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おばあさんは一万円札を手に取らなかった。ただじっと、カルトンに載せられた一万円札を見て、
「どうしたんかい、このお金は」
と呟き、ニッと笑った。相変わらずどこを見ているか分からない、斜視の瞳。この人に対して隠すこともないなと思い、私は素直に答えた。
「今日私、誕生日なんです。それでお母さんからプレゼントに貰ったんです」
「そうかいそうかい。……それで、なんかあったんかい? んな悲しそうな顔して。え?」
「……それは」
私は順を追って説明した。誕生日プレゼントが楽しみで、学校から急いで帰ってきたこと。母のプレゼントが、現金と料理本だったこと。そこに添えられていたメモ用紙。
「なんね、それでお母さんへの当てつけに菓子を一万円分買おうとしてるんけ」
私がこくりとうなずくと、
「そっけ。分かった。じゃあ、お代はいらないから、菓子の代わりにばあちゃんがいいものやる」
おばあさんはそう言って、椅子から立ち上がった。「たしか奥の引き出しの中に」などとぶつぶつ呟きながら、カウンターの奥にある、ガラスの引き戸を開けて、その向こうの部屋に行ってしまった。しばらく間があったあと彼女は戻ってきて、再び椅子に座ると、カウンターに二枚の長方形の紙切れを置いた。
「取ってみな」
私が手に取って見てみると、それは、
「藤岡→東部宇都宮」
と印刷された薄い青色の切符と、
「東部宇都宮→藤岡」
と印刷された薄い赤色の切符だった。普通の電車の切符と同様、裏は真っ黒だった。
「……?」
私がいぶかしんでいると、おばあさんはにんまり笑みを浮べて、
「会いたい人に会える切符なんさ」
と言った。
「青い切符が行き、赤い切符が帰り。そこの藤岡駅から乗れる。せっかくだから今から行きな」
「会いたい人って?」
「行けば分かる。早くせんと、帰りが遅くなる。ほれ、行ってきな。これはいらんから」
そう言って一万円札を私の手に戻した。するとその時私より小さな男の子二人組がレジカウンターにやってきて、「これください!」と言って菓子を出してきたので、おばあさんはその二人を応対しはじめた。男の子たちが会計をしている間、私がその後ろでまごついていると、
「ほれ! 早く行けってば!」
と、つり銭を渡す合間を縫っておばあさんが言った。私はその声に背を押されるように駄菓子屋を出て、駅へ向かった。