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それから父は気持ち良さそうに酔っ払って、しきりに私の暮らしぶりを聞いてきた。「朱里ちゃん、学校はどう? 友達はいる? いじめられたりしてない? 何か困ったことがあったら、お父さんが聞くよ。好きな人はいないの。ああ、これは聞いたらまずかったかな、ははは。智子さんは元気? 仲良く暮らしてる?」
私はぼんじりを食べながら、適当に答えた。大丈夫です、学校は楽しいし友達もたくさんはいないけどそれなりにいます、いじめられてもいません、お母さんは、仕事が忙しいけど優しくしてくれます……。いじめられていないこと以外ほとんど嘘だったけど、父親とはいえいくらなんでも初対面の人に、「最悪です、全部。全部最悪です」なんて実情は言えなかった。
そんな私の答えを聞いて、父はどことなく物足りなそうに、そっかそっか、元気に過ごしてるんじゃよかった、まあ、何かあったらお父さんに言ってよ、ナニカアッタラ……と九官鳥のように繰り返し言っていた。
結局父はビールと日本酒を計五、六杯飲み、私はぼんじりとから揚げと宇都宮焼きそばで腹を満たした。会計を頼むと、女の店員が持ってきてくれた伝票には六千円とちょっとという数字が書かれていた。
「あれ、そんなに頼んだ? そっか、日本酒……ちょっと調子に乗りすぎたかな? えっと」
そんなことを言いながら父は二つ折りの財布を出し、中を覗きはじめた。えーっと、ははは。うふふ。酒で真っ赤になった顔に冷や汗を光らせて、気味の悪い笑みを浮かべはじめた。私はそんな父親に呆れながら、ポケットから小銭入れを出した。
「六千円でしょ? 私、今日たまたま持ってるから」
父はちらりと私を見て、
「いやいや、そんなわけにはいかないよ」
「いいよ、お母さんが持っていけって、言ってくれたの。つまり、私のお金じゃなくてお母さんのお金だから」
そう言って小銭入れから一万円札を出し、父に渡そうとすると、
「いやあ、そんな……、ははは。いいのかな?」
しぶってみせながら、結局受け取った。このやり取りを、女の店員がそばに立ってじっと眺めているのである。私はだいぶ恥ずかしかった。
「じゃあ、これで」
父は私から受け取った一万円札と、端数の小銭を会計伝票に載せ、女の店員に渡そうとした。すると、カウンターの中から低い声がした。
「おいおい、そりゃあいけないよ」
シンさんだった。いつの間にかカウンターの中のすぐそこに立って、私たちの方を見ている。
「シンさん、これは僕の奥さんの金ってことで、朱里のじゃないんだ、はは」
父がきまずそうに答えた。シンさんはすっと腕を組んで、父を見、私を見て、
「いいや! 今日は、俺からのおごりってことで」
と言った。
「いやいや」「いえいえ」
私たちは親子口を揃えて、恐縮した。
「悪いって。ちゃんと払うから」
父が言ったが、シンさんは、
「せっかく二人が会えたお祝いだ。いいからいいから! ほら、朱里ちゃん、早くしまいな。十歳の子がそんなお金出してたら、おじさん、目の毒だ! 滝ちゃん、また来てくれよ。朱里ちゃん、気をつけて帰りな」
目尻に笑い皺をたたえながらそう押し切った。爽やかなものだった。二人、何度も頭を下げながら店を出た。
「ほらね? 良い店だったでしょ? ここまでしてくれるとは思わなかったけど、多少サービスしてくれるんじゃないかと思ってたんだ」
店を出てすぐ、父がそううれしそうに言ったので、私はますます父に幻滅した。ばちん、と思い切り彼の尻を叩いてやりたい衝動に駆られた。