか。……でも一つだけ見落としがあるよ」


 そうだ。聡明な綾子なら、俺が商品を人間・エルフ間を輸送するアイデアの致命的な欠陥に気付く。


 話が早くて助かる。ああ、でも緊張するな……。


「あ、ああ、俺一人だと森は越えられない。革命スキルが効かない程度の強さの奴もいるし、そもそも道中の草原で強盗に遭うかも」

「ん」

「だから、その……綾子さんも一緒にやらない? 交易。ずっと魔物を狩るよりは安全に稼げると思う」


 綾子と一緒に過ごせるから。


 だからこのアイデアを考え付いた。


 先日と同じように、強力な敵には俺が、大したことない相手には綾子が当たる。そうすれば百戦百勝。交易の最大の悩みである、道中の妨害を完全に防げる。


 一緒に居たいだけだというのに、こうやって理屈で埋めないと誘えないのは我ながら女々しい。


 でも、こうでもしないと綾子と俺では釣り合が取れない。加えて莫大な利益も得られる公算が高い。数パーセントくらいはOKの返事を貰えるかもしれない――と、目を合わせられず強くつむっていると、


「いいよ」

「本当!?」

「ええ、私もそろそろ魔物狩り以外で生活費を稼ぎたいと思っていたところだから」


 やった! 良い返事を貰えた。これでもう二日はこの子と一緒に居られる。


 しかも稼ぎを成功させれば、さらに長く隣に居られるかもしれない。


「じゃ、じゃあ早速――」

「あ、もう一つ三津谷のアイデアに見落としあった」

「えっ?」

「元手はどうするのかな。今日食べる分も困っている三津谷くん」

「……あ。……え、えーっと、綾子さん……」

「いいよ。今回は私が出す。貸し一つね」


 うーむ、貸しばかり増えているのは気のせいだろうか。


 まあいい。昨日から機嫌が不安定だった綾子が、妙に上機嫌になってくれたのだからこれ幸いだ。


 楽しそうに塩を買い漁る綾子の後ろを、俺は慌てて荷物持ち召使いとして追いかけた。


――


 交易品の確保完了。


 市場を物色し、シグネらエルフたちが好みそうな品を選ぶ。


 綾子の手持ちの生活費は潤沢だった。ほんの一部を使うだけで、塩を五十キログラム、海産物の干物を十キログラム、それらと俺達を運ぶ馬二頭、牛一頭を買うことが出来た。


 こいつ、交易とかしなくても全然暮らしていけそうじゃん。


「こんなにお金出してくれてありがとう」

「別に。面白そうだし、儲かりそうなのは確かだし。それに大して払っていないよ」

「大して……?」


 通常よりも大量にかき集めたので払った金貨は十枚。内、八枚は初期投資の家畜なので確かに品物の価格は大したことないように思える。最初なので投資も軽めに。家畜の方は売ればほぼ同じ元手が返ってくるから、実質使ったのは金貨二枚。


 が、金貨なんて俺一枚も持ったことないんだよなあ。


 やっぱりこの子とは生活レベルが違い過ぎる。異世界生活たった一カ月なのにどうしてこうなった。


「じゃあ行こうか。ついてきて三津谷」

「お、お、わわわ……! わわわわわ! 乗れないよ綾子さん!」

「……はぁ、だと思った」


 おかしいな。よく見る漫画やアニメの武士とかは、軽々馬に乗っていたのに。乗り上がるところでいきなり躓いてしまった。


 ひょい、と軽やかに馬にまたがった綾子に対し、俺の方は全く上手くいかない。ひょい、ってやるところもう一回見せてほしい。


 そういえば綾子は前の世界で、乗馬でも何か賞を貰ったりしていたっけ。馬乗るのとかどこで習うんだよ、この上流お嬢様め。


 馬の背骨付近にしがみ付いて乗り上がろうとしても、全然届かない。唯一幸いなことと言えば、気性の優しい馬だったらしく呆れたように欠伸していることくらいか。


「ふっ、とっ、たぉあ!」

「違う。まずは左足を先にその輪っかにかける」

「……ここか、はい」

「そして乗り上げる。手で引っ張るんじゃなくて、足で踏みあがる感じ。右足で軽く地面踏む」

「よっ……」

「左足も踏む。またがる」

「たっ、とぉう! やった!」


 乗れたぜ。よしよし、よろしく頼むぞ相棒。なでなでと馬の首を撫でてやる。


 一通り乗る体勢に慣れた所で、荷物を載せた牛の轡紐を器用に引きながら、綾子が乗馬を操り始めた。


「牛連れだし最初はゆっくり行こう。前に進むときは太ももで挟む」

「よし、いけ! 松風!」

「……何その名前。曲がるときは曲がりたい方の手綱を引く。止まるときは両方引く。簡単でしょ? じゃ、エルフの集落は右の方だから、ちょっとずつそっちに曲がるよ」

「了解」


 交易をするくらいだから毎回徒歩という訳にはいかない。そういう意味でも綾子の乗馬経験は必須だったな。


 おや? 魔物撃退に、元手の金貨に、乗馬。もしかしてさっきから綾子の力しか使っていないのでは?


「綾子さん、せめて牛を引くのは俺がやろうか?」

「……そんなことしたら三津谷くんひっくり返るでしょう」


 軽く肩をすくめて綾子は進んでいく。


 いつもより目線が高いし、上下にブレる。ちょっと怖い。


 それでも彼女の隣にいると、草原を抜ける風を受けるのが誇らしかった。

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