5-1
長田は、当時自分の味方だと思える数少ない人間のひとりだった。そういう長田にあんなことをされて、ますます自分の人生に幻滅した私は、やはり父を求めて、長田に抱きしめられた週の土曜日になると駄菓子屋に行ってしまった。
*
「あげたいけど、お代がねえ」
駄菓子屋のおばあさんは、店のレジカウンターの向こうの椅子に座って、半分申し訳なさそうに、半分めんどくさそうに私に言うのだった。
「こっちも商売だから、ただってわけにはいかないんさ。ごめんね」
「どうしてもだめ? 私、なんでも出します」
「なんでも、ねえ……んむう?」
おばあさんは斜視の眼を見開いて私の顔を見た。
「あんた、良く見るといい髪しとるねえ。真っ黒で、毛が多くって」
そう言いながら、座ったまま前かがみになって手を伸ばし、長く下ろした私の髪を触ってきた。
「つやつやだねえ」
当時私の髪は背中まであった。母に似て、毛量が多く、少しウェーブのかかったくせっ毛だった。私はそんな自分の髪が嫌いだったし、人からほめられたのは初めてだった。
おばあさんはそんな私の髪をするするさわって、
「あんたがよければ、この髪くれっけ」
と言った。
「……」
「いや、もちろん、あんたも女の子だべさ、丸坊主にするようなむごいことはしねーから。襟足の辺りまでは残してやる。髪切りに行ったと思えばいいべさ、どう?」
私は考え込んだ。十歳くらいの女の子の多くが恐らくそうであるように、当時の私の髪型は母の趣味で決められていた。私自身はこんなワカメみたいな髪、惜しくなかったが、勝手に切ると母はまた怒るだろう。しかしそれでも――私は父に会いたかった。
「分かりました。お願いします」
私が思い切ってそう言うと、おばあさんは喜んで、
「そけそけ、じゃあ決まりだ、こっちおいで」
と言って椅子から立ち上がり、カウンターの隅の跳ね上げ式の扉を開けて私を招じ入れた。
そのままカウンターの奥の部屋に通された。部屋は八畳ほどの雑然とした居間で、季節はずれのコタツが中央に置いてあった。
おばあさんはそのコタツを部屋の隅に移動させると、
「さあさ、さあさ」
と変なかけ声をしきりにかけながら、更にその奥の部屋からビニールのゴミ袋と新聞紙を持ってきて、新聞紙数枚はコタツがあった床に広げて敷き、ゴミ袋はハサミで真ん中に円い穴を開けてそれを私の首に通した。
私は新聞紙の上に立たされた。おばあさんが私の後ろに立って、
「じゃあ、切っちゃっていいけ」
と言う。私が、
「はあ」
と答えながら、ハサミで切るのだろうかと思って、横目を使って見ていると、おばあさんは右の人差し指をE・Tみたいに伸ばして、私の髪に当てた。そのまま人差し指を私の右耳の下辺りの髪から左耳の下辺りの髪まで、半円を描くようにしてすーっと水平に滑らせた。すると、それに伴ってぱさぱさぱさっと私の髪が落ちていき、私の上半身を包んでいるゴミ袋を伝って、新聞紙の上に落ちた。
「はい終わり」
おばあさんが言った。私がびっくりしていると、
「これくらいの魔法は使えるんさ。いや、魔法ってほどのもんじゃねえか、ひひひ」
笑ってゴミ袋に残っていた髪を払い落とし、私を新聞紙の上から移動させた。それから箒で髪をひとところに集めると、髪を一掴み、掴んで、鼻元へ持っていき、臭いをかいだ。
「ああ、ほんに良い髪だべ。これでだいじょうぶだ。今切符わたすかんね」
そう言ってにやりと笑ったその顔は、驚くほどまがまがしく、私は思わず背筋がぞっとした。




