6-2
東部宇都宮駅東口の出口へ向かう。ヘビの巣穴のように改札口から伸びた細い通路を歩くと、下り階段があって、その先に四角い出口が口を開けている。
(東部宇都宮! 椎宮朱里、また来ちゃいました!)
私は父に会えるうれしさで、母とあったいざこざも三年寿命をとられたことも忘れ、うきうきしながらそんなことを心の中で叫び、最後の階段を両足でぴょんと飛び、出口に降り立った。
そこに父はいない。おばあさんが言うには、また父のアパートに行かなければ会えないらしい。
父のアパートまで歩いた。相変わらずの古いたたずまい。私は102号室の玄関戸をノックする。
「はい!」
足音をばたばた鳴らして勢いよく出てきた父はなぜかもう青いスーツを着ていた。私を見ると、みるみる表情を曇らせた。
「……また来たの」
「どうしてもお父さんに会いたくなった。またどこか連れてって」
私がかわい子ぶると、それには少しも乗らず、
「もう会いに来るなって昨日言ったでしょ。何を代償にしてきたの」
「……」
「まさか、寿命じゃないだろうね? 寿命を取られることがあるって、役所の人から前に聞いた」
「……違うよ」
「あのね朱里ちゃん、嘘をつくとき眼を逸らすクセがあるよね。それくらい僕にも分かる。これでも精神科の医者だったからね。寿命、取られたんだね?」
「……」
「そんなことまでして、なんで来たんだよ! それだけはだめだ! そんなことされても、僕だってうれしくない!」
父は怒鳴った。私は何も言い返せず、ただうつむいていた。すると、
「あのお、お取り込み中のところ悪いんですけど」
いつのまにか私の後ろに立っていた、ギャルっぽい服装とメイクをした、頭の悪そうな、しかし細身でまあまあ顔は悪くない茶髪の若い女が言った。私と父は全くこの女の存在に気づいていなかったので、二人同時にぱっとそちらを見た。
「カリメロクラブの者ですけどお」
女は愛想笑いを浮かべて言った。すると父は目に見えて慌てた。
「ああ、ああ、どうも。えっと、どうしようかな? 見ての通り、ちょっと急遽来客が……、すみません、キャンセルってできませんか?」
つい今までの私に対する怒りはどこへ行ったのやら、へらへら笑いながら言うのである。
「ええ? マジで」
女は嫌そうな声をあげたが、私を見て、仕方ないと諦めたらしく、
「じゃあ、キャンセル料三千円だけもらえますかあ? こっちも車出してるんで」
「ああ、はい、三千円ね」
父は部屋に戻って三千円持って来、女に渡した。渡しながら、すみませんね、今度指名しますから、と、下手に出て言う。女はそれに対し、次はキャンセルは無しですよお、と言ってカツカツヒールを鳴らして駐車場へ行き、停めてあった白いバンに乗って行ってしまった。
「誰?」
私が聞くと、父は、
「ああ、いや、お友達!」
「お友達になんでお金あげてたの」
「いや、お友達っていうか、うーんと、お客さんだよ」
しどろもどろだった。
「なんのお客さん?」
「なんのかなあ、ちょっとよく分からないかも知れない。ははは」
「あのねお父さん、都合が悪くなると、ははは、って笑うクセがあるよね」
父はむっとした。
「そんなことより、本当、なんで来たの! 今日はどこにも連れて行かない。楽しく過ごすと、また来たくなっちゃうだろうから、もう帰りなさい。心配だから、送ってく! ちょっとここで待ってて」
そう言ってアパートの中に入っていってしまった。




