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ちょっと待って、ちょうど今焼きあがったから、と低い声で言って、シンさんは私たちの席に七本のもつ焼きが盛られた皿を置いた。もつ焼きにはタレがかかり、白い湯気があがっている。
「こちらから、ぼんじり、コブクロ、ハツ……」
「ああ、いいよいいよ」
説明しようとするシンさんを父は抑えて、
「それより、これ、僕の娘。朱里」
うれしげなのを抑えられずに言った。
「ああ!」
シンさんは大きな眼をカッと開いて、額と目尻に皺を寄せて私を見た。やがて破顔して、
「そうなんだ! 滝ちゃん、とうとう会えたんだ。そいつぁあ良かった!」
おおげさなくらい喜んだ。強面だけど、きっと良い人なんだろうな、と私は感じた。シンさんは、笑い皺をたっぷり目尻にたたえ、眼を細めながら私に言った。
「朱里ちゃんはいくつなの? 十歳? そう、やっぱりこう見ると、どことなくお父さんに似てるね」
「シンさん、そんな話はいいから!」
父はちょっとめんどうくさくなりはじめていた。たった一杯半のビールで、酔ってきたらしい。あまり酒は強くないようだった。
「今、シンさんも浮遊霊なんだって、朱里に話してたところなんだよ。僕が死んでるってこと、なかなか信じてもらえなくて。ねえ、シンさんも死んでるよね」
「ああ、はい」
シンさんは笑い皺を収めて、苦々しい顔になって答えた。父はそんなシンさんの表情の変化にとんじゃくせずに、酔いでにやつきながら私に言った。
「シンさんにもさあ、待ち人っていうの? いてね。会えるの、ずっと待ってるんだよ。いつかその人がこの街に来て、この店に入ってきて、さ、シンさんの焼くもつ焼き、このカウンターで食べてくれる時が来るんじゃないかって。そんなことばっかり考えてて、成仏できないんだって」
「滝ちゃん、俺の話はいいよ」
「アキコさんって言うらしいよ。婚約してたんだってさ」
「滝ちゃん!」
シンさんの大声が店内の空気を裂き、客と女性店員がぱっとこちらを向いた。シンさんは自分で出した声に自分でびっくりしてしまったようで、ひどく困った顔をした。父もジョッキを持ちながら、驚いた顔をして、ご、ごめん、とどもって呟いた。
「すみません、失礼しました」
シンさんは周囲に向かってそう言うと、
「なんにしろめでたいですね。ゆっくりして行ってください」
と取り繕って、愛想笑いを残して焼き場に戻った。