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赤い切符  作者: 渡辺正巳
24/27

6-2

 東部宇都宮駅東口の出口へ向かう。ヘビの巣穴のように改札口から伸びた細い通路を歩くと、下り階段があって、その先に四角い出口が口を開けている。


(東部宇都宮! 椎宮朱里、また来ちゃいました!)


 私は父に会えるうれしさで、母とあったいざこざも三年寿命をとられたことも忘れ、うきうきしながらそんなことを心の中で叫び、最後の階段を両足でぴょんと飛び、出口に降り立った。


 そこに父はいない。おばあさんが言うには、また父のアパートに行かなければ会えないらしい。


 父のアパートまで歩いた。相変わらずの古いたたずまい。私は102号室の玄関戸をノックする。


「はい!」


 足音をばたばた鳴らして勢いよく出てきた父はなぜかもう青いスーツを着ていた。私を見ると、みるみる表情を曇らせた。


「……また来たの」


「どうしてもお父さんに会いたくなった。またどこか連れてって」


私がかわい子ぶると、それには少しも乗らず、


「もう会いに来るなって昨日言ったでしょ。何を代償にしてきたの」


「……」


「まさか、寿命じゃないだろうね? 寿命を取られることがあるって、役所の人から前に聞いた」


「……違うよ」


「あのね朱里ちゃん、嘘をつくとき眼を逸らすクセがあるよね。それくらい僕にも分かる。これでも精神科の医者だったからね。寿命、取られたんだね?」


「……」


「そんなことまでして、なんで来たんだよ! それだけはだめだ!  そんなことされても、僕だってうれしくない!」


 父は怒鳴った。私は何も言い返せず、ただうつむいていた。すると、


「あのお、お取り込み中のところ悪いんですけど」


 いつのまにか私の後ろに立っていた、ギャルっぽい服装とメイクをした、頭の悪そうな、しかし細身でまあまあ顔は悪くない茶髪の若い女が言った。私と父は全くこの女の存在に気づいていなかったので、二人同時にぱっとそちらを見た。


「カリメロクラブの者ですけどお」


 女は愛想笑いを浮かべて言った。すると父は目に見えて慌てた。


「ああ、ああ、どうも。えっと、どうしようかな? 見ての通り、ちょっと急遽来客が……、すみません、キャンセルってできませんか?」


 つい今までの私に対する怒りはどこへ行ったのやら、へらへら笑いながら言うのである。


「ええ? マジで」


女は嫌そうな声をあげたが、私を見て、仕方ないと諦めたらしく、


「じゃあ、キャンセル料三千円だけもらえますかあ? こっちも車出してるんで」


「ああ、はい、三千円ね」


 父は部屋に戻って三千円持って来、女に渡した。渡しながら、すみませんね、今度指名しますから、と、下手に出て言う。女はそれに対し、次はキャンセルは無しですよお、と言ってカツカツヒールを鳴らして駐車場へ行き、停めてあった白いバンに乗って行ってしまった。


「誰?」


 私が聞くと、父は、


「ああ、いや、お友達!」


「お友達になんでお金あげてたの」


「いや、お友達っていうか、うーんと、お客さんだよ」


しどろもどろだった。


「なんのお客さん?」


「なんのかなあ、ちょっとよく分からないかも知れない。ははは」


「あのねお父さん、都合が悪くなると、ははは、って笑うクセがあるよね」


父はむっとした。


「そんなことより、本当、なんで来たの! 今日はどこにも連れて行かない。楽しく過ごすと、また来たくなっちゃうだろうから、もう帰りなさい。心配だから、送ってく! ちょっとここで待ってて」


 そう言ってアパートの中に入っていってしまった。

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