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「いやあ、本当に来てくれたんだね。さっき役所から電話があってさ、朱里ちゃんがここに来てくれるって話だったから、待ってたんだ。大きくなったね、って、初めて会うんだからそれは変な言い方か、ははは。写真も何も持ってないから、分かるかどうか不安だったけど、そのくせっ毛と顔の丸い輪郭、智子さんに似てるからすぐ分かったよ。それにしても、九歳? いや十歳か、ずいぶん待ったよ、本当会えて……」
父はそこまでべらべらしゃべると、感極まったようで涙が溜まった右目の目尻を拭った。私はしゃべるたび激しく動く父の口元を、じっと眺めていた。左頬の大きなホクロから、ちぢれ毛が一本生えているのに気づいた。そのちぢれ毛が春風にそよぐのを見て、
(これは、違う)
痛切に思った。
私の聞き知る父は、写真の中で若々しく、痩せてシュッとしたそこそこのイケメンで、享年は二十八歳、だから写真もそれ以前のものしか無くって、髪もちゃんとあった。母の話では、父は母と同じ精神科の病院の医師をしていて、底抜けに人が良く、いつだって患者第一で、母といる時も「あの患者さんが」「この患者さんが」とそんな話ばかりして、精神病の患者にいちいち共感・同情してしまうのは医師としては必ずしも良い面ばかりではないものの、周りの人間から見ると、微笑ましくなるくらい優しい、魅力的な人だったそうだ。私は父の写真をよく眺めながら、母から聞いたそんな父の人柄と思い合わせ、カッコよくて優しい理想の父親を想像していた。
それが。はげてお腹は出ておまけにホクロからちぢれ毛。
(気持ち悪い)
私はただそう思った。確かに私は父に会いたかった。さっきまで電車に乗りながら、もしかしたらお父さんに会えるんじゃ、と淡く期待していたのも事実だ。しかしこれは違う。この人は違う。
なんだかだまされたような気持ちにさえなってきて、やり場の無い怒りが生じ、それがつっけんどんな口調になって表れた。
「なんで生きているんですか?」
「え?」
反問しながらも父はまだ笑みを浮べていた。
「死んだんじゃなかったんですか?」
「ああ。……ははは、死んでるんだよ。困ったな。どこから説明しようか」
父はそう言うと、ちょっと周囲を眺め、思い立ったように、
「ここじゃなんだから、何か食べながら話そうか。せっかく朱里ちゃんが来てくれたんだし。すぐそこに良い店があるんだ。行こう」
黄昏の中、通りを歩きはじめた。道の両脇には飲食店が入ったビルが並び、車道には乗客の現れるのを待つタクシーが連なっている。しかしどういうわけか、私たち以外に歩行者は見えない。